第23話 再び前を向くダンジョン仮面

<緋色視点>


 美玖から屋上と話してしばらく。

 彼女は屋上から出て行ったタイミングで帰ったらしく、俺はあやかが横になっている部屋に戻ってきていた。


「あやか……」


 透明な壁に手を触れ、壁の向こうで眠るあやかを視界に入れる。

 でも、もうさっきのような何も考えられない状態ではない。


「戻っていたんだね、東条緋色君」


「はい」


 ちょうど自販機の方から檀上さんが歩いてくる。


「顔付きがさっきまでとは違って見えるよ」


「かもしれませんね」


 それは自覚できる。

 さっきのことを思い返せば、色々と問題になりそうではあるけど、美玖にはすごく元気づけられた。

 落ち込んでいた心もすっかりと晴れている。


 そして冷静になって再認識した。


 俺には時間がない。

 正確には、あやかには時間がない。


 だから俺は決意した。


「檀上さん」


「なにかね」


「俺、明日からまた高難易度に潜ります」


「明日? 明日は平日──」


「わかってます」


 少し俯き、檀上さんの言葉をさえぎるように返す。


 この人はダンジョン庁という政府のお偉いさん。

 エリート中のエリートだし、学校がどうとか言うのだろう。


 でも、それは関係ない。

 学校に行っていてもあやかは救えないのだから。


 いつまでそうするかは分からないが、少なくともキュアについて発展があるまでは俺は平日もダンジョンに集中する。

 

 そんな俺の言葉に、少し間を置いて檀上さんが口を開く。


「変わる気はなさそうだね」


「はい」


「私のような立場であれば、学校に行きなさいと止めるべきなのだろう」


「……」


 何を言われるかと思ったけど、出てきたのは意外な言葉。


「だが、あえて見送ろう」


「!」


 顔を上げると、檀上さんはいつもの優しい目をしていた。

 そのまま肩をがっしりと掴まれる。


「今、君にしか出来ないことがある。人を導く立場としては失格なのだろうが、ここは気持ち良く見送ろうと思う。引き続き協力体制も惜しまない」


「……! ありがとうございます」


 理解のある人だった。

 檀上さんの言葉も胸に、俺は平日から高難易度ダンジョンを配信していく覚悟を決める。


 自ら『キュア』を探す為。

 俺が配信することで攻略できる者が増え、情報を集める為。


 改めて、俺は色んな人に支えられている。

 それに感謝をしながら決意を固めた。







 平日の高難易度ダンジョン、一日目。


「──らああああっ!」


「ギャオオオオォォ!」


 新しくなった俺のデュアルブレード。

 ちい子の祖父であり鍛冶師かじしでもあるじい子さんに直してもらったこの武器で、俺は高難易度『富士ふじダンジョン』を突破する。


 前回は二日に分けた高難易度の攻略配信だったが、今回はぶっ続けで八時間をかけて『表層』から『下層』までの様子を配信した。


《すげえええええ!》

《お疲れ様!!》

《ぶっ続けかよw》

《体力無限でわろたwww》

《余裕なんだろうなあw》

《仕事が全く手に付きませんでした》

《あれ、もう夕方?》

《面白すぎて全部見ちゃった》


 賛辞さんじするコメント、最初からずっと見てくれていたというコメント、たくさんの嬉しいコメントが流れる。

 しかし、


《本当に大丈夫か?》

《顔とか割と辛そうやない?》

《配信は嬉しいけど無理しないでね》

《学校は?》

《実際学校に行くより何十倍も稼げるだろうけどな》

《さすがのダンジョン仮面でもこれは……》

《無理はしないでほしい》


 それと同じぐらい、心配をする声も見られる。


「……ふぅ」


 実際のところ、かなりきつい。

 体力的な面もそうだが、魔物が当たり前に強い。

 少し油断をすれば、今の戦いも危なかったかもしれない。


 それに、今回はキュアの痕跡こんせきが何一つ見つかっていない。

 視聴者さんはそれの事を知らないため、態度には極力表さないようにしているけど、その事実が精神的にもダメージとなっている。


 それはともかく、攻略配信はここまでだ。

 

「次回の放送は明日です。明日も高難易度を『下層』まで一気に攻略配信します」


《え!?》

《明日!?》

《やっばww》

《やったあああああ》

《こりゃすげえぞ!》

《連日で下層までとかwww》

《理解できんww》

《ただの化け物で草》

《大丈夫?》

《無理だけはしないでね》


「お疲れ様でした」


 最後に告知だけ入れて配信を閉じる。

 確実に残るであろう疲れを感じながらも、俺は帰路についた。


「次だ」


 すでに明日の高難易度配信のことを考えながら。

 休んでいる暇はない。





 二日目、高難易度『湘南ダンジョン』。


「──はっ!」


「オオオァァ……!」


 『下層』まで探索をするもキュアの痕跡は見られない。





 三日目、高難易度『日光ダンジョン』。


「グオオオッ!」


「くっ! はああああっ!」


 ボスに苦戦したが、最終的にはなんとか突破。

 しかし、キュアの痕跡は見つからず。


「お疲れでした」


 笑顔を取りつくろいながら一旦配信を閉じると、はやる気持ちが抑えられなくなる。


「くそっ!」


 なんでだ!

 なんで見つからない!?


 決意した次の日から、回った高難易度ダンジョンは三カ所。

 ダンジョン間を移動していると思われるキュアを探し当てるには少ないとは思うが、高難易度ダンジョンの数は決して多くない。


 そろそろ何か見つかってもいいじゃないか。

 またあやかの体に何かあったら。


 そんな考えが俺の中でぶつかり合って焦りをもたらす。

 良くない状態だとは分かっていても、気持ちを落ち着かせることは難しかった。


 また、そんな時に限って厄介事は起きるものだ。


「おいおい、実際に見たら本当にガキなんだな」


「!」


 ダンジョンを脱出し、高難易度ダンジョン特有の封鎖ゲートから出ると、そこには探索者らしき人達が立ち並んでいた。

 彼らはこの出入口ゲートを抑え、道をはばんでいる。


「今の配信見てたぜ? さすがはダンジョン仮面。大層分かりやすい攻略なこった」


「……」


 俺は返事をせず、目の前の奴らを観察する。


 こいつら、かなりできる・・・

 力自慢の男、細身の男、不思議な雰囲気の女性、地味めの男。

 それぞれ特徴は違うけど、かもし出すオーラは上級探索者のそれだ。


「俺に何か用ですか」

 

 素直にその場をどいてくれそうにもないため、俺から尋ねる。

 ていうか、そこにいる警備の人も止めろよ。

 明らかにトラブルだろ。


「なーに、ただのあいさつだ」


「あいさつ?」


 あいさつとは言ってもヤンキー的なあいさつの事なのだろう。

 あまりめ事は起こしたくないが、そっちがその気なら迎え撃つ。


 俺もキュアの痕跡が集まらなくて、虫の居所が良くないんだ。


「ああ、オレ達はこの方に協力を頼まれてな」


 そう言いながら、一番手前の男が写真を取り出す。

 なにやらやけに厳重に保管されている。


「……」


 俺は身構えながらその写真を見た。


「……ッ!」


 まじかよ。


 男が取り出した写真。

 なんとその写真は、どう見ても


「いや、それ美玖ー!」


 めっちゃくちゃ知り合いだった。

 俺が思わずツッコみを入れると、男はニカっと笑いながら声を上げる。


「わっはっはっは! そういうこった」


「はい?」


 そういうこったって、どういうこった。

 俺が首を傾げていると、後ろの細身の男がメガネをクイっと鼻根びこんに上げながら説明をしてくれた。


「頼まれたんですよ。本多美玖に」


「氏って……」


 そのオタク的な美玖の呼び方に疑問を覚える。

 あれぇ? なんだか思ってた雰囲気と違う?


 俺は身構えていた態勢を解きながら細身の男の話を聞く。

 どうやら勘違いしていたのは俺の方みたい。


「本多美玖氏からぜひ協力してほしいと言われましてね。君はある魔物の情報を集めているのでしょう?」


「は、はい」


 続いて不思議な雰囲気のお姉さん、地味めの男が口を開く。


「ワタシは美玖ちゃんの大ファンなのよねえ。あんな可愛い子に頼まれたらお姉さんも協力しちゃうっ!」

「グ、グフフ……。ほ、本多美玖ちゃんと、は、話しちゃった……」


「……」


 無言で四人の様子を眺めて確信に至る。


 こいつら、ただのファンじゃねえかー!


 じゃあなんだ?

 あいさつって本当に「こんにちは」みたいなあいさつ?

 身構えていたの俺だけ?


「!」


 状況が掴めそうになったところで、ちょうど通話がかかってくる。

 絶賛話題中の美玖からだ。


『緋色君? 配信は終わってるけど、今大丈夫?』


「……大丈夫だよ」


 目の前の人達を視界からそっと外して、美玖に答える。


『良かった。じゃあいきなりだけどね、先日のあやかちゃんの件、わたしにも何か出来ないかなって考えたの』


「う、うん」


 あれー、なんか嫌な予感がする。


『それで、わたしから色んな人に掛け合ってみてね。それなりの数の上級探索者と呼ばれる頼れる人と連絡が取れたの。早ければ今日から情報収集してくれるって話だったんだけど、会ったりしてないかな』


「……いや、してないかなあ」


 上級探索者っぽいのには会ったけど、少なくとも頼れる人には会っていない。


『そっか。でもきっと頼りになってくれるよ!』


「それはー、期待大だなあ」


 目の前の連中も性格や見た目はどうあれ、探索者としては強そうだしな。

 美玖の言い方だと他にもいそうなので、期待しておこう。



『高難易度を配信するのもいいけど、無理だけはしないで。君を助けてくれる人はたくさんいるんだよ。今まで頑張ってきたんだもん、君はもっと他の人を頼って良いんだよ』


「美玖……」


 彼女の言葉にまた励まされる。

 そうして、もう一度背後を振り返った。


「グフフ……美玖ちゃん可愛いなぁ。グフ」

「守ってあげたくなるような子なのよねえ」

「がっはっは! オレも日々元気づけられているわ」

「あなた方は何も分かってません。本多美玖氏の素晴らしさというのは──」


 相変わらずただのファン集団にしか見えない。

 けれどこのフランクさが、逆に笑えてきた。


 こんな上級探索者もいるのか。

 

 俺は今まであったことからなんとなく毛嫌いしてきたけど、こんな単純でお笑い集団みたいな奴らもいるんだな。

 それが逆に俺をほっとさせる。


「ありがとう。美玖」


 これは間違いなく彼女の影響力あってこそだ。


 俺は周りを頼ろうともしなかった。

 攻略配信はしているが、直接的な関係には至らなかったからな。


『も、もう! 急にびっくりするじゃない』


 分からないけど、ふと顔を赤くする美玖が浮かんだ。

 何度か、赤面しながらこのセリフを言うのを近くで見てきたからかな。


『じゃあそういうことだからね。わたしも出来る限り協力する! だから……」


「だから?」


『だからね。あやかちゃんは助かるよ!』


「!」


 そう言い残すと通話が切れる。


「……ははっ」


 美玖には元気をもらってばかりだな。

 彼女は感謝しないとな。


「よし」


 イラついていた感情が前向きになる。


 明日からも高難易度を配信していこう。

 何度だって、どこへだって。


 キュアを見つけるまで。

 あやかの病気を治す手掛かりを見つけるまで!







<三人称視点>


 緋色が三日目の高難易度ダンジョン配信を終えた次の日。


「……ん」


 冷気から解放されて、一人の少女が目を覚ます。

 彼女は最新鋭の設備から起き上がり、周りに目を向けた。


「大丈夫? どこも調子は悪くないかしら」


「……あ、はい。院長先生」


 目を覚ましたのは、東条あやか。

 緋色が守ろうとする実の妹だ。


 この日は、直接健診を受けるために彼女が目を覚ます日だった。


 彼女が最後に目を覚ましたのは二週間前。

 緋色がダンジョン仮面として暗躍・・し、世間にまだ正体がバレていない時だ。


「お兄、ちゃん?」

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