第10話 下剋上の申し子

【下剋上の申し子】



働き次第で褒美や出世が手に入る織田家で、身分の低い秀吉は城を持つ事に躍起になっていた…

成功する人間の一大要素である“目標の為の努力”がこの男には半端無くある、目的の為には手段を選ばない。

 武士道とはほど遠い卑劣な男だが信長の下で出世街道をかけ上がる…


 “下剋上の申し子” それが豊臣秀吉だ。






信長はアドニスを城下町の妹(性別男)として可愛がっていた、その妹分を怯えさせた齋藤龍興に仕返しがしたいのか、驚いた事に上洛作戦を取り止めにして齋藤家討伐を開始する。



信長じきじきの参戦に同行する近臣の秀吉は早速、齋藤家調略を始める。






   【齋藤龍興の家系】



齋藤家当主の齋藤龍興には人望がない…いや齋藤家がそもそも人望の無い家系なのかも知れない…


信長と同盟だった龍興の祖父齋藤道三は家臣の信頼を無くし、自分の息子と家臣達に殺された…

 齋藤義龍(龍興の父)は父親と兄弟を殺して当主に成った…家臣達も義龍を担ぎ上げ当主にしたが、親殺しを内心で蔑んでいて当主としての人望は無かった…

そんな義龍は、悪銭身に付かずが如く三十五の若さで急死…十四歳の龍興が後を継いだが若くして当主に成った龍興は酒や女に溺れ、やはり家臣達の人望は無い。


離反する者が多い齋藤家で、ここぞとばかりに得意の調略を仕掛ける秀吉… その秀吉が調略で一番落としたいと思っているのが織田軍を最も苦しめている軍師竹中半兵衛である。




齋藤家領土 美濃国

菩提山城


秀吉が夜の闇に紛れ菩提山城にやって来た…危険を顧みず敵陣に乗り込んだのは齋藤家の軍師竹中半兵衛を調略するのが目的だ。


竹中半兵衛

「驚きました、まさか本当に二人で来るとは…織田の武将は豪胆ですね…」


秀吉

「竹中殿ほどの軍師が戦意の無い者に手を出すとは思っていない…裏を返せば竹中殿が豪胆だから私はのこのこ来れたのです」


竹中半兵衛

「…分かりませんよ…この襖の後に、貴方を捕らえる為の兵士が沢山いるかも知れませんよ…」


秀吉

「もし…そうだったら、人を見る眼が無い自分の責任…私はここまでの男だったと言うことです」


死を恐れず己の眼力を信じて、ここまでやって来た秀吉はバカか天才のいずれかだが竹中半兵衛は秀吉を後者で器の大きい人間だと判断した…


もし捕まったら “ここまでの男” と口にする事は簡単だが…実際に捕まれば殺される可能性があるのに近臣と二人だけで敵の軍師に会いに来る事はなかなか出来ない…

せめて何らかの合意の書状でもなければまず動けない…いや、有ったとしても細心の注意を払う必要がある…

だが、秀吉は平然とやって来た竹中半兵衛の言う通りの豪胆な男なのだろう。


竹中半兵衛

「会って直ぐ、秀吉殿の器のでかさに驚きました織田軍が強い訳です…貴方のような人が居たとは」


秀吉

「それは、違う…買い被りです。臆病な私が命懸けで来たのは、竹中半兵衛と言う男にそれだけの価値があるからです」


竹中半兵衛

「それは有難い。 しかし…そんなお世辞を言う為に来たのでは無いはず…」


秀吉

「もちろん今のは本心ですが… 今日来たのは互いにとって重要な話をしたくてやって来ました」


竹中半兵衛

「それは興味深いですね」


秀吉

「我らが担ぐ織田信長は、結果と過程を評価します…肩書きにはとらわれ無い…ゆえに武士も、百姓も、同等です…」


秀吉の言葉に耳を疑い問い掛ける半兵衛…


竹中半兵衛

「百姓も?」


秀吉

「そうです、私は足軽の出…まぁほとんど百姓見たいな物ですが…だが、織田家に使えて織田信長に使えたお陰で、今では織田家の武将です」


竹中半兵衛

「百姓でも…誰でも…正当な評価を受けられる…」


秀吉

「そうです…失礼ですが齋藤家で竹中殿は不当な評価しか受けてないのでは…」


竹中半兵衛

「……家臣の評価を当主はしますが…私が当主の評価を判断することはありません…」


秀吉

「なるほど… 不満は無いと…」


話を進める中で秀吉は竹中半兵衛に欲の無い人間独特の匂いを感じた… 竹中半兵衛を調略で寝返らすのは無理だと思い…今回は自分の人間性だけを売り込み城を後にした。



… 竹中半兵衛、必ず手に入れる俺には必要な人間だ…その為にも先ずは、齋藤家を潰さなければ…半兵衛を浪人にすれば…次の仕官先が必要になる…必ず俺の軍師にしてやる ……



秀吉は竹中半兵衛を浪人にして、それから織田家に誘うつもりだ…齋藤家が無くなれば竹中半兵衛を縛る物はない…問題はイクサで竹中半兵衛を死なせない事だ。




齋藤家討伐 戦況


信長が出陣した事で士気が上がった兵士達は美濃領土を着実に落としていく…

秀吉は齋藤家の武将達を調略で寝返らせ、齋藤龍興を孤立させる…

齋藤軍は本丸稲葉山城で籠城戦を構える。



信長

「時間の問題ね…」


秀吉

「その通り何ですが…戦略があります」


信長

「はぁ、勝ちイクサに?」


秀吉

「はい、もちろん勝ちは決まってるのですが…勝ちは勝ちでも面白い勝ち方があります… 齋藤龍興の間抜け面が目に浮かぶような戦法です」




齋藤龍興を苦しめたい信長は秀吉の戦法を承諾した…攻撃方法は騙し討ちだ武家育ちの武士は嫌がるが味方の被害が最小限に済む…

秀吉は戦闘で少しでも死者を減らしたいし、現状で所在が不明の竹中半兵衛を死なせる訳にはいかない… 間違っても齋藤龍興の後追い自刃などしないよう、秀吉は上手く齋藤龍興を逃がすつもりでいる。


調略した武将達から齋藤家の旗印を貰い齋藤軍に成りすまし近付く、齋藤龍興がそれを見て援軍だと喜び出した所で正体を表し織田軍として攻め立て驚かす作戦だ…

勝負は一気に決着した、秀吉も齋藤龍興を上手く逃がした。無事に逃れた齋藤龍興だが、二度と大名に戻れる事はないだろう。





こうして、織田信長は徳川を同盟に従え尾張国 美濃国の二か国を領土に治めた。


信長が台頭してくるこの頃から、勝てば官軍と言う武士道とは程遠いイクサが主流になる…

裏切りや騙し討ちは当たり前で、火縄銃などの火器が勝敗の鍵になり剣術の心得が無い足軽が幅をきかした…


下剋上を目論む下層階級の輩が暴れ各地で紛争は絶えない…戦国時代は激しさを増し多くの血を流していく。




出世欲に駆られ独自に動き出す信長の家臣達…


何処までも高くかつぎ上げられる御輿の上で信長も更に、舞い上がり戦国の悪魔も大きく育っていく…



狂気が乱舞する戦国時代 鬼畜と悪魔が舞い踊り殺戮の渦を巻く。






【三顧の礼】


齋藤家が滅亡して、浪人になった竹中半兵衛の邸に秀吉が訪れた。


竹中半兵衛

「こんな所にわざわざ来られるとは…」


秀吉

「何処に行こうと、竹中殿には必ず会いに来ますよ」


竹中半兵衛

「…今の私は素浪人です…ですがもし仕官するとなれば、秀吉様への挨拶は欠かさないつもりです…」


秀吉

「それは有難い…しかし、今日はこちらが挨拶に来ただけ竹中殿の手を煩わせるつもりは有りません、顔を見れただけで十分…私はこれで帰ります」


…突然訪ねて来て、いきなり帰ると言っている秀吉を引き止める術も無く見送る半兵衛。


秀吉

「また来ます」


また来ると言う軽い挨拶だが、その言葉には “必ず俺の軍師する” という秀吉の信念があった。




翌日


秀吉の邸を訪ねる一人の男、竹中半兵衛だ… 昨日、半兵衛の邸に秀吉が訪れたが今日は秀吉の邸に半兵衛がやって来た。


秀吉

「よく来られた…しかし昨日会ってまた今日会えるとは…」


半兵衛が何故来たのか考える秀吉…


わざわざ半兵衛の邸まで挨拶に来た秀吉を気に入ったのか…


それとも別の仕官があり、わざわざ挨拶に来た秀吉にその事を詫びに来たのか…


どちらも考えられる事だが、秀吉は何も気にして無い素振りで半兵衛を邸に通した。





竹中半兵衛

「秀吉様に仕えたくお願いに上がりました」


秀吉は飛び上がって喜んだ!それを見て半兵衛も満面の笑みで喜んだ!


秀吉

「そうか!そうか!やった やった」


竹中半兵衛

「期待に応えるよう努めます」


秀吉

「そうかそうか……しかし、昨日の今日でよく決心してくれた…何かあったのか?」


竹中半兵衛

「……はい…自信過剰と笑われるかも知れませんが…秀吉様が三顧の礼をするつもりではと思ったのです…」


秀吉

「ほぉ、一度の礼でそう考えたか」


竹中半兵衛

「いえ、齋藤家とのイクサ中の時とで二回です…私は秀吉様のような人にそんなことをさせてはいけないと思い…先を越されないよう一日と開けずにやって来ました」


秀吉

「なるほど、しかし俺は後二回出向いて三顧の礼と考えていたがな」


秀吉は最初の誘いはイクサ中の調略で礼を欠いていると考えていたので三顧の礼をするには改めて三回半兵衛の下を訪れるつもりでいた。


半兵衛

「その考えかたも尊敬出来ます…秀吉様に会えて良かった…やっと仕えるべき人に出会えました」


もともと齋藤龍興と言う自己中心的当主に仕えていたせいか、半兵衛は本心から自分に礼を尽くしてくれた秀吉に心から引かれていた…


竹中半兵衛は秀吉の軍師として、今後のイクサで様々な活躍をするも数奇な運命を辿り戦場で散る事になる。









参考文献


竹中半兵衛Wikipedia

池内昭一編 『竹中半兵衛のすべて』 新人物往来社、1996年。ISBN 9784404023223。

齋藤龍興Wikipedia

久野雅司、2017、『足利義昭と織田信長』、戎光祥出版〈中世武士選書40〉 ISBN 978-486403259

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