第4話 冒険者ギルドで登録してみた
あるんだな。異世界に冒険者ギルド。
いや、おっちゃんの言葉によれば、ゲームがこの異世界のマネをしたんだ。
こっちの冒険者ギルドが元祖なのか。
冒険者ギルドは木造三階建てで、この通りでは一際大きい建物だった。
だが華やかさとは無縁で、全体的に武骨な印象だ。入口のドアなど自動車が突っ込んでも壊れ無さそうなぶ厚い造りだ。
突然俺の腹が鳴った。そういえば目が覚めてから何も食べてないし水も飲んでない。
そもそも今は何時だろう?
空を見上げると太陽が真上に来ていた。ちょうどお昼頃か。
(この薬草を売らないとメシが食えない! 冒険者ギルドが、どんな所かわからないけれど、上手くやろう!)
俺は決意を固めて冒険者ギルドのドアを開け中に入った。
冒険者ギルドの中は活気があった。仕事の話やバカ話が大声で飛び交い市場のような賑わいだ。
「それでよう! ルイーゼのヤツがケツを蹴飛ばしたんだとよ!」
「誰か弓が使える奴はいないか? 午後だけ臨時でウチのパーティーに入らないか? 臨時の弓使いいないか?」
「おーい! ライシャール組出発するぞ! ビッド! 早くしろ!」
ドアを開けた正面が広いホールになっていて、革鎧を来た男やローブを着た女が立ち話をしている。たぶんこいつらが冒険者だろう。太々しい面構えをしていやがる。
右手は休憩スペースだろうか?
大きな窓のある壁沿いに丈夫そうな木のベンチやテーブルが並べられていて、パンを齧る者や仕事の打ち合わせをする者、中にはベンチに寝転がって昼寝をしている者もいる。
左手の壁には大きな掲示板が打ち付けられてあって、沢山のメモ書きがピンで貼り付けられている。掲示板の前は人だかりで、皆真剣な顔でメモを読んでいる。
中には字が読めない者もいるのだろう。隣の人に代読して貰っている者もいる。
(さて薬草はどこで買い取ってもらえるだろう? あの奥のカウンターか?)
奥の方に木製の長いカウンターがあり、カウンターの向こう側に女性スタッフが五人座っている。女性スタッフは全員スーツのような揃いの黒い服を着ている。
俺は薬草を抱え裸足で木の床の上を歩いて奥にあるカウンターに向かった。自分のボロイ服装や靴を履いていないことが恥ずかしい。
ちょうど一人の女性スタッフ――おばちゃんスタッフの前の席が空いたので話し掛けてみた。
「すいません。薬草を売りたいのですが」
「買い取りですね。じゃあ、ギルドカードを出して下さい」
おばちゃんスタッフは慣れた口調で手元の書類を整理しながら返事をした。
「初めてなのでギルドカードを持ってないです」
「じゃあ、冒険者登録ですね。アンジェラ! 登録だよ!」
おばちゃんスタッフはカウンターの奥の方へ大声で呼びかけた。
すると革鎧を来た一人の女性が立ち上がり、俺の方へやって来た。真っ赤なカールしたモサモサの髪、背は高く女性の割にガッチリしている。けれどもアイスブルーの大きな垂れ目が可愛く愛嬌があって、あまり威圧感はない。二十四、五才かな。
「アンジェラだ。登録を担当している。新人の登録は二階の個室で行う。ついて来い」
アンジェラさんはぶっきらぼうな感じで俺に指示をすると、さっさとカウンターの横の階段を上って行った。俺は薬草を抱えたまま慌ててついて行く。
二階は、廊下の左右にドアがあるホテルのような造りになっていた。
アンジェラさんは、階段から一番近いドアを開けると俺に手招きをして部屋に入っていった。
入った部屋は窓のない十畳位の広さで、中央に丈夫そうな木のテーブルと椅子、壁際に小さな棚が置かれている。
どういう仕組みかは分からないけれど、天井の一部が光っていて屋外のように明るい。
アンジェラさんは、ドカリと椅子に座ると手で俺にも椅子に座るように示した。薬草を床に置き、椅子に座る。これは面接かな? ちょっと緊張する。
俺が椅子に座るとアンジェラさんから質問が飛んで来た。どうやら面接だ。
「名前は?」
名前か……。ここで本名を答えたら目立つだろうな。さっき一階のロビーで聞こえた会話では、日本風の名前は耳にしなかった。
自分の立場を考えると極力目立ちたくない。どうすれば……。
本名を異世界風の名前にアレンジするか……。
俺は日本名を少しアレンジして、アンジェラさんに名乗った。
「俺の名前は、ソーマです」
俺がアンジェラさんに名前を告げると、ステータス画面が勝手に立ち上がった。目の前の空間にステータス画面が浮いている状態だ。
(えっ! これは不味くないか?)
だがアンジェラさんにはステータス画面が見えていないのか何も言わない。ステータス画面は自分にしか見えないのだろうか?
ステータス画面をチラリと見るとメッセージが表示されている。
『名前をソーマに設定しますか?』
(ああ、ソーマで良いよ。YESだ!)
心の中で念じるとステータス画面が自動で閉じた。
ホッとしているとアンジェラさんが次の質問をして来た。
「それでソーマ。なぜ冒険者ギルドへ?」
根掘り葉掘り聞かれたらボロが出る。とにかく手短に答えて余計なことを言わないようにしよう。
「薬草を売りたいんです」
「ふむ。随分量があるな。どうやって集めた?」
「町の外で、道から外れた所で」
「そうか。金を稼ぎたいのか?」
「はい」
「うん、それなら冒険者ギルドは良い所だ。自分の働き次第で、ドンドン稼げる。その……、君の服とか……、靴とかもすぐ買えるよ」
アンジェラさんは、少し同情したような視線を俺に這わせた。俺の格好はこの世界で同情されるレベルらしい。
ああ、そうか。服装がひどいから、どこか変な所の人間じゃないかと疑ったのかも知れない。
もう少し肩の力を抜いて話しても大丈夫かな。
「それは良いですね。靴は欲しいです」
「うん。その薬草を売れば靴は買えると思う。それで君は冒険者ギルドのことを、どれ位知っている?」
「モンスターを倒したりしてお金を貰うとか……」
俺はマンガで見た冒険者ギルドのイメージを答えた。おっちゃんもモンスターがいるようなことを言っていたし、大きくは間違っていないだろう。
「そうだ。他にも仕事は色々ある。冒険者ギルドの説明をした方が良いか?」
「お願いします」
アンジェラさんの説明はあまり上手い説明ではなかったけれど大体のことはわかった。
冒険者は自己責任。怪我に気をつけろ。
全国組織でどの町にも支部がある。
どこの支部で仕事をしても良い。
鎧や剣等の装備は自分で準備しろ。
仕事をした分だけ報酬を貰える。
ゲームやマンガに出て来る冒険者ギルドと同じだった。いや、こっちが本場なんだよな。日本のゲームやマンガがこっちのギルドを真似ただけ。
「大体このような感じだ。改めて聞くが、冒険者ギルドに加入して冒険者になるか?」
「お願いします」
「わかった」
アンジェラさんは立ち上がると棚から黒い板を取り出して戻って来た。
「この上に手をのせてくれ」
机の上に乗せられた黒い板は、何かの金属で出来ているようだ。A4位の大きさで板には何も書かれていないし、表面はのっぺりとしている。
俺が黒い板に手をのせると板が白く発光した。
「よし。手をどかしてくれ。どれどれ……。ほう!」
アンジェラさんは、机の上の黒い板を見ながら一人で感心したり考え込んだりしている。
覗き込むと黒い板には、俺の読めない異世界の文字が浮き上がっていた。
「アンジェラさん。それは?」
「これはステータスボードだ。自分のステータス画面は見たことがあるだろう? あれと同じ情報が、ここに表示されるんだ」
俺は背中に冷い汗が流れるのを感じた。
見られたらまずいステータスがあったら、どうしようか?
スキルや称号を見られても大丈夫なのだろうか?
そんなことを気にしながら、アンジェラさんの話を聞いた。
「ソーマは、新人としては良いステータスだ。なかなか将来有望だな。特にLVが1なのに、能力がSと言うのは凄いぞ!」
「そうなんですか?」
ステータスは最低がF、最高はSで、まれにSSやSSSの冒険者もいるそうだ。俺は能力がSなので、新人としては図抜けた能力らしい。
「アンジェラさん。能力というのは、力のことですか? 素早さですか?」
「総合的な能力のことだ。力、素早さ、スタミナなど、冒険者の能力を総合的に評価してFからSで表示される」
日本のゲームのように、力とか、素早さとか、細かい表示はないらしい。どうやらステータスの能力という項目は、かなり大雑把な能力評価のようだ。それでも、能力がSというのは心強い。転生ボーナスというやつかもしれない。
アンジェラさんの話によると、俺のHPはDで普通の新人より高く、MPは無い人もいるのでEでもあるだけ御の字だそうだ。
一つおかしなことに気が付いた。
さっきからアンジェラさんは、黒い板――ステータスボードに表示されている項目を指さしながら話している。
ステータスボードには、俺の読めない異世界文字が表示されているのにも関わらず、アンジェラさんはSとかCとかアルファベットを口にしている。
注意してアンジェラさんの口元を観察すると、耳に入って来る言葉と口の動きが合っていない。『エス』と言っている時に、アンジェラさんの口元は『ア』のように大きく口を開いている。
(俺の耳に入っている言葉とアンジェラさんの話している言葉は別なのか? じゃあ、念話とか? テレパシーとか? その類で意思疎通が出来てるのだろうか?)
恐らくそうなのだろう。仕組みは分からないが、自動言語変換のようなことが行われているに違いない。
考えてみれば違う世界なのにアルファベットがあるのは変だし、異世界人が日本語を話していたらもっと変だ。
「それから、ステータスやスキルは、あまり人に話さない方が良い」
「何でですか?」
「トラブル防止の為だ。自分のステータスは対人戦闘や依頼達成の重要要素になり得る。他人の能力やスキルの裏をかく者もいるし、他人のスキルを都合良く利用しようとする輩もいる。自分の手の内は隠しておいた方が良い。もちろん、私も君のステータスについて口外しない」
「わかりました」
なるほど。それが冒険者の流儀なのだろう。
俺にとっては、正体を隠せるので都合が良い。
「鑑定や収納は割と珍しいスキルだ。称号の生まれ変わりし者と賢者の加護というのはわからないな。私も初めて見る。いずれにしろ、君のステータスは新人離れしている。良ければ、有力な冒険者を紹介するが?」
「まずは、ソロで活動しようと思います」
俺は、おっちゃんとの約束を果たさなくてはならない。おっちゃんの娘か孫、つまり政争に敗れた貴族の生き残りを探すのだ。その為の活動資金が得られれば良いので、有力な冒険者と組む必要はない。
「わかった。紹介して欲しくなったら、いつでも声を掛けてくれ。それでは、この金属板に血を一滴付けてくれ」
アンジェラさんはクレジットカード位の黒い金属板を差し出して来た。
自分の手を見るとあちこち切れていて血がにじんでいる。薬草を採取した時に切ったのだろう。金属板に指先のにじんでいる血を擦り付けた。
黒い金属板が光り輝いて、オレンジ色に変化した。
さっきのステータスボードといい日本とは違った高度技術だな。魔法的な何かかな。
「これが君のギルドカードで、一番下のFランクで登録されている。このカードには君の行う仕事や達成の状況、倒したモンスターの数や種類が記録される。身分証にもなるので失くさないように」
アンジェラさんは、そう言うと金属のチェーンをギルドカードに通して俺の首に掛けてくれた。
「ありがとうございます」
「それから薬草は下の買い取りカウンターに提出してくれ。それなりの額になると思うが新人は無駄遣いせずに、まず装備をそろえた方が良い」
そこからはアンジェラさんによる新人冒険者の心得的な話になった。宿の心配もしてくれて、夜は冒険者ギルドの一階にザコ寝出来ることになった。
「じゃあ、ソーマ、がんばってな。ああ、そうだ! 外に出る前に裏の井戸で顔を洗って行けよ。だいぶ汚れているぞ」
アンジェラさんに手短に礼を述べ、薬草を抱えて一階に降りる。買取カウンターに薬草を提出したが査定に時間がかかるらしい。その間に裏の井戸で顔を洗うことにした。
手も土まみれで汚れている。
冒険者ギルド裏の井戸は、ロープで木のバケツを下ろして水を汲み上げるタイプの井戸だった。慣れない手つきで水を汲み上げ、顔を洗おうと木のバケツを覗き込んだ。
バケツの水面には、見慣れない顔が映っていた。俺は思わず声にしてしまった。
「誰だよ! オマエ!」
どうやら俺の顔は変わってしまったらしい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます