第12話 帰省

奈々はしばらく誰にも会いたくないと言い、1人病室で孤独の日々を過ごした。

奈々の事故は、ワイドショーや週刊誌で大きく取り上げられ、ファンからも心配の声が多くネットでの書き込みがあった。


親友の葵も心配し、数日経った頃奈々に直接電話をかけた。

「奈々…大変だったね。大丈夫じゃないよね。私奈々に会いたいけど、無理かな…。」

「私も葵に会いたい。でも顔のガーゼや包帯姿、見られたくないんだ。ごめん…。」

「ううん、謝ることなんてないよ。今気持ちも不安定だろうし、落ちつくまで待つよ。でも、夜遅くに散歩なんて、何かあったの?良かったら話して」

「実は…。妹の乃々が律センパイにプロポーズされたの。乃々が高校卒業したら、結婚するみたい…。」

「え!それホントなの?」

「うん。ホント…。私の方が先に、小学生の時からずっと好きだったのに、センパイは乃々を選んだの。正直言うとすごく悔しい。どうして私じゃないんだろうって、今でも思ってる」

「そうだよね、悔しいよね。私、妹さんの顔知らないけど、奈々の方がキレイだと思う」

「ありがと。妹は笑顔が可愛いの。まるで向日葵のような、明るくて純粋な笑顔。私には無いものを持っているのよ。もしかしたらその笑顔が好きになったのかもしれない。姉として祝福してあげたい気持ちもあるんだけど…。でもツラい…」

「そう、でも奈々だって負けていないよ。私、奈々の笑った顔、大好きだよ」

「そう言ってくれると素直に嬉しい。私、過去に2人付き合った人がいたじゃない。でもなんか違うなって、ずっと思ってきた。やっぱり律センパイの方が好きなんだなって、改めて感じたの」

「ああ、あのアイドルと俳優の人ね。どちらもお似合いだったけど、気持ちは違ったのね」

「うん。どちらも律センパイよりカッコよくて素敵だった。でもどうしてもダメだったの」

「うん。仕方がないことだよね。人の気持ちは、変えられることは出来ないから…。まずはゆっくり休んで。落ち着いたら連絡ちょうだい」

「うん。分かった。電話ありがとうね」

奈々はそう言って、電話を切った。


雅紀と好子は、奈々が落ち着きを取り戻すまで東京にいるつもりで、病院の近くにホテルを取っていた。

奈々も始めはかなり動揺していたが、時間が経つに連れ、少しずつ冷静さが出てきた。


それから二週間が過ぎ、一旦雅紀と好子は家に帰って行った。


そして1ヶ月が過ぎた頃、頭の包帯も取れた。顔のガーゼは本当なら必要ではなかったが、誰にも傷を見られたくないという奈々の気持ちを考慮して、少し小さくなった物を顔に当てた。足はまだ固定されたままだった。

奈々はなるべく鏡を見ないようにしていた。顔を見るのが怖かった。

事務所の高舘は、上司から

「顔に傷があるのでは、モデル復帰は難しいのではないか?」

と言われ、悩んでいた。できるならメイクで隠して復帰させたいと、考えていた。


雅紀と好子は家に帰った後、乃々と話をし、奈々を連れて帰って来るようにした方がいいと相談した。乃々もそれで奈々が落ちつくなら…と言った。


「奈々、良かったら家に帰って来ない?せめて傷がちゃんと治るまでは、田舎暮らしの方がマスコミも騒がないと思うし…」

好子はそう言うと

「私もそう考えていたところだった。このまま病院にずっといても、1人ぼっちで寂しいし、マンションに帰ってもマスコミが追いかけて来ると思うから…。お父さんとお母さんがいいなら、家に戻りたい。」

「いいに決まってるじゃない。娘なんだから遠慮なんかいらないのよ。それじゃあお母さんが明日にでも迎えに行くから、待ってて」

「ありがとう、お母さん」


次の日、好子は早朝の新幹線に乗り奈々の病院に着くと、先生と話をし、すぐに退院の手続きをした。先生もその方が奈々さんの為にもいいでしょうと、快く快諾してくれた。

そして好子と奈々はマスコミの目を盗みながら、特別に病院職員の出入口から出てタクシーに乗り込み、一度マンションに行った。

しばらく空いていたマンションは、どことなくヒンヤリしていた。

奈々は最低限必要な物だけをスーツケースに入れ、好子と一緒に田舎へ帰って行った。


✤✤✤


家に着いたのは、夕方だった。かなり日が短くなっていて、夕方でも辺りは薄暗くなっていた。

奈々は田舎の澄んだ空気を吸うと、自分が都会暮らしをしていたことを、一瞬忘れてしまいそうになった。


家には父親の雅紀と乃々が待ち構えていた。

「お帰り、奈々」

「お帰りなさい、お姉ちゃん…」

乃々は少し遠慮がちに言った。

奈々は

「ただいま。これからしばらくよろしくね」

とだけ言うと、リビングのソファにもたれかかり、深くため息をついた。

雅紀と乃々は奈々の松葉杖姿と、顔に貼られたガーゼを見、痛々しく思った。すると奈々は、

「そんな顔しないでよ。私は平気よ。家だと落ち着くし、マスコミも追って来ないしゆっくり出来るわ。それから乃々、お願いがあるの。律センパイを呼んでくれる?私の退院祝いと乃々たちの婚約祝いを兼ねて、一緒に食事したいわ。いいでしょ?お父さん、お母さん」

「父さんと母さんは大丈夫さ。な、母さん」

「ええ、もちろんいいわよ。それじゃあ今日はお寿司でも頼もうかしら」

この時はまだ、雅紀も好子も、奈々が【風間 律】を好きなことを知らなかった。

「乃々、先生に連絡してちょうだい。夕食を一緒にどうぞって。」

「で、でも…」

乃々はチラッと奈々を見た。奈々は黙ってうなずいた。

「わかった。今連絡するね」

乃々はそう言うと、すぐに風間にラインした。もちろん、奈々が帰ってきたことも知らせた。

風間は「分かった」とだけ書き込み、返信した、


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