第2話

 結衣を見送った俺は、湯船に浸かりながらさっきのことを考えていた。

 いつもはシャワーで済ませてしまうのだが、どうにも落ち着かない心を鎮めるためにも、とにかくゆっくりしたかったのだ。


「大好き、か……」


 そもそも冗談への返答である以上、これもまた冗談であると捉えるのが正解なのだろうとは思う。しかし結衣の声音はどうにも真面目な話をするときのそれに聞こえた。

 いや、実際は俺がそう思いたいだけなのかもしれない。


 幼馴染としてしか見ていない、なんて本当に言い切れるだろうか。

 慣れたとは言っても初めはドキドキしていたし、そもそもいつも当然のように結衣が家に居ても不快に思うことはない。むしろ安心するとすらいえるかもしれない。

 結衣は客観的に見ても主観的にみても可愛いと思うし、性格だって明るくて優しい。それを好ましく思っているのは紛れもない事実である。


 もしもそんな彼女が俺に本気で好意を向けてくれているとしたら、当然それは嬉しいことだ。

 もし冗談であっても、それくらいの冗談を言い合えるほど仲がいいのだと思えば悪い気はしない。


「……何考えてんだろうな」


 こんなことを考えておいて結局冗談だったら恥ずかしすぎる。

 でももし本気なら……なんて考えてはまた冷静になり、いつまでも同じ思考を繰り返してしまう。


 ふと鏡を見れば、俺の頬は紅く染まっていた。

 風呂に入っているのだから当然、なんて言い訳にもならないのは自分で分かっている。






 結局、風呂から出ても同じ事ばかり考えてしまう。

 こんなに結衣のことが気になっていたのか、と自分でも驚いてしまうくらいだ。


「こんなのバレたら絶対からかわれるぞ……」


 自分から冗談で仕掛けておいてこのザマである。

 ひとまずこのことは考えないようにしようと、俺はスマホに手を伸ばす。

 スイッチに触れると、メッセージアプリの通知が来ていた。


『返答はいつでもいいよ!』


 どうやら向こうは俺と違って余裕らしい。

 悪戯っぽく笑うスタンプが添えられたそのメッセージに、俺がさっきまでずっと考えていたのが全て見透かされているような気分になる。

 

『はいはい、俺も好きだぞ普通に』


 しかしこれで悩んでいては結衣にからかわれるオチしか見えない。それがどうにも悔しかったので、適当にあしらう風に返信する。

 すると、すぐに既読がついてメッセージが返ってきた。


『そんな私の事が大好きで仕方ないひろくんに提案です』

『おい盛りすぎだろ』

『明日から一緒に登校しよう!』


 勝手に表現を盛られた挙句ツッコミを無視して送られてきた衝撃の提案。

 これまで幼馴染であることすら隠して学校では関わっていなかった俺たちが急に一緒に登校? どう考えても誤解を生む。

 優れた容姿と明るい性格で人気のある結衣は、当然ながら周囲の注目を集める。

 その隣に俺のような野暮ったい地味男がいたらどうなるか、わざわざ語るまでもないだろう。


 確かに幼馴染であることを隠さないとは言った。しかしこれはいくら何でもやりすぎではなかろうか。

 ただの幼馴染がそこまで親密なものだとは思えない。

 結衣がいつも俺の家にいる以上、普通の幼馴染よりも仲がいいとは俺だって思っている。しかし傍から見れば幼馴染を超えた関係性にしか見えないだろう。

 つまり、言い換えればこれは死刑宣告のようなものである。


『俺はまだ死にたくない。よって却下』

『えー、大丈夫だって! 明日、駅で待ってるから!』

『いやマジで俺死ぬぞ? 陰キャの紙耐久舐めんなよ?』


 言うだけ言って満足したのか、俺が最後に送ったメッセージに既読がつくことはなかった。


 結衣の家は俺が普段使っている駅のすぐ近くで、これまでは時間をずらして登校していた。

 要するに向こうがその気になればどうやったって駅で合流できてしまうわけである。


「終わった、俺の平穏な学校生活が……」


 寝る直前まで死を回避する方法を考えたみたが、結局それを思いつくより先に眠りに落ちた。

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