地獄の番犬は飼い主の夢を見る⑤

 それから、ラビとニーナはシャベルを使って地面に埋まった骨を丁寧に掘り起こした。


 二人が骨を拾っている間、黒犬は鼻をクンクンしたり、後ろ足で首元をかいたりしていた。そして、集めた骨を全て袋に詰めると、黒犬は尻尾を振って出口へと駆け出し始めた。どうやら、飼い主の骨を背負った俺たちを、飼い主本人と勘違いしているらしい。


 この黒犬は本当に優秀だった。俺たちなら必ず迷ってしまうであろう迷路の炭鉱の中を、一回も道を外れることなく、元来た道を戻っていったからだ。多分、鉱夫たちと共に何度も炭鉱を出入りするうちに、アリの巣のように複雑怪奇な炭鉱の道筋を少しずつ理解していき、やがてあの小さな頭の中に炭鉱全体のマップが構築されていったのだろう。炭鉱の中で注意すべき場所や危険なポイントも、全て野生の本能によって回避できるとなれば、もはやあの黒犬にとって怖いものなど何もない。


 事実、一度も道をたがわなかったからか、帰りの道中で凶暴な生き物と出会うこともなかったし、誰かが穴に落ちるようなこともなかった。


「宝石や鉱石をどっさり持って帰るはずが、まさか人の骨を拾っちゃうなんてね」


 トンネルを進む中で、ニーナが溜め息を吐いてそう言った。


「でもあんな暗い炭鉱の中に残しておく訳にもいかないし、せめて日の当たる地上に持って帰って埋葬してあげるべきだと思います。その方が、飼い主もきっと喜ぶはずです」


 ラビはそう言って、骨の入った袋を大事そうに抱えて、黒犬の後ろを付いて行った。


 出口の光が見えたとき、俺は前を行く黒犬の頭に後光が差しているように見えて、一瞬言葉を失った。……こんな暗い迷路みたいな炭鉱のトンネルに迷い込んだ奴が、出口の行き先を知るこの犬と出会えたことは仏に会えたも同然なのだろう。「地獄の番犬」だなんて、勘違いもはなはだしいと思えてしまうくらいだ。


「出口が見えましたよ師匠! 良かった……」

「はぁ、一時はどうなるかと思ったけどね〜」


 外から漏れる光を見たラビの表情が綻び、ニーナも安堵して肩を落とす。


「ここまで来れたのも、ワンちゃんのおかげだよ! ありがとう! あなたってとても偉いのね! よしよしっ!」


 感激したラビからこれでもかと首元をモフモフされて、黒犬もさぞかし満足そうだ。


 しかし、その様子を見ていたニーナがふと頭をもたげて、俺たちへ疑問を投げる。


「……でもちょい待ち。よくよく考えてみたらおかしくない? 出口まで案内してくれる賢い犬を連れてながら、何で飼い主は一人迷って洞窟の奥で死んでたワケ?」

「あ、確かに……」


 言われてみれば謎だった。素晴らしい案内役が相棒として付いていながら、どうして飼い主が迷ってしまったのか。黒犬とはぐれてしまったのだろうか?


 ――その答えは、飼い主の記した日記の、一番最後に記されていた。


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A.C.1932/8/14

本当に突然の知らせで驚いたのだが、この鉱山は鉱石や石炭があまり取れなくなったことを理由に、一週間後閉山することを決めたらしい。金のことしか目の無い上層部は、最後にこの山から取れるもの全て搾り取ってくるよう俺たちを急かしてきやがる。そのせいで、明日は日の出前から炭鉱に入らなければならなくなった。早朝じゃ、俺の相棒はまだぐっすり眠ってしまっているだろうから、無理に起こす訳にもいかないし、どうせあと一週間で、この地獄のような労働から解放されるんだ。俺は覚悟を決めて、明日一人で炭鉱へ入ることを決めた。


A.C.1932/8/15

畜生、最悪だ。この仕事もあと少しで終わりだってのにツキがねぇ。作業中に岩盤が崩落して、鉱夫仲間たちとはぐれちまった。最悪だ。こんなとき俺の相棒が居ればと何度も後悔の念が頭を過ったが、俺の傍にあの黒犬はいない。アイツのことを考えても仕方ない。今はとにかく、急いで出口を見つけないと。


※しばらく泥で汚れたページが続く。


――あれから数時間かそこら、トンネルの中を歩き回っているが、相変わらず見える光景に変わりは無い。この文章は石油ランプの光で書いているが、このランプもいつまで持つか分からない。陽の光が恋しくてたまらない。闇の中で悪魔が手招きしているように思えて、体の震えが止まらない。俺はこんなところで一人で死ぬのか? 空気は全く薄くないのに、息が詰まる。助けを求めたが、喉が潰れて声が出なくなった。もうここに何時間閉じ込められているのかも分からなくなってきた。


※またしばらく、泥で汚れたページが続く。


なんてことだ、見ろ! 大発見だ! まだ誰も足を踏み入れたことのない手付かずの鉱脈を見つけた! 見渡す限り鉱石や宝石がゴロゴロ転がってる! こんな場所がまだ残っていたなんて、仲間の鉱夫たちに知らせてやらなきゃ。そうすりゃ俺は上層部から功績を讃えられて表彰されるかもしれないな。報酬額もきっと二倍だ。あぁ、それだけの金があれば、きっと俺は何不自由なく暮らしていけただろう。故郷に残した家族に腹一杯美味い飯を食わせてやれただろう。そうなればどれほど幸せだったことか! ――ああ神よ! ランプの灯りが消えてしまった! 俺はもうおしまいだ!


※字が汚くほぼ解読不可能。最後に以下の記載があった。


 ………暗闇が俺を飲み込む……その前に、これだけは伝えなくては……俺の唯一の友である小さく勇敢な相棒に……感謝を捧げたい。アイツが居たおかげで俺は………辛い日々もアイツのおかげで少しは楽しめた……本当に、ありがとう…………


※これより先は一面に「死にたくない」と書き殴られたページが続いた後、日記は終わっている。


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