第36話 欺瞞


 秀吉が日本の支配者になって戦国時代は終ったと思われた…

 しかし、秀吉が信長から受け継いだ禍々しい魔王の力は、殺しの螺旋を終わらせない…

 秀吉は明(中国)征服を全国の大名に表明、各大名に海を渡る軍艦の製造を命じた。



天正十九年 一月大阪城


秀吉

「どうだ、軍艦の製造は進んでるか?」


黒田官兵衛

「ご安心を、着々と進んでます…私は拠点の九州に行って来ます」


秀吉

「分かった、頼む」



… 必ず、大陸を制覇してやる…誰も無し得なかった偉業を…この俺が成し遂げてやる …



北条家の欲望を食らい尽くした秀吉は、己の欲望を激しく燃やす…夕陽に染まる戦国の世は秀吉の燃え上がる欲望の様に妖しく揺らめいていた…








       

利休の哲学


聚楽第


明征服を宣言した秀吉は聚楽第に各大名を呼び寄せては、出航準備の状況や大名達の忠誠心を計っていた…


各大名と話す中で、一番名前の上がるのが千利休だったが、千利休は茶人(文化人の様な者)でイクサには関わらない立場に居る、そんな人間が何故、大陸制覇を目指す時に大名達の口から名前が出るのかと、秀吉の心に千利休への不信感が芽生えた。




… どうも、気になるな…利休 …




この頃から秀吉は、一度疑うとその人間がもう信じられない様になっていた…

 そんな秀吉の変化に合わせて夜に蠢く黒い霧は、少しづつ大陸制覇の拠点九州に浮かび上がるようになった…

 その様子は、戦国の悪魔が早く俺を大陸に運べと言っているかの様に見えた。



豊臣政権と朝廷の窓口として千利休を重用していた秀吉だが、大名達の人気や政権への影響力が大きくなってきた千利休の人望を怖れ、豊臣政権から遠ざけようと言い掛かりを付けては黙らせ発言力を無くし、外様へと追いやった。



千利休に対する秀吉の言い掛かりは茶器の色などにも及ぶなどで、周りの者なら誰でも分かる出鱈目な嫌がらせだった…

 皆が千利休に、秀吉の嫌がらせを止める為にも謝罪をする様に勧めたが千利休は頑なに、絶対権力者の秀吉に謝ろうとはしなかった。



秀吉も千利休の謝罪を待っていたが、いっこうに謝らない千利休にやはり何らかの反逆心があると考える様になり、とうとう政権の反逆者として切腹を命じる事になる。





聚楽第内

千利休邸聚楽屋敷


千利休の聚楽屋敷を上杉景勝の軍勢が取り囲んだ、千利休の支持者による救出を阻止するためだ…


秀吉の使者

「太閤(秀吉)様から切腹の命令が言い渡されました…」


千利休

「そうですか… 茶の準備をしてたのですが、どうやら茶室の鍵を無くしたようです」


秀吉の使者

「!……??」


切腹を言い渡したのに普段と変わらぬ千利休の反応に困惑した秀吉の使者は、千利休の落ち着きは救出部隊が来る手筈でもあるのかと思い上杉軍の話をする…


秀吉の使者

「表は上杉の軍勢が包囲しています、助けは来れないでしょう」


千利休

「…昨日のうちに遺偈を書いてあります」


遺偈とは僧侶達の遺書の様な物だ、要するに千利休は使者の〝助けは来れない〟に〝助かる気はない〟と返した…


秀吉の使者

「見事な覚悟です……」




 何の謝罪もせず…何の言い訳もせず…武士の様に自刃したその行為が、千利休の絶対権力者秀吉に対する反抗だった…

 遺偈には天に英知の剣を突き立てるとあるが千利休は自分を見殺しにした神を恨んだのだろう…




千利休と言う茶道の開拓者の切腹は国内の大名達に秀吉が絶対権力者である事を改めて思い知らせた。









        【欺瞞】


天正二十年


明征服は朝鮮半島を通り、攻め混むため秀吉は通り道の朝鮮に、服属するか明侵攻の道の先導と城の貸し出しをするか話を付けろと、朝鮮と貿易などで関わりのある小西行長とその娘婿の対馬国領主宗義智に命じていた…


 しかし、古くから明に服属している朝鮮がそんな要求を呑む訳も無く、宗義智は朝鮮側に相手にされず何の返答も貰えずに交渉は難航して悩んでいた…



 そんなさなか、秀吉の日本統一を祝いに朝鮮大使が来日…小西行長は宗義智と口裏を合わせ、朝鮮が服属を承諾して挨拶に来たと嘘の報告をして秀吉に朝鮮大使を会わせ、その場凌ぎで秀吉の命令を遂行したかに見せ掛けた…


 朝鮮が服属したと思っている秀吉は、軍艦の製造に合わせて明征服軍を編成、先発隊の朝鮮出兵準備に取り掛かった…




 秀吉の明征服軍の先発隊が出航間近に迫った事で、朝鮮が服属したと偽りの報告をしていた小西行長と宗義智は慌てて更なる偽りの計画を立てる。



小西行長

「秀吉様は直ぐにでも朝鮮に渡るつもりだぞ」


宗義智

「そんな事になれば、我らの嘘がバレてどんな目にあうか」


小西行長

「切腹…いや打ち首になるかも知れないな」


宗義智

「何か手を打たないと…」


 二人は、秀吉が納得するで有ろう言い訳をあれこれ考えた…基本は、朝鮮側に非があり、自分達に非がない、この二つが柱の作り話だ…


小西行長

「…朝鮮の反日勢力に不穏な動きがある…」


宗義智

「良いですね… 今、我々で朝鮮の内情を調べている事にしましょう」





 朝鮮服属を命じられていた、小西行長と宗義智は、嘘に嘘を重ねて秀吉に朝鮮の状況を報告する。


一月某日 大阪城



小西行長

「実は、朝鮮に不穏な動きがあります…」


秀吉

「不穏…」


小西行長

「はい、朝鮮の反日勢力に政権を握られた可能性が…」


宗義智

「そうなると、今の朝鮮は日本の敵になります…複数の間者を使い詳しい事を今、調べています」


秀吉

「…………」


小西行長

「この件の調査が終わるまで、出兵を延期した方がいいかと…」


秀吉

「………」


宗義智

「全力で調査しておりますので…」


秀吉

「俺の命令は、朝鮮の服属か明への先導のどちらかだ…出来なかった訳だ」


小西行長

「ちっ違います‼間違いなく服属を取り付けたのですが、今になって反日勢力が力を付けて来たのです‼」


秀吉

「事は進んでいる‼ 朝鮮が変わろうと俺の命令は変わらない…どう責任を取るつもりだ…あぁ!!」


宗義智

「どうか!どうかぁ!今一度朝鮮との交渉をさせて下さい!!」


小西行長と宗義智が平伏して秀吉に願い出る…


小西行長

「交渉が決裂したら、私が先鋒で朝鮮討伐を成して見せます!どうか今一度交渉の許可を!!」


秀吉

「…ほぉ~‼先鋒を志願するか」


小西行長

「命懸けで明への道を確保して見せます!」


 秀吉は先鋒の志願に考えを巡らす… 小西行長は失態を挽回する為に先鋒で武功を立てようと躍起になるはず、そうなると他の武将達も後れを取るまいと必死になる…秀吉はそう考えた。


秀吉

「…良いだろう」


小西行長

「ありがとうございます!」


宗義智

「………」


秀吉

「だが、そうは待てぬ!四月になったら明征服軍を朝鮮討伐軍として遠征を開始する…小西お前が先鋒だ」


… これで、日本軍の士気が上がれば朝鮮など直ぐに攻め落とすだろう …




 何とか、自分達の嘘を隠し処罰を間逃れた小西行長と宗義智だが、朝鮮の服属は確実に望めない…


 二人は形だけの調査を行い、朝鮮討伐を先鋒で戦う事になる。






二月某日 対馬国



宗義智

「李氏朝鮮の説得は不可能ですね」


小西行長

「しかし…あぁー言った以上、交渉してる素振りは見せないとな」


宗義智

「家臣が朝鮮で今も動いてますが…」


小西行長

「調査中の建前はそれで充分だろ…腹を括って朝鮮と戦うか…」


宗義智

「朝鮮討伐では、先鋒になってしまいましたが…朝鮮は弱い、我が国の敵ではありません」


小西行長

「…そうか、なら手柄を多く立てるだけだ」


宗義智

「明も弱いと聞いてますが…なんせ大国ゆえ油断出来ません… 攻め混んだら朝鮮は直ぐに明に泣き付くでしょう」


小西行長

「大国か……何が起きてもおかしくない、確かに油断出来ん…」











千利休Wikipedia

小西行長Wikipedia

宗義智Wikipedia参照

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