第10話 苦手ジャンルに奮闘するダークエルフ


「はい、今日はわたしが一番苦手なFPSをやっていきますね」

『一番苦手(当社比)』『いやまぁ射撃自体はマジでそんなに上手くないから』『でも立ち回りが上手すぎる』『だいたい漁夫ってる』『最後に立ってる奴が勝者を地でいってる』

「まぁ最終的に生き残ってればいいのは間違いないですからね。芋で上等、全力で芋っていく所存です」

『芋ダークエルフ』『クソ芋がよ……』『そんなんだからそんなんなんだよ』『来世は芋に生まれろ』『芋を食うだけの配信しろ』『ごはんいっぱい食べろ』『三食ちゃんと食え』


 最初はちゃんとFPSの話だったはずなのに途中から完全に食事の話になってるじゃないですか。

 あとわたしは三食ちゃんと食べる方ですよ。そういうのはシーベットに言ってくださいよ! あの子ほんとに食べないんですよ! なんですか一日一食でたまにそれも忘れるって。あなた森の賢者とか言われるのは勝手ですけど霞を食べて生きていけるのは賢者じゃなくて仙人なんですよ。より高次の存在になろうとするんじゃありませんよ、まったく。ただでさえ瘦せ細っている体がこれ以上細くなったら冗談抜きに即身仏ですよ、二重の意味で。


「とりあえず激戦区を避けて武器を確保に……あー、いや結構いますね。武器確保はそこそこに、ひとまずあちらの視界の外で動き回りましょう」

『相変わらずそのぐるぐる確認意味わからん』『なんで視界をぐるぐるさせるだけで相手の位置が把握できるんだ』『反射神経と動体視力が悪いとは……?』

「え、だって周囲の景色を記憶しておけばそこに在ったものとそうでないものがわかるじゃないですか。それを確認するだけですよ」

『お前そういうとこだぞ』『自分に出来ることは誰でもできると思ってるタイプの天才(バカ)』『ダークエルフってみんなこうなの?』


 はて、わたしは何かおかしなことを言ったでしょうか。これたぶんシーベットとスコックさんも同じことができるはずなんですけどね。というかあの二人なら同じ方法でコンテナの位置まで把握できますよ。いやぁ、わたしの未熟さが露呈してしまいましたね。お恥ずかしい。

 いや……冗談ですよ? わたしだって人間のみなさんの反射神経と動体視力がどの程度かは把握していますし、この確認方法の難しさにも理解はあります。というか、反射神経と動体視力に関してだけ言えば、人間とダークエルフに明らかなほどの差はありません。まったく同じとも言いませんが、だいぶリスナーのみなさんと似た土俵に立っています。ただ、わたしの場合はほんの210年前まで「やんちゃ」だった時期がありまして、その名残りと言いますか……そちらのお話をする方がよっぽど「お恥ずかしい」ので黙っておきます。


「エリア縮小始まりましたね。このマップは既に全域把握していますし、コンテナの位置も記憶しているので、敵の視界に注意しながらできるだけエリア範囲ギリギリを走っていきます」

『敵の位置じゃなく視界を確認してんの頭おかしい』『当たり前のようにマップとコンテナを暗記するな』『ここまで被弾・戦闘なし』『芋の鑑』『これで優勝したらいっそ笑える』

「あ、派手な戦闘音が聞こえますね。安全圏を確保しつつ様子を見守ってみましょう」

『クリアリングの早さと精度がおかしいんよ』『当たり前のように高所をとっていく』『なんで高所とりに行ってるのに誰にも見つからないの?』


 まぁ激戦区のみなさんはこんなに離れた場所の物陰を気にしている暇はないでしょうし、同じ漁夫狙いの方も高所とりに行っている最中でしょうから、本当に偶然カチ合ったとかでなければ戦闘にはなりませんよ。それに、わたしの視界から確認できるプレイヤーがどの方向を見ているかも把握していますし。おかげで隠れているところを背後から狙われる心配もありませんから、こちらに振り向かれた時に運悪く物陰から半身出ていたとしても、逆に動かない方が景色に溶け込みやすいので、そうしてやり過ごします。もしもこの瞬間を撃ち抜かれたとすれば、それこそわたし以上の芋砂の方ということでしょう。

 ……戦闘音が徐々に数を減らしていき、とうとう片方の部隊が全滅、もう片方の部隊も余力が多くないようです。即座に周囲のクリアリングを行いますが……こちらを把握できていません。距離は十分、ここからなら……一方的に撃ち抜けます。


「まず一人」

『照準合わせてから発射までに迷いがない』『威力の低いライフルで威嚇して仲間と引き剥がしてから即座に武器を切り替えて本命の一撃……いや精度よくないか?』

「いえ、本来なら一発目で仕留めるつもりだったんですよ。リロードするより武器を替えた方が早いのでそうしただけです」

『ライフル二挺持ちはやっぱおかしいって』『狙撃手に二発目は無いはずだろ』『二挺目がないとは言われてないから』『なおさら無いだろ』『しかも偏差も合わせてる』


 偏差撃ちは基本ですからね。一射目で外して相手が逃げた時点から、相手がどの方向に逃げたかを把握し、二挺目を構えるまでの時間も考慮しながら照準を合わせれば、スコープを除いた時点で相手はだいたいスコープの中心にいますからね。あとは発射から着弾までの時間を弾速と距離から導き出して偏差撃ちするだけです。

 こうして頭の中で文章化してしまうと、理論上は人間のみなさんにもできることでしょうから、これはさすがにダークエルフだから云々と因縁をつけられることはないはずです。


「二人目……ああ、三人目はもう落ちてたみたいですね。全滅しました。では即時撤退ということで」

『相手の武器を奪わないのか』『奪いに行ったら他の漁夫勢とカチ合う』『撤退・位置変更してる間に漁夫同士で争ってくれればさらに漁夫れるからな』『芋に魂を売ってる』

「あくまで相手の数を減らすための漁夫ですから、武器を奪う必要はありません。それに、既に部隊数もだいぶ減っています。あとは……ラストワンを漁夫れるタイミングを待つだけです」

『同じ部隊のプレイヤーが積極的に攻めてくれてるおかげもある』『できそうなら援護射撃も一応してるしな』『芋砂はなぁ、味方なら心強いこともあるんだ。腹立つけど』


 そうは言いますけどね……遠距離射撃武器を使用していいゲームなんですから、その特性を活かそうとしたら自然と芋砂は生まれますよ。

 むしろ銃に限らず、剣や槍よりも遥かに遠い場所から攻撃できる武器のみが供給されるこのゲームで、なんで突撃するんですか? 射撃武器のいいところは、相手の攻撃の届かない場所から一方的に攻撃できるという点では? もちろんこのゲームにおいて、全てのプレイヤーが射撃武器を持つわけですから、ある程度そういった旨みが消えることは理解できます。しかし、それでも相手より遠いところから攻撃しようとするならスナイパーライフルはとても効率的かつ合理的な武器だとわたしは思います。なのに、なぜ芋砂という行為はこうも嫌われているんでしょうか。武器の特性を活かし、自らの役割を果たす上で適切な場所を選んで身を隠し、真摯に勝負に向き合い勝利を目指す姿勢は素晴らしいものだと思いますが。

 とはいえ、どれだけ言葉にしてもまるで条件反射のように芋砂を嫌う人は一定数存在します。そういった方が、この配信を見ていないと断言できない以上は、これは口を噤んだ方が賢明というもの。わたしは最近覚えましたよ。みなさんわたしにキレ散らかすことは多くありませんが、わたしのプレイスタイルというか、そのアーキタイプに対してキレ散らかすことがそこそこあるということを。


「……ラストワン、ですね」

『仲間が既に一人向かった』『配置間に合うか?』『今どれくらい把握できてる?』『音からして今のところ1:1でやり合ってそう』『あっちの増援とこっちの配置の早さ比べか』

「焦らせないでください。相手はフルメンバーです。こちらは既に一人失い、数だけでも2:3……配置とクリアリングを少しでもミスしてしまえば全滅は避けられません」

『間に合った!』『一人目を撃ち抜いたところで仲間が二人目にやられたな』『そっちも即処理したけど、たぶん三人目にここがバレた』『即時撤退!』『判断が早い』

 

 これでとうとう1:1……さっきのこちらの動きを見てここに攻めてこようとしているのなら、わたしが芋砂であることを悟られるかもしれません。

 なら、あちらの動きを確認するためにより高所へと移動し、その脳天を撃ち抜く――と考えるのなら二流。ここを離れ、あちらの動きと視界を把握しつつ距離を離し、安全圏を確保し次第すばやく攻めに転じ、一撃で貫くというのなら一流。しかし――わたしはそのどちらでもなかった。


「三人目」

『高所から降りるところを相手に確認させて、それを待ち受けようと移動する相手の視界が外れた一瞬でまた上に戻って頭上からズドン……』『頭がいいこととおかしいことは両立する』『人の心ないなった』『ダークエルフだからね……』

 

 いやぁ、さすがに最後のはひやひやしましたね。最後の人、だいぶ芋砂に対する理解が深いというか、おそらくわたしがそうしたアーキタイプであることを見抜いた上で、こちらがどう動くかを予想して待ち構えようとしていたんでしょうね。上から照準を合わせようとしたとき、鳥肌が立ちましたよ。あのルートはわたしの狙いが「応戦」ではなく「逃走」と決め打ちしていなければ絶対に通らないであろう場所に向かって最短ルートを通っていましたからね。いやぁ、人間にも恐ろしい相手がいるんですねぇ……。


「ともあれグッドゲーム。特に最後の人には惜しみない拍手を贈りたいです。人間の発想力ってやっぱり恐ろしいと再確認できたいい試合でした」

『稀にいる天才のせいで人間のハードルが爆上がりする風潮、よくないと思います』『こうやって異種族の中の人間の基準がバグっていく』『ヤメテ……これ以上ハードルを上げないで……』


 たまに褒めるとめちゃくちゃ謙遜するのはリスナーさんに限った話なのか人間全体の話なのかどっちなんです?

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