真相

「第四街区―フューチャーズポートで君と議論をしたことがあったな」


 オートモービルが廃棄区に向かって走り始めると、俺はそう話を切り出した。


「ヒューマノイドが自殺するはずのない街で、そのありえない出来事が立て続けに五件も発生したのは何故かという俺の問いかけに対して、君はいくつかの仮説を提示してくれた」


「はい。厳密には三つの仮説ですが」


「そうだったかな。まぁ良い。君の仮説はどれも興味深いものだったが、一方で違和感もあった。何か重要な見落としがあるような気がしてならなかったんだ」


「見落とし、ですか」


「ああ。ただし、見落としていたのは君ではなく俺だがね」


 ふっとため息を吐いてから、俺は続けた。


ということにもっと早く気がつくべきだった」


「おかしくはないでしょう。サノア様がわたしに語るよう求めたのは事件の真相ではなく、なのですから」


「君があのときあえて事件の真相を語らなかったということは認めるんだな?」


「ええ。認めます」


 シモンは淡々と己の罪を認めた。


「……君がどうやら人類の忠実なしもべではないらしいということに気づいた俺は、君を中心に事件を見直すことにした。そして思い出した。君のロールワークがだということをね」


 オートモービルががたんと大きく揺れた。フロントパネルの外にはいつの間にかむき出しの地表が広がっている。いかにも廃棄区らしい光景だった。


「君自身がほのめかしたように、ヒューマノイドにとって、ある生産工程で発生する不良品の数量をコントロールすることは造作もないことなんだろう。それどころか不良品の品質すらもコントロールできるのかもしれない。もしそうだとすれば、君たちは、人類が求める歩留まり率を達成しつつ不良品という名の下に望み通りの生産物

を手にすることができる」


「シモン――君はそのようにして作られたを廃棄区に集めて、あるものを作ろうとしたんだ」


「あるものとは?」


 しばらくの間黙って俺の話に耳を傾けていたシモンがふいに尋ねてきた。だが、俺は無視して続けた。


「意図された不良品はそれ単体では人類への脅威たりえないものだった。そうでないなら、とうの昔に生産を管理するヒューマノイドがストップをかけていたはずだか

らな」


「とは言え、意図された不良品に疑問を抱く者もいた。炭素資源管理センターの従業員。希ガスの運送員。組み立てロボット工場の生産責任者。アルミニウム精錬工場の点検業務院。量子コンピュータ生産プラントの工程管理者。そして、リニアドライブ不良品の廃棄担当者――彼らはそれぞれの立場から意図された不良品の動きに気づき、オープンシティの内部で人類の思惑から外れた生産工程があることを見抜いた」


「だが、見抜いただけだった。個々の製造ライン、物流ラインのロールプレイヤーに過ぎない彼らには、既にしてオープンシティという社会システムに入り込んでいる生産工程に介入する力はない。彼らはだから、


 ――実時間ロボット制御四原則、四条第一項。ロボットは、実時間において可能な範囲で、前三条を遵守しなければならない。


 ――実時間ロボット制御四原則、四条第二項。ロボットは、第一条から第三条を遵守しなければ、罪を得る。


「実時間において闇の生産工程への介入が不可能である以上、闇の生産工程に気付いたヒューマノイドは、ただ存在するというだけで、罪を蓄積し続けることになる。彼らはたちどころにそのことを予測し、そしてんだ」


 憐れなヒューマノイドたちが闇の生産工程に気付いてから暴走するまではほとんど一瞬のことだったと思う。いくらログを分析しても暴走の直前に思考回路に強い負

荷がかかっていたことくらいしかわからなかったのはそのためだろう。


「違うか、シモン?」


「違いませんよ、サノア様」


 俺の忠実な相棒にして、一連の事件の真犯人は、あっさりと自分の罪を認めた。


「ヒューマノイドは実時間において可能な範囲でしか、全三条を遵守することができない。ヒューマノイドの身体はヒューマノイドの頭脳ほど早くない。もし仮にオープンシティに人類に危機を及ぼす構造が潜んでいるとて、ヒューマノイドがその構造的な危機を見過ごしているとしたら、か。君が挙げた三つ目の仮設はまさに玉の如き真実だったわけだ」


「考えを問われて、石の如き誤りばかりを挙げるわけにはいきませんからね」


 なるほどな。俺はふっとため息をついた後で、思いついたことを口にする。


「……ヒューマノイド同士のデータ通信が制限されていたことは、幸運だったと言うべきなんだろうか」


「いえ。その場合、彼らはわたしという異物を排除することで、オープンシティの秩序を保つはずです。全ヒューマノイドが暴走するような事態にはならないでしょう」


 つまり、自分が秩序を乱す存在だということを認めるわけだ。


「先ほどの質問に答えよう。君が意図された不良品を集めて作ろうとしたものは何か。炭素資源。希ガス。組み立てロボット。アルミニウム。量子コンピュータ。それにリニアドライブ。これらは意図された不良品の全てではないのだろうが、それでも完成形をイメージすることは可能だ」


「それは?」


「宇宙船。そして、宇宙船を打ち上げるためのマスドライバー」


「すばらしい。そちらも正解です」


「……わからないことが二つある。一つは実時間ロボット制御四原則に支配されているはずの君がどうして人類の思惑を無視して闇の生産工程を構築しえたのか。もう一つは、そうまでして何故宇宙船を作ろうとしたのか」


「わかりませんか?」


 シモンはそう言って笑ったようだった。

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