泣き虫恐竜の「ぽわん」

さんがつ

【短編】「ぽわん」と「うるえ」 泣いても良いよ

泣き虫だけど心の優しい男の子。

彼の名前は「ぽわん」と言います。


彼は少しだけのんびりとした性格の恐竜の子供です。

そして彼は直ぐに泣いてしまうので、いつの間にか目の形が「ぐにゃぐにゃ」になってしまいました。


それでも「ぽわん」は気にしません。

毎朝鏡を見ては、自分の空のような肌色と見比べて、ぐにゃぐにゃになった目の形は、まるで空に浮かぶ雲のようだと素直にそう思っています。




*****




穏やかなある日のこと。

ぽわんは川へ釣りに行く事にしました。


サワサワと流れる水の音を聞いていると、悲しい事や嫌な事も、全部が心の中から流れていくようだと、ぽわんは、そんな事を思いながら川を眺めていました。

と、その時です。


「バシャン!!」

「わっ!」


突然聞こえた水しぶきの音にぽわん が驚いていると、川の中から見た事もない、赤い体の男の子が話しかけてきました。


「ねぇ、一緒に水遊びをしない?」


屈託のない笑顔を向けられて、ぽわんはドキドキとしました。

それでも彼の誘いの言葉を嬉しく思い、恥ずかしさから、小さな声で返事をしました。


「う…ん」

「よぅし」

「わぁ!」


ぽわんの返事に気をよくした赤い体の男の子は、ケラケラと笑いながら、ぽわんに近づくと、そのままぽわんの腕を引っ張り、彼の居る水の中へ引き込みました。


「バシャン!!」

「アハハ、僕は”うるえ”、 君は?」

「ぼ、僕は…”ぽわん”…」


悪びれもせず、あっけらかんとする”うるえ”に翻弄され、ぽわんは戸惑いながらも恥ずかしさから小さな声で答えました。


「ふーん。”ぽわん”か。良い名前だなぁ。

ねぇ、ぽわん?あそこの岩まで、どちらが早く泳げるのか競走しようよ!」


うるえは、ぽわんの返事も聞かずに「それっ!」っと言って泳ぎ出しました。

そんな彼の背中を見て、ぽわんは胸がドキドキしました。


―良い名前だなぁ―


ぽわんの胸が嬉しさで騒いだのは、彼が名前を褒めたからです。


『泣き虫のぽわん』

『弱虫ぽわん』


ぽわんは周りの子供たちから、そんな風に言われ、いつもからかわれています。

ぽわんは学校で名前だけで呼ばれた事も無ければ、名前を褒められた事もありません。


「ぽわんー!ぽーわーんー!早おいでよう!」


ぽわんがうるえの言葉を思い出していると、遠くから自分の名前を呼ぶ声が聞こえました。


「ちょ、ちょっと待ってよぅー」


うるえの声に我に返ったぽわんは、バシャバシャと川の水をかき分け、ようやく彼の待つ岩場までたどり着きました。


「えへへ、僕が一番で、ぽわんが二番ね」


ぽわんの到着に、うるえは嬉しそうにケラケラと笑っています。


『ビリっけつぽわん』

『ぽわんのまぬけ』 


ぽわんは昨日の駆けっこ競争で言われた事を思い出しました。

そんなぽわんの耳にうるえの声が届きます。


「ねぇ、ぽわん、岩の上にのぼろうよ!」


うるえの声に目を向けると、彼がヒョイと岩の上に飛び乗るのが見えました。

そして岩の上から、ぽわんに向けて右手を差し出しています。


「ぽわんもおいで!」

「…うん」


差し出されたうるえの右手を取り、ぽわんも岩の上によじ乗りました。

そして二人が岩の上に登ると、そのまま二人並んで寝っ転がり、一緒に空を眺めました。


「ねぇ、ぽわん。君はどうしていつも空ばかりみているの?」


うるえの声に目を向けると、彼は空を眺めたままです。

そんなうるえの様子に、ぽわんは学校でからかわれた事を思い出しました。


「ねぇ、どうして?」


ぽわんが答えを迷っていると、うるえは顔をこちらに向けて、再び尋ねてきました。


「せ…先生が…」

「先生?」

「が、学校の先生が、男の子はすぐに泣いちゃダメだって…」


ぽわんが空を見上げるのは、涙が零れないようにするため。


「だ、だから上を…。そ、空を見上げていたら心が軽くなって。

そ、それに強くなって、泣かないでいようって、そう思うから…」


ぽわんは胸の鼓動が早くなるのを感じながら、空の彼方にある言われた事を思い出しながら一生懸命考えて話をしました。

そんなぽわんの言葉を聞いたうるえは、少しだけ悲しそうな顔をしていました。


「ねぇ、ぽわん。僕の先生はね?」

「うん…」


うるえの声にぽわんが目を向けると、先ほどの悲しそうな顔とは違って、少しだけ目の奥が輝いています。


「辛い時は泣いても良いよって、そう教えてくれたよ」



『泣いてしまえばいいよ

無理に笑顔でいなくても

無理に我慢をしなくても


辛い時は

悲しい時は

泣いてしまえば良いよ

いつかその涙が優しさになるから』



「誰かの為に涙を流さない強さが、ぽわんの欲しい強さなのかい?」


うるえの言葉に、ぽわんは考え込んでしまいました。


涙を流さない強さ…?

ぽわんの欲しい強さ…?


「…あ、ありがとう…」

「あはは、なんで、ありがとうなの?」


考えても答えの出ないぽわんは、心が温かくなった事にお礼を言いました。

けれど、そんなぽわんの温かさを知る事が出来ないうるえは、ぽわんの言葉が面白いのか楽しそうに笑っています。


そんなうるえの屈託のない笑い声に、ぽわんは自分の中で、何かが変わったような気がしました。


「ね、ねぇ、うるえ…」

「なぁに?」

「ぼ、僕たち…と、友達になれるかなぁ?」


ぽわんはドキドキしながら、うるえの顔を見ました。

するとうるえは「ニィ」と笑って、こう言いました。


「もう友達だよ!」


笑顔で答えるうるえの言葉に、涙が出そうになったぽわんは、急いで顔を空に向けました。

そんなぽわんの視線を追いかけて、うるえも空に顔を向けます。


そして岩の上で寝っ転がったままの二人は、先ほどと同じように広い空を眺めながら、夕焼け色になるまでお互いの事を話しました。


(この空はうるえの優しさの色みたいだ…)


茜色に移り行く柔らかな夕焼け空を眺めながら、ぽわんはそんな事を考えていました。



【短編】「ぽわん」と「うるえ」 泣いても良いよ 終わり

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