第13話

 ついにこの日がやってきてしまった。


「今日からよろしくお願いしますっ!」


 玄関のドアを開けると、大きなリュックを背負った結衣がビシッと敬礼をしていた。

 今日から結衣が俺の家に泊まることになったのだ。


「わざわざ泊まって何する気だよ」

「うーん、泊まらなくても毎日ここ来てるし、それなら泊まっちゃった方が手間が省けていいかなーって」

「そもそも毎日来る必要あるか?」


 俺が問うと、結衣は口を尖らせて小さい声で言う。


「……ひろくんに会いたいもん」

「そ、そうか……」


 こうもストレートに言われるとどうにも恥ずかしくなってしまう。

 それと同時に、結衣が俺に会いたいと言ってくれたことに嬉しくなっている自分がいた。


「とりあえず入れよ、暑いだろ?」

「うん」

「じゃ、それ持ってくから」

「ありがと」


 ずっと玄関先で話していても仕方ないので、ひとまず結衣の荷物を受け取ってからリビングに向かう。


「そういや何泊するつもりなんだ?」

「へ? 夏休みの間は泊まるよ?」


 俺が問うと、さも当たり前のことのように答える結衣。


「着替えは?」

「入れてきたよ」

「いや、洗濯」

「ここのやつをお借りしようかなぁ……なんて」


 ……マジかよ。どうあがいてもいろいろ見えることになるけどそれでいいのか?


「その、なんというか……下着とかどうすんだよ。まさか俺が洗うわけにもいかねえし、そこらに干しとくわけにもいかんだろうよ」

「あー……考えてなかったなぁ」

「ま、諦めて数日分洗ってくるこったな」

「それしかないかぁ……」


 どうやら完全に失念していたらしい。

 頼むからそんなこと忘れんなよ、と声を大にして言いたい。


「朝飯はどうすんだ? 俺基本抜いてるけど」

「私はパン派だから何個か買って置いておこうかなって」


 夏休みの俺が朝早く起きることはまずない。

 ほとんどの場合そのまま昼食になってしまうというわけだ。


「ま、あとは昼と夜を俺がどうにかすればいいか」

「何か手伝おっか?」

「必要ない。断じて、絶対に」


 いつも断ってるんだから察してください。ついでに自分の腕の残念さも。


「ま、泊まる以外いつも通りってこったな」

「うん、それもそうだね」

「あ、寝るときは二階に空き部屋あるからそこにあるベッド使っていいぞ。母さんが前使ってたヤツだけど掃除はやってる」

「はーい」


 ひとまず泊まるうえで必要な説明を済ませ、それからはいつものようにダラダラと過ごした。






 夜になって、俺は自室で智輝と通話しながらゲームをしていた。


『おいお前ラグすぎだろコラおいッ!!』

「わかるけど落ち着けよ、もう倒したし今から蘇生すっから」


 プレイしているのは人気のあるバトロワ系のFPSゲームである。

 葵ちゃんが言っていた智輝の叫び声、おそらくこれだと俺は思う。

 割としょっちゅうキレ散らかしているし、勝った時も結構うるさい。


 ゲームは後半にさしかかる頃で、俺たちは安地内にいたため適当な建物に隠れた。


「よし、とりあえず様子見かね」

『速攻バレて消されるに一票』

「おいお前変なフラグ立てんなよおぉぉいっ!」


 智輝のフラグ発言に合わせたかのような完璧なタイミングで投げ込まれたグレネードにより、二人まとめて爆死してゲームが終了する。

 突然のことに思わず変な声を出してしまった。


「ひろくん? 大きな声が聞こえたけどどうしたの?」

「あー、いやぁ……」

『ん? んんー?』


 俺の大声に、隣の部屋にいた結衣がやってきてしまった。

 智輝は結衣の声に気がついたようだ。

 その声色から、通話越しにもニヤニヤしているのが想像できる。


『いやぁ、お二人ともついにここまで来ましたか』

「待て待て待て違う誤解だ勘違いだッ!」


 現在の時刻は午後十時。

 こんな時間に結衣がいるのがバレてしまえば、変な誤解を生むこと間違いナシである。


「誰と話してるの? ともくん?」

「ああ、うん。智輝とゲームやってた」

『なるほどねぇ、そっかそっか。お熱いねぇ』

「……」


 めんどくせえ……よりによって一番めんどくせえヤツにバレた。

 しかも結衣の方は何も気にしていないので隠す気がまずない。


『じゃ、俺はこの辺で落ちるから、後はお二人で熱い夜を過ごしたまえ』

「おい待てだから違うって」


 俺の弁明は全く聞き入れられることなく、智輝との通話が切れた。


「……邪魔しちゃった?」

「いや、あいつが勝手に騒いでただけだから気にすんな」


 結衣が少し不安そうに訊いてくる。

 まあ別にわざとじゃないのはわかるし仕方ないと思う。

 今回は結衣ではなく勝手に騒ぎ出した智輝が悪いのだ。

 本当にすぐ騒ぐから、あいつ……。


 俺は後に待ち受けるであろう面倒事に、軽くため息をついた。

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