第18話:月島先生に相談
季節は過ぎ、秋が来た。彼女と再会した秋。もう一度彼女と学校生活を送れるのだと期待したあの日から一年。結局、一緒に学校に通えたのは一年にも満たなかったなと空いた席を見ながら思う。
あと半年もすれば俺たちは三年生だ。彼女は高校には行くのだろうか。同じ高校に行けるなら嬉しいが、今の様子では恐らく高校に進学するのさえ厳しいだろう。そもそも、卒業までに学校に戻ってくるのも厳しそうだ。このまま、戻ってくるのを諦めた方が良いのでは無いだろうか。そうぼんやりと考えながら教室を移動していると、ふと、相談室の看板が目に止まった。月島先生はどう思うのだろうか。気になり、話をするために担任を通じてカウンセリングの予約を取った。
予約当日。周りを見回して誰もいないことを確認し、相談室のドアをノックする。すぐに「はーい。どうぞー」とやる気のない間伸びした返事がきた。ドアを開けて中に入ると目の前は仕切り板で仕切られていた。迂回して、仕切り板の向こう側に回り込む。ソファがテーブルを挟んで対面で並べられていて、片方のソファには巨大なクマのぬいぐるみが鎮座している。
「うおっ、なんか居る……!」
「あぁ、こいつ? 私が来る前から住み着いてた先住民」
「先住民」
「たまに身代わりになってもらってる」
「身代わり」
「まあ、とりあえず座れよ。お茶出してやるから」
「は、はい」
座るように促され、とりあえずクマと対面で座るが、クマと目があって落ち着かなかったのですぐにクマの隣に移動した。
それにしても、なんだか学校ではないみたいだ。ソファがあって、ぬいぐるみがあって、給湯器があって、棚には紅茶。それから後ろの棚には大量の置物。人形や動物を始め、墓や骸骨といった少々趣味の悪いものまで様々な置物が並べられている。教室という感じがしない。
「はい、どうぞ」
「あ、ありがとうございます……」
「んな緊張すんなよ。いつも話してるみたいに話せば良い」
「って言われても何話せば良いのか……」
「なにか話したいことがあるから来たんだろう? 違う? 違うなら別にそれでも良いけど。お茶飲んで菓子食って適当に雑談して帰っていく奴も普通にいるから」
「えっ、良いんですかそれ」
「良いよ。アポなしで来られると流石に対応出来ない時もあるけど、それくらい気軽に来て良い場所なんだよここは」
そう言って月島先生は戸棚からチョコレート菓子を出してきて一つ俺にくれた。生徒は学校にお菓子を持ってくることを禁止されている。なんだか悪いことをしている気分だが、月島先生は堂々と食べている。それに倣い、チョコレートを口に放り込む。
「話したいことがあれば話せば良いし、話したいことはないけど一時的な避難所として利用するとかそういうのも全然あり。ああ、あと、私に会いにきただけってのもたまに居るな」
「……先生、モテそうですよね」
「つか、カウンセラーは基本モテるよ。わざわざカウンセリングを受けに来るのなんて何かしら抱えてる奴がほとんどだからな」
「あー。相談に乗ってもらってるうちに好きになっちゃうと」
「そう事例は多い。けど、その好意に応えるのはカウンセラーとしてはタブーなんだ」
「両想いになってもですか?」
「カウンセラーとクライアントという関係である以上はな」
「クライアント?」
「相談者のことを私達カウンセラーはそう呼んでるんだ」
「クライアントって、顧客ってことですか?」
「依頼人って意味もある。相談を依頼しにくる人ってことだな」
「へー……でも、なんで両想いでも付き合ったらだめなんですか?」
「心理学用語で、転移っていう言葉があってね」
「転移」
「クライアントが過去に親や恋人に向けていた感情をカウンセラーに向けること。その中で好意などのポジティブなものを陽性転移、殺意や憎悪などのネガティブなものを陰性転移っていうんだ。恋愛感情は陽性の方だな」
「えっと……つまり?」
「わかりやすくいうなら、その感情は本来カウンセラーである私に向けられるものではないってこと」
「本物の恋愛感情ではないと」
「そ」
「本物か偽物かって、どうやって見分けるんですか」
「難しい質問だなぁ……正直それは私にもわからん。ただ……カウンセリングをするにあたって、二重関係は避けなきゃいけないというルールがあってな」
「二重関係」
「カウンセラーとクライアントの関係はそこだけで完結しなきゃいけない。友人や恋人にはなってはいけないんだ」
「……小桜との関係は二重関係ではないんですか? 先生にとってはクライアント兼幼馴染の娘ですよね」
「……カウンセリングしてるわけじゃないからセーフ」
「いや、アウトな気が……」
「うるせぇ。私がセーフつったらセーフなんだよ」
「ぼ、暴論……」
この人は何故カウンセラーの仕事をしているのだろうかという疑問が湧き上がる。と、同時に聞きたいことがあってここに来たのだということをふと思い出した。本題を切り出すと、先生は困ったように顔を顰めて腕を組む。
「……本来のあの子は多分、お前が思ってるより弱くはない。お前が思ってることをそのまま伝えても受け止められる強さはある。と、私は思う。本来はな。けど、今のあの子には酷な話かもしれん。それを伝えるのは少し時間を置いた方が良いんじゃないか」
「……そうですね。そうします。あと、もう一つ」
「なんだ?」
「彼女の声は、いつになったら治るんですか? そもそも、本当に治るんですか?」
「失声症は治るよ。ただ、具体的にいつ治るかは私にも分からん。彼女も医者に同じこと言われてるだろうな」
「そう……ですか」
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