第4話

 全力で気配を殺した俺は、満身創痍ながらなんとか死地を乗り越え席に着くことができた。

 俺の席は窓側の後ろから二番目と、結構優良なポジションである。今回だけは入り口から遠いのが仇となったが。


「お前たち、ついに成し遂げたのだな……!」

「はぁ……」


 ここまでの道のりでライフがゼロどころじゃない俺に、背後からからかうような声が聞こえる。

 振り返れば、長い前髪と眼鏡で野暮ったい印象を無理やりくっつけただけのイケメンが、ニヤニヤと笑いながら俺と結衣を交互に見ていた。指で眼鏡を押し上げる動きが絶妙にキモい。


 この典型的なラブコメ主人公みたいなナリの男は、俺のそう多くない友人のひとり、影沢智輝かげさわともきだ。席も俺の後ろ、すなわち窓側最後列であり、もはやわざとなのかと言いたくなるようなヤツである。

 ちなみに中身は思いっきり陰キャ。陰キャの親友に爽やか陽キャイケメンなんてのは幻想なのだ。


 こいつは俺と結衣の関係を知る数少ない人間だ。まあ今日でその肩書は役目を終えることになるだろうが。


「何を成し遂げたってんだ……おかげでご覧の通り死にかけだよ」

「いやぁ、これまで密かに結衣っちを狙っていた陽キャ連中に激震ッ! 最高の瞬間だとは思わんかね?」


 ドヤ顔で口を開いたと思えばこれだ。まったくとんだ陰キャ根性である。

 ちなみに結衣によると女子の間では隠れイケメンとして既に何人か狙っているらしいのだが、本人はそれに気づいていない。


「別にそんな事が目的じゃないだろ。俺が言いだしたわけでもないから結衣に訊かなきゃわからんが」

「今のは冗談として、これでついに学校でもイチャイチャ解禁だな!」

「しねえよ……」


 智輝と仲良くなったのは中学校の頃で、その頃から結衣ともよく遊んでいた。

 少し前に俺の家で智輝と遊んだ際に当然のように結衣がいたことで、結衣が俺の家に入り浸っているのがバレたのだ。

 しかしこいつはふざけた言動の割に意外と良いヤツで、これまで俺と結衣の関係性が露呈していなかったのがその証拠だろう。


「で、いきなり隠すのやめた理由はなんだ? ついに付き合い始めたとか?」

「違う、結衣が遅くまで帰らないから説得してたらこうなった」

「ほう、着々と攻略されてますな」

「……そんなんじゃねえよ」


 結衣が俺にそういう意味で好意を向けているなんてことはない……のか?

 昨日の一件のせいで明確に否定できない。

 折角考えないようにしていたのに、また気になってしまう。


「あんまり適当なこと言うなよ? 結衣だって隠すのが面倒になったとかそんなところだろうからな」

「ほう、それはどうかな?」


 何とか平静を装う俺に対し、智輝はニヤリと笑いつつ入り口の方へ目を向ける。

 それにつられて俺もそちらを見れば、廊下側の方にある席から結衣が向かってくるところであった。周囲の視線もセットである。


「ともくんおはよ!」

「よっす結衣っち、ついにやったな!」

「えへへ、これで一歩前進かな?」


 なんだか二人で盛り上がっているが、何をそんなに盛り上がるようなことがあるのか俺にはよくわからない。

 俺との関係を隠す上で二人の関係も隠すことになっていたため、その必要がなくなって嬉しいとかそんなところだろうか。

 智輝の見た目も相まって、さながらラブコメの一幕のようである。

 しかしそんな事より教室内の視線がとんでもないことになっているのだが、どうやら気づいていないらしい。


「なあ智輝、めっちゃ見られてるけど」

「うぐッ! 俺にも突き刺さる殺意の視線!」

「もう、ともくんまで変なこと言って」


 俺が言うと、智輝は我に返ったらしい。結局どうあがいても陰キャなのでこの通りである。

 それに対して結衣はと言えば、やはり自覚ナシといったご様子。

 ま、智輝にはせいぜいダメージ分散要員として頑張ってもらおうではないか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る