第十七話

 アロエ荘には車が二台ある。軽自動車とワンボックスカー。

 アロエ荘の住人なら無料で使うことが可能。免許がある人だけではあるが。


「ここだよな?」

「そうそう。久しぶりの外は気持ちいいな!」


 軽自動車から豪快に降り、大きく息を吸い、伸びをする奏多。

 今、僕と奏多は僕の運転で近くのショッピングモールに来ていた。

 デートとかではなく、ただの買い物。

 詳しくは日高さんを看病するために必要なものを買う買い物である。

 他にも昼食と夕食の食材、少なくなった日用品、それとある物を購入する予定だ。


「奏多ってさ、ああいうのに慣れてんだな」

「ん? ああいうのってさっきのこと?」

「ああ」

「まぁどこぞのイラストレーターがよく倒れるもんでね」


 やれやれと言った様子で笑みを浮かべ、言葉を続ける。


「それで自然と身に付いたって感じ。今では人が倒れてるのを見たら、反射的に体が動くんだよね」

「へー、なんか凄いな」

「全然、凄くなんかないさ。普通ー、普通!」


 その普通が僕には難しいというか出来ない。

 会話をしている間にショッピングモールの中にある薬局に到着。

 僕がカゴを持ち、隣で奏多が必要なものを入れていく。


「天音はそんなよく倒れるのか?」

「え、うん。残念なことにね。体調管理というか、自分の限界を把握できてないというか……」


 奏多は「チッ」と舌打ちし、地面を軽く蹴る。

 周りの客はその行動にビクッとしてたが、奏多は気にしてない様子。

 僕は一応周りの人たちに頭を下げ、様子を伺いながら奏多に声をかけた。


「か、奏多? 怒ってるのか?」

「ちょっと思い出したらイラッとしてね」


 また地面を蹴る奏多。怖い怖い。


「そ、そうか。イラつくのは自由だが、舌打ちと地面を蹴るのは止めてくれ」

「えー、あーうん」

「てかさ、そんなに怒るって天音は何したんだよ」


 この時の僕は知らなかった。

 この言葉のせいで愚痴の嵐を聞くことになるとは……。


「死んだように倒れてボクが書いてるラノベのイラストの放棄」


 鳥肌が立つほど低いボイスで淡々とそう言う。

 見えるはずのない謎の黒いオーラが奏多の周りを漂っており、非常に空気が悪い。

 僕がそんなことを感じ無言になってると、奏多はこちらに顔を向けて口を開けた。


「天音はな、天才なんだ。毎日、笑顔でバカみたいにイラストの仕事をこなし、そのイラストのクオリティはラノベ界では一番の評価。その上、アニメのキャラデザまでやってのける」

「つまり、毎日あれだけの洗濯物が出るのは――」

「小好が思ってる通り仕事をそれだけしてる証拠。天音の口からだと冗談にしか聞こえないけど、リアルにあの服の量のイラストを毎日描いてる。普段の態度からは信じられないって感じだけどね」


 やっと奏多は笑みを浮かべ、言葉を口にする。

 その表情にホッとし、「だな」と軽く笑みを作り返す。

 しかし、次の瞬間……


「でもな、こっちからしたらそんなのはどーでもいいんだよっ!」


 ――バンッ!


 店内に大声を響かせ、いきなり地面を踏みつける。

 情緒不安定すぎるだろ。マジで外では止めてくれ。


「天音の奴、仕事はしてる。それは認めが一番付き合いの長いボクのイラストを後回しにするんだよ。そのせいでボクが読者の皆さんにいつも謝る羽目になってさ。ふざけんなっ! 神絵師だからって調子乗りやがってよ! このクソ巨乳変態野郎がァ!」

「お、おい奏多、落ち着け。ここは外だぞ」


 僕は世界を壊す怪物のようになった奏多を落ち着かせようと試みるが、聞く耳を持たず息を荒げ地面を何度も踏みつけている。

 誰か、奏多が暴走した時の説明書ない?

 助けてくれ! このままじゃ警察呼ばれちゃうよぉ!


「天音は特別扱いされすぎなんだ! 超マイペースだけど、ボク以外のイラストの仕事はちゃんとやるからって! こっちだって必死に小説書いてんだよ! バーカ! バ……うっ――」

「バカは奏多だ」


 僕は奏多の口を抑え、一旦店を出る。


「何するんだよ!」

「それはこっちのセリフだ。こんなところで天音の愚痴を叫ぶな」

「いいじゃん! 家だと言えないし、本人に言ったら傷付くし!」


 ――奏多、良い奴かよ!


 一瞬そう思ってしまったが、僕は首を左右に振って口を開く。


「だからって、こんな店内で叫ぶ必要ないだろ。ほら見てみろ。周りの人たちが凄い目で奏多のこと見てるぞ?」

「うっ……ホントだ」


 奏多は我に返ったようで「ごめんなさい」と一言。反省するように下を向く。

 僕はその行動に何も言わず、太陽の日を浴びた雪兎のように銀色に輝く髪を優しく撫でた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る