第28話:都落ち

ロマンシア王国暦215年5月17日:ガッロ大公国公城宰相執務室


「宰相閣下、ルーカ王がアルベルティ伯爵領に逃げ込みました」


 王都や各地からの情報を集めている側近は緊急の報告に現れた。

 嫡男であるマルティクス王子に権力を奪われただけでなく、命まで狙われていたルーカ王が、遂に王城の一角も護りきれなくなり逃げ出したという。


「グレタ王妃はどうした?」


「母国から連れてきた護衛騎士や侍女に護られ、ポンポニウス王国に逃げました」


 グレタ王妃は元々ポンポニウス王家の王女だった。

 夫であるルーカ王が命を狙われているのだ。


 夫と一緒に家臣の領地に逃げるよりは、マルティクスもうかつに手を出せない、母国に逃げ込む方が安全だ。


 それに、母国であるポンポニウス王国には腹を痛めて生んだ実の娘が嫁いでいる。

 今のポンポニウス王国の王太子妃ジュリアがいるのだ。

 ポンポニウス王国以上に安全な場所はない。


 あれだけかばってくれた実母まで殺そうとする。

 悪逆非道としか言いようがない。


「ルーカは一緒に行きたいと言わなかったのか?」


「腐っても王の誇りは持っているようです。

 グレタ王妃には実家に戻れと命じ、自分は元騎士団長達に援軍を求めるために、国内を巡るようでございます」


「アルベルティ伯爵領に居座る気ではないのだな?」


「それは、まだ断言できません。

 伝書鳥からの至急便で書かれたわずかな文面です。

 伯爵領から各地に使者を送って援軍を求めるのか、自ら各地を訪れて援軍を求めるのか、そこまでは読み取れません」


「そうか、そこまでの内容は書かれていないか」


「はい、王都からの伝書鳥からの文面は『ルーカ、アルベルティ伯爵領に向かい兵を募る予定』でございます。

 方法までは書かれておりませんでした」


「宜しい、次に関係する連絡が来たら直ぐに知らせろ」


「はっ!」


 ロレンツォは今確認した内容と正式な文書にしてマリア大公に伝える事にした。

 既に情報収集分析係達からマリア大公に速報が届けられている。


 だがそれだけでは、マリア大公とロレンツォ宰相の力関係が家臣に示されない。

 ロレンツォ宰相がマリア大公の所に報告にあがる姿を見せ続けなければいけない。


 宰相が主君である大公に正式な文章で伝える以上、事実だけを詳細に書いた部分と、何故そのような事になったかの予測した部分も必要になる。

 更には今後どういう対応をすべきかも献策する必要がある。


 献策が思いつかない状態でも、報告だけはできるだけ早く行う必要がある。

 不安になった主君から呼ばれるような事になってはいけない。


 いや、以前のように直接宰相執務室に来ていただくような事だけは、絶対に避けなければいけないのだ。

 予測と献策は、緊急事態でもない限り後日でもいいのだ。


「大公殿下、ルーカ王に関してご報告に参りました」


「待っていた、入りなさい」


「はっ!」


 マリア大公の執務室前に来たロレンツォ宰相は、厳重な身辺調査の上に増員された女性護衛騎士に前後を挟まれた状態で入室を許された。


 何かあれば前の女性護衛騎士が大公の盾となって時間を稼ぎ、後ろの女性護衛騎士がロレンツォを斬り殺すのだ。


 ロレンツォの大嫌いな長々として宮廷儀礼の挨拶をおえ、ようやくマリア大公殿下と直接話せるようになった。


 大嫌いな事でも、君臣の差を明確にするにはどうしても必要な事だった。

 マリア大公殿下の為なら、自分が1番苦手で嫌な事でも我慢できるロレンツォだ。


「ロレンツォ宰相、情報収集分析係からの報告は受けました。

 宰相の分析と予測、対応策を教えなさい」


 マリア大公の言葉使いが戴冠時よりほんの少し女性らしくなっている。

 当初はロレンツォ宰相が直ぐに注意をしていたのだが、女性護衛騎士や戦闘侍女達から、注意し過ぎるのも家臣の分を超えていると諫言されたのだ。


 忠臣からの諫言を無視するようなマリア大公とロレンツォ宰相ではない。

 家臣達が主従の権力関係を疑わない言葉遣いを忠臣達から聞いたのだ。

 家臣に遜るのではないが、女性らしさも交えた話し方が決められた。


「はっ、これは予測でしかありません」


「構いません、教えなさい」


「はっ、ルーカ王はグレタ王妃とジュリア王太子妃にポンポニウス王家を説得してもらいたいと思っているのでしょう」


「ジュリア王太子妃だけでは、ポンポニウス王国の侵攻を抑えられないと思った、という事ですね」


「はい、他国から嫁いできた王太子妃の言葉だけでは、多くの利がある侵攻を止められないと判断したと思われます。

 ましてその王太子妃は、侵攻予定の国から嫁いできた元王女です。

 家族と母国を優先しているだけだと白い目で見られます」


「ポンポニウス王家出身のグレタ王妃が侵攻反対を唱えれば、侵攻を中止させられるとルーカ王は考えているのですね」


「あくまでも予測でしかありませんし、どれほど可能性があるのか、私も判断できませんし、ルーカ王も判断できないでしょう。

 僅かな希望にすがっての策だと思われます」


「嘘を仰い。

 ロレンツォ宰相の事ですから、的確に可能性を判断しているのでしょう?!」


「1対9の可能性にしても、逆の9対1の可能性にしても、全く無視して何の手も打たない訳にはいきません。

 多少の差はありますが、必ず準備しておかなければなりません」


「ロレンツォ宰相が全ての可能性を考え準備している事は分かっています。

 ポンポニウス王国が侵攻をしてきた場合、ロレンツォ宰相とルーカ王はどのように対応するのかを聞いているのです」


 マリアはロレンツォの誘い水に嫌々乗る事にした。

 家臣達の前で叱責しろと誘導されたので、内心では胸を痛めていた。

 余計な事など聞かず、報告だけ受ければよかったと後悔していた。


「はい、申し訳ございません。

 ルーカ王の考えは、近隣諸国から侵攻を受けたら護りの堅い貴族の城に籠り、各地の貴族に救国を訴える事でしょう。

 他国に寝返ったとしても、優遇されるとは限りません。

 誘う時は良い条件を出しても、実際に母国が滅んだ後で、約束が反故にされる事など日常茶飯事です。

 侵攻軍の将兵を捕虜にして身代金を手に入れられる実利と陞爵を餌に、まだ迷っている貴族を味方につける気でしょう」


「ロレンツォ宰相はどういう手段で対抗する気です?」


「新たに騎士と従士、兵を雇うという話に多くの者が集まって来ています。

 その中には他家に仕えていた騎士や徒士もいます。

 彼らを国境の貴族家に援軍として差し向けます。

 先に送った騎士団や徒士団だけでも十分な抑止力になっています。

 心配なされなくても大丈夫でございます」


「ただ1つ分からない事があります」


「なんでしょうか?」


「マルティクス王子には半分ポンポニウス王家の血が流れています。

 グレタ王妃を残して、ポンポニウス王家と同盟する事を考えなかったのでしょうか?」


「まだ正確で詳細な知らせが届いていませんから何とも申せませんが、同盟を打診して断られたのではないかと考えます」


「ポンポニウス王にとってみれば、妹の夫でしかないルーカ王よりも、甥であるマルティクスの方が信用できるのではありませんか?」


「大公殿下、御自身がマルティクスからされた事を思い出されてください。

 殿下のお耳には入っていなくても、あれ以外にも、色々とやらかしている可能性があります。

 ポンポニウス王が甥でも信用できないと考えたとしても、私は驚きません」


「そうですか、分かりました。

 それほど信用でいない王子なら、交渉する意味はありませんね。

 王都に都市に閉じ籠っていてもらいましょう。

 ロレンツォ宰相、民が戦乱に巻き込まれないように全力を尽くしなさい」


「御意」

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