第11話 ドラゴンのお礼

「マギ茶ー。お茶はいりませんかー。マギ茶ー。お茶ー」


 女の子の声が聞こえる。

 薄っすらと目を開くと、十才と五才くらいの姉妹が、冒険者ギルドのロビーでお茶を売り歩いていた。ギルドのスタッフやロビーにいる冒険者達が、次々にお茶を買っている。


 背の高い姉の方が大きなヤカンを持ち、肩から下げたカバンから小さな木のカップを取り出すと茶を注ぎ客に渡している。背の低い妹の方は客から小銭を受け取り、フロアを飛び回り飲み終えた木製のカップを回収している。


 二人の姿は何か逞しく、微笑ましい。

 

 アンディは死んでしまった。

 だが、こうして逞しく生きる幼い姉妹の姿を見ると心が慰められる。


 俺は姉の方に手を上げて、お茶を注文した。

 姉から小さな木のカップを受け取り、妹の方へ小銭を差し出す。

 素朴な造りの小さな木のカップから湯気が立ち上がり、心地良い香りと共に幼い姉妹の逞しさが俺の心の中に広がっていく。


 この異世界で強く生きなくてはと思う。

 

 このお茶――マギ茶と言っていたが、ほうじ茶とコーヒーの中間とでもいうような味で、少し苦いがコクがあり癖になりそうだ。カフェインが強いのかもしれない。寝起きの頭が目覚めて行くのを感じる。


 俺は、いつの間にか冒険者ギルドの休憩スペースで、ウトウトと寝てしまっていたらしい。一眠りしたせいか体の重さは大分取れた。順調にダメージが回復しているみたいだ。


 マギ茶を飲み終わる頃、階段の方からアンジェラさんが手招きして来た。


「ソーマ! 客が来た。偉いさんだ。付いて来い」


 木のカップをお茶売りの妹の方へ渡す。


「ごちそうさま」


「またどうじょ!」


 舌っ足らずな返事を背中に聞きながら階段へと向かう。

 明日またこのマギ茶を飲もう。


 アンジェラさんについて階段を上がって行く。客は三階にいるらしい。

 冒険者ギルドの三階は、一階二階とは雰囲気が随分違う。一、二階は板張りの床で全体的に武骨で頑丈な造りだった。

 ところが三階は廊下に絨毯が敷かれていて、ドアの数が少ない。一部屋が広いのだろう。


 柔らかい絨毯張りの廊下を歩いて、俺とアンジェラさんは一番奥の部屋に入った。

 部屋の中は白い壁と金色に輝く調度品が眩しい。ちょっと成金趣味だな。

 部屋の中央にローテーブルとソファーの応接セットが置かれていて、昨日会った執事風の男がソファーに姿勢良く座っている。

 執事風の男の正面には、顔に傷のある『その筋の人』にしか見えない首の太いオッサンが座っていた。


「ギルド長。ソーマを連れて参りました」


 この首の太いオッサンが、ギルド長か! 俺は驚いて、ギルド長をガン見してしまった。ギルド長は非常に不機嫌そうで、センブリを煎じ詰めたお茶を無理矢理飲まされたような渋い表情をしている。ギルド長は執事風の男が嫌いなんだろう。


空気が悪い。早く帰りたいな。

アンジェラさんを見ると部屋の隅の方へ控えた。あまり関わりたくないと考えているのかもしれない。


 俺は『座れ』と言われてないので、応接セットの近くで立ちっぱなしだ。日本人の感覚だと、礼を言うのに相手を立たせておくの如何な物かと思うが、この異世界では身分差とかもありそうだからな。そこは気にしないでおこう。


「君がドラゴンの幼体を保護したソーマだな? こちらのお方は、アニスモーン伯爵家の執事でいらっしゃるウォルト様だ」


 ギルド長の表情は、丁寧な言葉遣いとは裏腹で渋いままだ。ギルド長は、執事ウォルトが嫌いなのか、アニスモーン伯爵家が気に入らないのか、それとも両方か。

 ドスの利いた声は、止めてもらいたい。


「ウォルト様が、君にお礼をして下さるそうだ」


「光栄です」


 俺は悪い空気にあてられて、ゲンナリとして面倒臭くなっていたので、笑顔もなく手短に返事をした。

 執事ウォルトは、ギルド長のにらみを澄ました顔で無視して座っていたが、やっと口を開いた。


「ソーマさん、昨日はありがとうございました」


「はあ」


 俺はもう面倒臭くなっていた、早いとこ礼なり金なりを受け取って下に降りたくなったので、わざと気の利かない返事をした。さっさとこの面会を切り上げてしまいたい。

 執事ウォルトは、姿勢よくソファーに座ったまま話を続ける。


「あの鳥かごに入っていたドラゴンは、ご領主アニスモーン伯爵様から王子様へのプレゼントだったのですよ。注文をした商会の馬車がこの街に着く前にモンスターに襲われましてね。行方がわからなくなっていたのです」


「なるほど」


 アニスモーン伯爵が、この町の領主か。グレアム伯爵だったおっちゃんの後釜だな。


「ご領主アニスモーン伯爵様から、発見者であるソーマさんにお礼をするように申し使ってきました。こちらをどうぞ」


「恐縮です。ありがとうございます」


 執事ウォルトは、小さな革袋を両手で差し出した。俺は手短に礼を述べ、革袋を受け取った。すかさずギルド長がドスの利いた声で退室を命じた。


「以上だ。下がって良い」


 俺とアンジェラさんは部屋から追い出された。

 執事ウォルトから受け取った革袋を開いてみると、金貨が詰まっていた。


 これを活動資金にして、おっちゃんの娘や孫を探そう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る