第7話_何が狙いなのか

梨央と香苗さんと会う日の夜。

飲み会の店まで、山野井とふたり電車で向かっていた。


電車内は帰宅ラッシュの時間帯で、ギュウギュウ詰めだった。


電車が大きく揺れて、俺はバランスを崩す。

「っと」

人に囲まれてしまい、つかまるところがなかった。

「上原さん、僕につかまって」

山野井は俺よりも背が高いので、

余裕で高い位置にある金属の棒につかまっていた。


俺は不安定な位置に立たされてしまったが、

山野井につかまるのも気が引けるので、黙っていた。


すると山野井は俺の手をつかんで、自分の腕につかまらせた。

「危ないから」

「......」

ふらふらしていたので、正直助かった。


電車のドアが開き、さらに大勢の人が乗り込んでくる。

「この路線、こんなに混むんだな」

俺はたじろいだ。

すし詰め状態になり、

俺と山野井は向かい合って

体を密着した状態になってしまった。


「満員電車も、上原さんと乗るなら良いもんですね」

山野井は身をかがめるようにして、

俺の耳元に小さな声で囁いてきた。


「何言ってんだよ」

周りに聞かれないかとヒヤヒヤする。


俺はなるべく、山野井と目をあわさないよう

顔だけなんとか、そっぽを向いていた。


「上原さん、あの夜のことなんですけど」

相変わらず山野井が耳元で小さな声で話しかけてくる。


「えっ?」

俺はトボけた。

あの夜といったら、あの夜のことしか無いのに。


「上原さん家での、あの夜です」

「あぁ~。あれね。俺はよく憶えてない」

さらにトボける。


「上原さんは、僕がふざけていたんだろうとか。

からかっていたんだろうとか。

そんなふうに思って、自分を納得させているでしょう?」


図星だった。

山野井は、人の心が読めるのだろうか。


「残念ながら、そのどちらも不正解。

間違っているってことだけ言っときますね」


山野井がそう言った瞬間、

目的の駅につきドアが開いた。


人が電車から勢いよく吐き出される。

俺たちも、人の波に乗って、駅のホームに降り立ったのだった。


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俺と山野井が店につくと、すでに大学生ふたりは俺たちを待っていた。

「こんばんは!おひさしぶりです」


「えっ!?あれっ?梨央ちゃん、雰囲気変わったよね!」

挨拶もそこそこに山野井が梨央に話しかける。


俺も思った。

別れてから、何があったのか。

梨央は髪の毛を明るい色に染め、露出度の高い服を着ていた。

化粧もなんだか濃い。


まるで別人みたいだった。


「そうですかぁ?梨央はもともとこんな感じですよぉ」

香苗さんが、意外そうな顔で言う。

「でもほら、俺たちと出会ったときは黒髪でしたよね」

山野井が俺のほうに目配せする。


「うん。感じ変わったね」

俺も梨央と視線を合わせながら言った。


(もともとこんな感じだったって?

梨央は真面目で地味な印象だった。今とだいぶ違うと思うんだけど)


「髪は最近、染めました」

梨央が自分の髪をかきあげながら言う。


「明さんと蓮さんは、全く変わってないですね!?

明さんがカッコいい系で、蓮さんはカワイイ系!」

香苗さんが俺たちの顔をじっくり見比べる。


アルコールや料理が運ばれ

みんなで乾杯もした。


「お二人ってホント話していて楽しいです~!」

梨央はジュースを飲んでいるだけだったが、

妙にテンションが高かった。


「同い年の大学生とかやっぱり幼く思えちゃうんですよね」

「ほんと!こんなおしゃれなお店知らないしね~」

香苗さんも梨央に同意する。


「まー、大人の魅力だったら、任せなさい」

山野井も適当なことを言ってる。


「梨央と蓮さんはすれ違いが多くて、

ダメだったんですよね......。

私達、年上男性に興味があってぇ。

会社の方とか紹介してもらえませんか~」


香苗さんがそんなことを言いだしたので、俺はギョッとした。


今回の集まりって一体なんなんだろう?って思っていたのだが、

それが目的だったのか!?

元彼に、ほかの男を紹介してもらおうって?


それって普通のこと?


ジェネレーションギャップってやつだろうか。


俺はしばらく思考停止に陥ってしまった。


すると黙り込んだ俺をフォローするように山野井が

「うちの会社、ロクなのいないよ!俺たち以外は」

と言いながら、ワハハと笑う。


「でも明さんたちの会社ってわりと有名企業じゃないですか。

きちんとした人が多そうだけど」

梨央が言う。


梨央ってこんなこと言う子だっけ?

性格まで変わったのか。

俺は戸惑いを覚えはじめていた。


「いや~でも、もう結婚してるヤツとか、

彼女持ちが多いからなぁ」

山野井が頭をかきながら言う。

山野井自身も、話題が思わぬ方へ向いて

焦っているようだった。


社内に「女子大生と合コンしない?」

といえば、喜んで来るやつは数人いるには、いるけど。

自分の元カノを差し出すのは違和感があった。


梨央とは体の関係にはならなかったけど他の男に紹介しようなど、

そんなことは到底、考えられない。

俺の頭が古すぎるのだろうか......。


さらにギョッとすることが起きた。


「おー、ほんとにここで飲んでたんだ~」


急に若い男がテーブルにやってきのだ。

「ちょっと!なに?郁也なんでここにいんのよ」

香苗さんが驚いている。


「こんばんわっす」

若い男は、俺たちの方をちらっと見て挨拶をする。

茶髪でダボッとしたトレーナーにデニムを穿いた

よくいる大学生といった感じだった。


「あ......こんばんは」

俺も挨拶を返した。


「こいつ、あたしたちと同じ大学の友達で郁也っていう子で」

梨央が説明する。

「ふたりが心配で見に来ちゃいましたぁ」

郁也と呼ばれた青年はそんなことを言う。


「心配って?どういうこと?」

山野井もキョトンとしている。


「いや、こいつら前も社会人と飲んでて

ホテル連れ込まれてヤバい目にあったって聞いたんで。

今夜は大丈夫かなって思って来ちゃったんすよね」


山野井が言った。

「郁也くん?だっけ?」

「はい」

「まぁ、君も一緒に飲んだらいいよ。

社会人の俺らがごちそうするし」


「マジっすか!あざーっす」

郁也くんは他の席から椅子を引っ張ってきた。


一体何が起きてるんだ?

久しぶりに会った梨央はすっかり別人になっているし。

他の男を紹介して欲しいって言うし。

大学の友達の男が乱入してくるし。

まえに社会人にホテルに連れ込まれたとか言ってるし。


嫌な予感しかしなかった。

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