第12話 ダンジョン仮面、配信者デビューをする。

 「お待ちしておりました。本多様」


「またまたー、そんなにかしこまらないでって言ってるじゃないですか」


「そんなわけにはございません。本多様は大切な顧客様ですので」


 本多さんと受付の女性が何やら挨拶を交わしている。

 常連というのは本当なのだろう。


 そんな中で、


「お、おぉ……」


 俺はただただ目の前の光景に固まっていた。


 ダンジョン配信の機材を扱う専門店『ダンストリーム』。

 大きなヒルズの一階層全てのフロアが店舗となっているこの場所に、本多さんと二人で訪れていた。


 今は放課後。

 昼休みに配信の先輩である本多さんに配信関連の相談を持ち掛けたところ、急遽きゅうきょ一緒に機材を見に行くことになった。


 これは放課後デートと言ってもいいのか……?


 まあそんなことはともかく、本多さんはこの店のお得意様らしい。

 そんな彼女には店側も完全にVIP対応で、連絡をするとすぐに貸し切り状態にしてくれたそうだ。


「す、すごいね。店を貸し切りだなんて」


「毎回してもらってるわけじゃないんだけど、今日はどうしてもね」


「?」


 俺を見ながら、本多さんがニコっと笑った。

 それってどういう意味だろう?


「はじめまして。本多様のお連れ様ですね」


 そうして、受付の人が俺にも挨拶をくれる。

 本多さんだけじゃなく、連れの俺にもすごく丁寧な人だ。


 きっと何があっても取り乱したりしない人なんだろうなあ。


「あ、そうです」


 俺は軽く返事をした後、失礼にならないよう、ここまでしてきた帽子とマスク、サングラスを外して挨拶を返す。

 

「お世話になります」


「!?」


 途端、


「え!? ちょ、え、ちょ、えええっ!?」


「ん?」


 急に受付の人が激しく動揺し始める。


「ダ、ダダダ、ダンジョンかめんー!?」


「あ、はい、そうです」


「うひゃああー!」


「えぇ……」


 さっきまで懇切こんせつ丁寧ていねいだったはずの受付の人が、俺の素顔を見て急変。

 奇声を上げながら奥へと行ってしまう。


 これじゃあ、俺が「取り乱したりしない人」と思って見てたのが壮大なフリみたいじゃないか。


 それと同時に、本多さんが「もう耐えきれない」と言って声に出して笑った。


「あははっ! やっぱりこうなると思った! あの人ね、ダンジョン仮面の大ファンなんだ」


「あー、そういう……」


「あの人に限らず、だけどねっ。今日ここを貸し切らせてもらったのは、君がいたらこんな風に騒ぎになると思ったからだよ」


 本多さんがそう言いながら、人差し指でつんと俺の鼻の触った。

 ほ、本多さん、急に何を!?


「君はもっと自分の人気を自覚するべきだよ」


「……!」


 それって、探索者としてって意味ですよね!?

 恋とかそういう意味じゃないですよね!?


 本多さんの突然の行動にドキドキして、変な想像がふくらんでしまう。


 そんなやり取りをしていると、ドドドドと音が聞こえてきそうなぐらいに、奥から店員さん達がわっと出てきた。


「ほ、本当にダンジョン仮面様でしたか!」

「ようこそお越しくださいました!」

「おい、裏からサイン色紙持って来い! ばか野郎、俺の分もだ!」


「は、ははは……」


 また何やら騒がしくなってしまった。

 これはたしかに、貸し切りにさせてもらって正解だったかもしれない。





 

「すっげえ……」


 小サイン会も終わり、店の人に説明をしてもらいながら実際に店内を見て回る。


 思っていた数倍機材があって、その多さに驚く。

 というより、発想の豊かさに感心するばかりだった。

 

 飛行型カメラはもちろん、魔物図鑑内蔵カメラ、罠を発射するカメラ、武器のスペアを保管できるカメラ……。

 

 騒音抑制ノイズキャンセル付きマイクに、魔物の言葉を翻訳する(?)とかいう謎のマイク等々。


 本格的なものからネタに走ったようなものまで、実に様々な物が置いてある。

 それには本多さんも大興奮だ。


「あ、これ欲しかったやつだ! もう発売してたんだあ!」


「顔追従型加工カメラ?」


「そうっ! 今使っているのより高性能らしくて、激しい戦闘でも加工がブレないんだあ」


「なるほど」


 俺には必要ないけれど、アイドル配信者の彼女にとっては重要だろう。

 種類が豊富なのも、こんな風に色んな需要に対応した結果なんだろうなと思う。

 

「君は欲しい物なにか見つかった?」


「うーん。これとかかなあ」


 俺は目をつけていた物を手に取る。


 多分、性能や耐久的に優れたものは檀上だんじょうさんが用意してくれる。

 せっかくだし、俺は違うアプローチの面白そうなものを買おうと思う。


「へー! 面白いかもっ!」


「本多さんにそう言われると安心するよ。今度、配信で使ってみようかな」


「うんっ! 楽しみにしてるね!」


 最終的に、俺も本多さんもいくつか面白そうなものをそれぞれ購入した。

 放課後だからあんまり時間はなかったけど、とても充実した時間だった。





 ダンストリームを出て電車移動、高校近くの駅で降りて、俺たちは二人で並んで歩いていた。

 もちろん変装はしている。


「あー楽しかった!」


「うん、俺も。今日は本当にありがとうね」


「……いいえ」


「?」


 ちょっと言葉に詰まったように感じた本多さんの方を向くと、彼女はなんとも言えない顔でこちらを見ていた。

 何か言いたげな、そんな顔。


「こちらこそだよ、緋色・・君」


「あえっ!?」


 そうして飛び出したのは突然の呼び方。

 今、俺のことを下の名前で!?


「緋色君、今日早速配信するんだよね?」


「うん、そのつもり。それより今、名前を──」


「楽しみだなあ」


「え、ちょっと」


 彼女は動揺する俺を置き去りにして話を続ける。

 なんだ、呼び方に触れちゃいけないのか?


「ほ、本多さん?」


「しーん」


「えっ?」


「しーん……」


 どういうことだ?

 状況が理解できずおろおろしていると、彼女は「鈍いなあ」と呟きながらこちらを見てニコッと笑ってくる。


「私の名前は美玖・・、だよ?」


「……!」


 それって、下の名前で呼べってことか!?

 

「えと、本多さん? そんな急に──」


「つーん」


「うぐっ」


 ここは覚悟を決めるしかないか!


「み、美玖……さん?」


「美玖」


 彼女はじっと俺のことを見て視線をそらさない。

 もう、わかったよ!


「み、美玖……」


「はい、よくできました」


「~~!」


 自分でかーっと顔が熱くなっていくのが分かる。


 なんだその可愛さはー!

 彼女の破壊力には、それなりの探索者であるはずの俺もまるで歯が立たない。

 ゴーレムの魔石を死ぬほど砕いて鍛えたのに、彼女の前ではまるで無力だ。


「明日からはそう呼んでねっ!」


「う、うん……」


「じゃあ今日の配信、楽しみにしてるから!」


 そう言って彼女はたっと走っていく。

 気がつけば、彼女の家の傍まで来ていたのだ。


「……」


 それからしばらく、俺は夢心地のまま帰路へと着いた。

 






「よし!」


 家に帰って、色々準備の後カメラの前に向かう。

 今日の朝、「発表があります」とSNSで告知して配信の予約をしていたからだ。


 檀上さんには、依頼されたダンジョンを配信してくれと頼まれただけで、その他の制限は特にない。

 どころか、それ以外は自由に配信してさらに知名度を上げてくれたら嬉しい、とまで言われている。


「もうこんなに……」


 俺が配信予約していた枠を覗くと、すでに6万人の視聴者さんが待機していた。

 本多さ……美玖の配信に比べたら少ないけど、俺自身が配信するのは初。


 それでこの人数は自分でびっくりするぐらいだ。

 視聴者数に比例するよう、すでにコメントもずらりと並んでいる。


《わくわく》

《早く始まらないかなー》

《美玖ちゃんから来ました》

《おセイー》

《コラボ配信で知ったよ!》


「お、おぉう……」


 これだけ人が俺の配信を楽しみに待ってくれているのか。

 そう思うと、色々と感慨深いものがある。


「お、時間だ。始めるか!」


 時間がぴったりになったのと同時に、俺は配信を開始した。


「こ、こんばんは!」


《お》

《きた!》

《きたああああ》

《やあ》

《どりゃあああ》

《こんダンジョン仮面》

《待ってたー!》


 開幕から好意的なコメントがたくさん並んで嬉しくなる。

 

「きょ、今日はですね──」


 それから五分ほど、改めて自己紹介や挨拶、コメントを読んだりしながら進めた。

 美玖からのアドバイスで、発表するなら人が集まってからにしたら良いと学んでいたからだ。


 そうして、


《発表は?》

《何の発表すんの?》

《引退?》

《結婚だな》

《美玖ちゃんとカップルチャンネル作ったらアンチになります》


 発表してほしいというコメントがちらほら見え始めた。

 同時接続数も8万人と、開始からすごく増えた。


 よし、ここだな。


「じゃあ、そろそろ発表に移りたいと思います」


《お?》

《きたああああ》

《ついに》

《発表きたああ》

《なんだなんだ》

《待ってたぞ!》

《結婚しないでー!》


 コメントが加速してバッと流れた。

 ふぅ、と息を整えて宣言する。


「僕はこれから、ダンジョン配信者になります」


《おお!》

《まじか!》

《それは楽しみだ!》

《動画参考になるけどやっぱ配信だよなあ!?》

《やったあああ》

《あれがずっと見れるの!?》

《うれしいいい!》


 俺の発表に大量の歓喜コメントが流れる。

 お、これはうまくいったか?


 だけど、


《まあ、だろうな》

《知 っ て た》

《そんだけ?》

《もっとでかい発表かと》

《逆にそれしかないだろ》

《解散》


 やっぱりといったコメントもちらほら見られる。

 SNSでも言われていたし、俺が配信者になることは見越されていたらしい。


 だからもう一つ発表しよう。


「それに加えて」


《!?》

《加えて!?》

《まだあんの!》

《やっぱりカップルチャンネルか?》

《じゃあもう結婚じゃん》

《もうちょっとだけ見てくわ》


 よし。

 やっぱり、といった類のコメントをしていた人も留まってくれているみたい。


 俺は満を持して、次の発表を言葉にする。


「さらに僕、ダンジョン仮面はダンジョン庁公認のダンジョン配信者になりました。これからは政府のサポートを受けて配信していきます」


 途端、コメント欄が爆発的に加速する。


《はい!?》

《えええええ》

《!?!?》

《どういうことwww》

《スポンサー:日本はえぐすぎるwww》

《スポンサー日本は草》

《なんじゃそりゃwww》


 スポンサー日本とかいうパワーワードに思わず吹き出してしまった。

 たしかにそう考えたらすごいことなんだな。


《具体的に何すんの》

《何か依頼受けてるのでは?》


「あ、そうですね。僕が行うのは高難易度ダンジョンや初出ダンジョンの配信です」


《あー理解したわ》

《納得》

《ダンジョン仮面は確かに適任だわ》

《それで政府がスポンサーと》

《いや、えっぐ》


 察しの良い視聴者はすぐに気づいたようだ。


 俺が高難易度ダンジョンを配信することでさらに情報がもたらされ、より攻略できる者が増える。

 その為に政府から直接頼まれた。


 一応、そういった流れも説明した。

 あやかの事はもちろん伏せておくけど。


 そうして、話を続ける。


「あ、でも! 今日みたいな家からの配信や攻略動画も変わらずしていきます!」


《助かる》

《それは嬉しい》

《むしろそっちが見たいまである》

《この子可愛くて見ちゃうんだよな》


 しかし、ただ思った事を話したつもりが、


「あとは高難易度じゃなくて、まったりダンジョン配信なんかも!」


《いやいやw》

《ダンジョンは一応危険なんですがww》

《ダンジョンにまったり潜ろうとしてて草》

《コンビニ感覚で行くなw》

《彼にとっては散歩道です》

《Chu! 強くてごめん》

《強くてごめんは草》


「ああ、ああ! そういう意味じゃないんです!」


 俺の感覚が所々ズレていることもあり、配信中に何度もツッコまれることになった。


 そうして、意外と盛り上がった配信の数字は順調に伸びていき、最終的な同時接続数は15万人。


 個人初の配信は、美玖とのコラボ配信に続いて大成功となった。





───────────────────────

いつも応援ありがとうございます!

むらくも航です。


ふと気になったのですが、1話ごとの文量はどうでしょうか?

今回の話は、この後書きを含めず約4600字です。

個人的には今回は多かったかも? と思ってるのですが、コメントで教えてくださると嬉しいです!


長い、短い、ちょうどいいなど、なんでもお待ちしてます! 今後の参考にさせていただきます!

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