第6話 ゴブリンとの戦闘

 冒険者ギルドに戻って来た。

 冒険者ギルドの中は、登録しに来た時間に比べると人が少ない。どうやら混み合う時間、空いている時間があるようだ。


 さっきアンジェラさんに教わった通り大きな掲示板で仕事を探してみよう。

 だが、俺はこの異世界の文字が読めない。


 大きな掲示板には沢山のメモ書きが――恐らく仕事依頼が書いてあるのだと思うが――ピン止めされている。俺はこの世界の文字が読めないので、メモ書きの内容がまったくわからない。

 誰かに代読して貰うにも、知り合いの冒険者はまだいないし、ロビーにも人が少ない。


 掲示板の前で所在無げにしていると、赤毛の小さな女の子が声を掛けて来た。


「字が読めないの? 私が代わりに読んであげようか? 銅貨三枚で良いよ」


「お嬢ちゃん、字が読めるの?」


「うん。お母さんに教わったんだ!」


 女の子はニコッと笑って、得意げに胸を張る。小学一、二年生位に見えるな。

 子供の小遣い稼ぎなんだろうけれど、代読して貰えるのはありがたい。


 俺はカウンターで持ち金を小銭に崩して貰って、女の子に十円玉のような銅貨三枚を渡した。


「どんなお仕事を探していますか?」


 女の子はきちんとした言葉遣いで、派遣会社のコーディネーターみたいだ。いっちょ前のつもりなんだろうな。

 俺は笑いを堪えて、女の子に真面目に相談をした。


「これから暗くなるまでに、短時間で出来る仕事を探しています」


「それなら常時依頼をやったら?」


「常時依頼?」


 知らない言葉が出て来た。女の子は知っていて当然と言った態度で『常時依頼』と口にした。

 何だろう?

 子供が相手だし、警戒せずに素直に質問してみるか。


「常時依頼って何?」


「お兄さんは、新人さんかな? 常時依頼はね。ギルドが常に出している依頼のことなんだよ。えっと、ここからここが常時依頼だよ」


 女の子は両手を開いて掲示板の一角にあるメモ書きを囲った。

 まだ何のことだか良く分からない。


「えっとね。これは薬草の採取依頼、これは魔力草の採取依頼、ゴブリンの討伐依頼、オークの討伐依頼、オークはお肉と皮も買い取ってもらえるよ。それから、フォレストウルフの討伐依頼……」


 女の子はメモ書きの内容を紹介しだした。何となくわかって来た。


「つまりモンスターのいそうな所へ出かけて行って、モンスターをやっつけて、ついでに肉や皮を持って来ればオッケーってこと?」


「そうそう。いつでも買い取ってくれるから、ちょっと時間が空いたら森に行って、そこで出て来たモンスターをやっつければ良いの」


 なるほどね。それなら暗くなるまでに出来るな。

 女の子に一件、一件読み上げて貰った。常時依頼は種類が多い、ただ条件もまちまちだ。


 例えば、ゴブリンを倒した時は、右耳を切り取って持ち帰れば討伐したと認められ、ギルドからお金が支払われる。

 オークの場合は討伐にプラスして、オークを解体して肉と皮を持ち帰る。


 出来るのか俺に?

 そもそも解体なんてやったことがない。


「ソーマ!」


 登録面接をしてくれたアンジェラさんが、カウンターの奥からやって来た。


「装備が揃ったようだな。良く似合っている。依頼を受けるのか?」


「はい。この女の子に教えて貰ったのですが、暗くなるまで常時依頼をやってみようかと思います」


「それが良いだろう。解体はギルドでもやっているので、解体が必要なモンスターを倒したら丸ごと運んで来い」


 ああ、助かった。

 生き物の解体なんて全く自信がなかった。


「常時依頼なら、出口を出て右。城外の森が良いだろう。あんまり深い所に行くな。迷うと帰れなくなるぞ」


「わかりました。気を付けます」


「ふふ。それと娘が世話になったな」


 そう言うとアンジェラさんは、女の子の頭を撫でた。女の子は嬉しそうにアンジェラさんの足にしがみつく。

 娘さんだったんだ。どうりでギルドの仕組みをよく知っているはずだ。


 アンジェラ母娘に礼を言い冒険者ギルドを後にして俺は城外の森を目指した。

 俺が転移した廃屋とは、ちょうど正反対の方角だ。


 城門を出ると下り坂になっていて、視界が開けている。

 坂を下りきった所は、森と言うよりは林でそれほど木の密度は高くない。

 所々草地も見えるし、川も流れている。


 だが、視界の奥の方はかなり深い森で生えている木も大きい。

 アンジェラさんの言う通り、あまり奥へは行かない方が良さそうだ。


(鑑定!)


 ここは見晴らしが良くて、城門の側で安全だ。

 俺はスキル鑑定を発動して、森の様子を観察する。



【木】【木】【木】【木】【木】【川】



 うーん、距離があるせいだろうか。あまり細かな情報は表示されない。

 首を振って色々な所を見てスキル鑑定を発動してみる。



【木】【冒険者】【冒険者】【冒険者】【オーク】



 どうやらオークと接触した冒険者がいるらしい。鑑定した方向へ目を凝らすと、林の中で戦闘する冒険者と豚の化け物が見えた。


(あれがオークか? デカイな……)


 ここからは距離がある為、指先位のサイズに見えるが、戦っている冒険者より頭二つオークは大きいようだ。おまけに剣で武装している。

 素人では、とても勝てそうにない。新人が単独でオークと戦闘するのは自殺行為に思える。俺の能力値はSだが、死んだら元も子もない。慎重に行こう。


(もうちょっと弱そうなヤツはいないかな?)



【草】【草】【ゴブリン】【ゴブリン】【ドラゴン】



 はっ!? 何か変な表示が見えた気がした。

 もう一度だ。


(鑑定……)



【草】【草】【ゴブリン】【ゴブリン】【ドラゴン】



 さっきと同じ鑑定結果が表示された。ゴブリンは良いが、ドラゴンは明らかにヤバそうだ。

 目を細め『ゴブリン』、『ドラゴン』と表示がある吹き出しの方を良く見る。


(いた! あいつらか……)


 子供より小さいサイズの緑色の二足歩行のモンスターが二匹いる。草むらの中を森の方へ移動している。

 鑑定表示の吹き出しがなければ気が付かなかっただろう。


 ゴブリンは金色の鳥カゴを二匹で持って運んでいる。『ドラゴン』の吹き出しは、金色の鳥カゴから出ている。

 ということは、あの金色の鳥カゴの中にドラゴンがいるのだろうか?

 だとしたら相当小さなサイズだ。


(行ってみるか……)


 好奇心が刺激された。

 それにゲームに出て来る巨大なドラゴンの姿はどこにもないのだから、とりあえず命の危険はなさそうだ。


 俺は坂を下りてゴブリン達を追った。


 ゴブリン達がいた草むらまで来てみると既に移動した後のようだ。その姿はない。スキル鑑定を発動してみたが、『ゴブリン』、『ドラゴン』の表示はなかった。

 おそらく見えていない物は、鑑定出来ないのだろう。


(どうやって追跡するかな?)


 立ち止まり少し考えると、草が踏み潰されていることに気が付いた。この踏み潰された草を辿って行けば、あのゴブリン達に追い付けるかもしれない。

 俺はゴブリン達の痕跡を辿った。


 しばらく進むと草むらを抜け森の入り口に辿り着いた。スキル鑑定を発動すると『ゴブリン』の表示が見えた。ゴブリンは見た目が緑色だからだろう、森の木々との違いが良く分からない。だがどうやら視覚には捉えているようだ。


『ゴブリン』と表示された方角に足を進める。

 まだ森の浅い所だからだろう。それ程木々は多くなく歩きやすい。


 ゴブリン達は獣道を通って行ったようで、良く見れば足元に犬が一匹通れる位の踏み固められた道がある。

 俺は追跡のスピードを上げた。


(見えた!)


 ハッキリとその姿が分かる距離にゴブリンを捉えた。

 背丈は一メートルもない。緑色の肌に貧相な体格、だが顔はゴツゴツとして凶悪そうに見える。


 金色の鳥かごを二人がかりでエッチラオッチラとフラフラしながら運んでいる。鳥かごの中には何か小さな動物がいるのがみえる。


(一気に行こう!)


 獣道とはいえ足元には葉っぱが落ちていて、歩けば葉っぱを踏みつぶす音がする。たぶん、そっと近づくのは無理だ。俺は鉄のショートソードを抜くと右手にしっかりと持ち、肩に担ぐようにした。


 荷物の詰まった背負い袋を木の根元に放り出すとそのまま全力でゴブリン達に向け走り出した。


 俺は戦闘ノウハウなど持っていない。だから鳥かごを運ぶゴブリン達を後ろから一気に強襲して倒すのだ。


 俺の足音、葉っぱを踏みつぶす音、体が草に擦れる音。

 ゴブリン達は異変に気が付き足を止めた。金色の鳥かごを持ったままギャアギャアと叫び声を上げている。


「フンッ!」


 俺は後ろの方にいたゴブリンめがけて右手に持ったショートソードを思い切り振り下ろした。

 剣道の経験などないから、剣筋も何もあったもんじゃない。担いだ重い棒状の物を叩きつける要領だ。


 自分のイメージよりもスピードが乗った鉄のショートソードは、ゴブリンの脳天にヒットし、ゴブリンの頭がひしゃげるのが見えた。


 同時に嫌な感触が手に伝わって来る。

 硬い物であるような、柔らかい物であるような、今までに経験したことのない嫌な感触だ。


 ゾッとしたが、ここで迷っていてはいけない。


 目の前でゴブリンが崩れ落ちる。

 鳥かごが地面に落ち、もう一匹のゴブリンが慌てて腰の剣を抜こうとするのが見えた。


(あれを抜かせちゃだめだ!)


 相手が小さなゴブリンとは言え、剣での斬り合いなど御免被る。

 もう一匹に駆け寄り両手で鉄のショートソードを振りかぶる。力任せに上からショートソードを叩きつけた。


 力強く振り下ろされたショートソードは、ゴブリンの頭を叩き割り、そのままの勢いで地面にめり込んだ。


 出来た! 二匹のゴブリンを倒せた!


 高揚感と安心感が俺の体に広がった。

 だが、目の前の無残なゴブリンの残骸に気が付くと高揚感と安心感は急激に消え、罪悪感や嫌悪感に取って代わられた。


 俺の荒い息遣いだけが聞こえる。

 目の前がグラグラとして、立っているのが辛い。


(――貧血?)


 ああ、そうだ。

 この感じは小学生の頃に一度だけ貧血になった時と似ている。


 胃の辺りから何かがこみ上げて来た。

 俺はその場で四つん這いになり、激しく嘔吐した。

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