第6話

「ただいまー!」

「……ここ俺の家な」


 俺の家に着くなり、結衣は慣れた手つきで合鍵を取り出し、先に入っていく。

 今更意味などないが一応ツッコんでみる。当然効果ナシだが。


「いやー、やっぱりここが一番落ち着くなぁ」

「俺より座ってる時間長いんじゃねえか?」


 リビングに入るなり、定位置と化したソファに向かう結衣。

 家から持ってきた大きめのバッグをソファの横に置くと、そこから部屋着を取り出していく。

―——そしてそのまま制服を脱ぎ始める。


「おい待て着替えるなら洗面所行け」

「えー、面倒だなぁ」

「野郎の目の前で着替えるのは流石にダメだろ常識的に」

「別にここでしかやらないもん」

「そういう問題じゃねえ……」


 言っても止まる気配がないので、仕方なく俺がリビングから出る。


「そろそろいいか?」

「いいよー」


 しばらく待ってから声をかけ、リビングに戻る。

 ソファにはいつものユルユル部屋着姿の結衣が座っていた。

 相変わらず警戒心が無さすぎると思うが、これまた今更なのでもうツッコまない。

 俺は結衣の隣に腰掛け、スマホを取り出した。


「ねえ、ひろくん」

「……なんだ?」


 俺がスマホを弄っていると、隣に座る結衣が距離を詰めてくる。

 ほっそりとしていて平均よりやや小柄な結衣だが、その割に出るところは出ているため、密着すると俺の腕に柔らかい感触が伝わってくる。


「えへへ、なんでもない」

「お、おう……」


 俺に密着したまま悪戯っぽく笑う結衣。

 必死に平静を装うが、昨日の出来事も相まって異常なほどにドキドキしてしまう。

 『ここまでするのだからやっぱり本気なのでは?』という考えと『それで違ったらどうするんだ』という考えが俺の脳内でぶつかり合っている。


「私ね、今日までずっと我慢してたから……褒めてほしいな」

「あー、いやぁその何というか……すまん」

「むぅ、謝ってほしいんじゃないよ」

「が、頑張ったな……?」

「うん、ありがと!」


 密着したまま上目遣いで頼まれては断りようがない。

 結衣が嬉しそうにしているのだからそれでいいのかもしれないが……。


「ところで結衣さんよ」

「なぁに?」

「この恋人でもここまでするか怪しいレベルの距離感についてどう思う?」


 流石にそろそろ限界が近かったのでそう指摘すると、結衣の顔が目に見えて真っ赤に染まっていく。


「こっ、恋人だなんてそんな、これくらい幼馴染なら……ふ、普通だよ?」

「いや声めっちゃ震えてるけど」


 どうにもテンションに任せてやりすぎたらしい。

 さっきまで気にする素振りも見せなかったのに、途端にあたふたし始めた。


「うぅ……」


 それからようやく状況を理解したようで、両手で顔を覆って動かなくなってしまった。

 手の隙間からは今もなお真っ赤な頬が覗いている。


 これはこれで可愛らしいと思うのだが、このままというのも可哀想なので俺から声をかけることに。


「ま、まあ別に嫌だったとかそういうんじゃないからさ。とりあえず落ち着こうぜ?」

「……ほんとに嫌じゃなかった?」

「……おう」

「そっか」


 不安げに問われ、羞恥を我慢して答える。

 すると結衣は顔を覆っていた手を外し、柔らかな笑みを浮かべた。


 あまりにも魅力的な表情に、いっそ恥を捨てて昨日の真相を訊いてしまいたいとも思ったが、どうにかギリギリ踏みとどまる。


 もし俺だけが本気で、それを知られることで今の関係が崩れてしまうとしたら?

 きっと俺は耐えられないだろう。想像すらしたくない。


 だから、このことは誰にも言わずに胸にしまっておこうと誓うのだった。

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