この同棲がバレたら(社会的に)死ぬ

平光翠

プロローグ

【雑談配信】金曜日だから適当にしゃべる【イケボ/個人配信】

「はーい、こんばんわ~。マコトです。今日もよろしくね~」


スレイマンの星:きちゃ~

ビスケット:始まった!!

耕:間に合った~www


「皆、今日も来てくれてありがとう。金曜日だと人多いね」


ステップステップ:相変わらずイケボw

超高層ビル:可愛い声で耳が孕む~

豚の餌:めっちゃ癒し!!

ビスケット:同接200人ぐらい多いかも


「ビスケットさん、同接多い? ホントだね。明日休みだからかな」


「ちなみに、皆は今日の動画見てくれたかな?」


超高層ビル:見たよ〜

ビスケット:ゲームめちゃ上手でカッコよかった


「ありがと。でも、結局負けちゃったからね。情けない所見せちゃったかな?」


耕:死んだ時の絶叫笑ったwww

スレイマンの星:前の配信でゲーム上手くなってきたってドヤ顔してたのにねw


「いや、ちょっとは上手くなってるって!!」

「成長の度合いはゴミかもしれんけど……」


【カルボナーラさんが1500円スパチャしました】

カルボナーラ:ボイスリクエストです。「いつもありがとう。大好きだよ」って言ってほしいです


「カルボナーラさん、スパチャありがとう。えーと、セリフ読めばいいの? 恥ずかしいけど、いいよ~。じゃあ、一旦BGM止めるね」


「いつもありがとう。大好きだよ」


ビスケット:イケボ最高!!

スレイマンの星:私も好き~

豚の餌:キュンです!?!?!?

カルボナーラ:ポタク無事死亡……


「あはは。皆騒ぎすぎでしょ。まぁでも、いつも見に来てくれる皆が大好きってのは本当だよ」


日本橋スキンヘッド:初見です。声綺麗ですね。チャンネル登録しました。


「日本橋スキンヘッドさん、いらっしゃい。チャンネル登録ありがとう、楽しんでいってね」

「じゃあ、折角だしとっておきのエピソードトークしちゃおうかな」


「昨日、カップ焼きそば食べたんだよね」

「でー、スーパーで買ったやつなんだけど。家の近くのね。あのー、お昼に食べようと思ってさ、お湯入れて待ってたんだけど、カップ焼きそばって普通、3分じゃん? でもたまに5分のやつもあるよね。それと勘違いしてさ」


「そもそもちょっとふやけた方が好きだから、6分待ったんだけど、実は3分でしたってオチ!!」


日本橋スキンヘッド:……話下手ですね。チャンネル登録解除しました。


「え、ダメだった!? 絶対笑ってもらえると思ったのに」


ビスケット:マコトくん、声以外はゴミだし……

豚の餌:声は良いけど話し方が陰キャで草

マックのポテト:そんなことより、マコトくんは、マックの新商品食べた?


「マックのポテトさん、新商品って、バターバンズバーガーのことだよね? まだ食べてないよ。美味しいのかな」


スレイマンの星:私も気になってた

日本橋スキンヘッド:俺は好きな味だったよ


「今度食べに行こうかな。……あ、マックと言えば、高校生の頃の話なんだけどさ」


カルボナーラ:恒例の陰キャ話くる?

豚の餌:お、また始まったかw


「高校生の時に買ったハンバーガーが違う商品だったんだよね。ダブルチーズが好きでよく食べてたんだけど、その時渡されたのが期間限定だったアボカドバーガーだったんだよね。でも、アボカド苦手だから食べられなくってさ。店員さんに間違ってますって言えなくて、1時間ぐらい食べないで待ちぼうけしてたことがあるんだよね」


ビスケット:草

スレイマンの星:まだちょっとつまんないwww

ステップステップ:陰キャすぎる笑

耕:気持ちはわかるけど……


「ステップステップさん、陰キャすぎる? だって、忙しい時間帯だったから、言い出しにくかったんだよ~。耕さん、分かってくれる? ありがとー!!」


マックのポテト:今のマコくんも言えなそうwww


「マックのポテトさん、残念だけど、その通りです。今も言えないと思います。あははは」


【スレイマンの星さんが1000円スパチャしました】

スレイマンの星:明日、休日出勤が決まったので癒しのショタボくださいm(_ _)m


「スレイマンの星さん、スパチャありがとう。休日出勤とか最悪だねー。じゃあ、明日頑張れるようにおまじないします」


「お姉ちゃん、いつも頑張ってて凄いね」


耕:イケショタ、ktkr

スレイマンの星:マジで鼻血出ましたwww

カルボナーラ:【求】オタクが死んだので救急車@1

マックのポテト:それ、霊柩車がいるやん


「じゃあ、そろそろ1時間経つし、今日の雑談配信は終わりかな~。皆、またね」


ビスケット:おつまこ~

スレイマンの星:最後に「大好きだよ」のおかわりお願いします


「ええっと、スレイマンの星さん、大好きだよのおかわり? いいよ」


「いつも応援してくれる皆のこと、ホントに大好きだよ~。またね」


ステップステップ:おつまこ~

日本橋スキンヘッド:最後までイケボwww

耕:声に色気混じってるわ。これじゃ寝れんw




「ほのか~、配信終わったよ~」


マイクの電源を切って、部屋の外に居る同居人を呼ぶ。

弾んだ足音に耳を傾けながら、自分の趣味には合わないファンシーなタンブラーに口をつけた。さすがに1時間もダラダラ話していると中身は空っぽだ。


 配信中は多少なりとも声を作っているため、喉がイガイガする。いや、ショタボとかイケボって、ずっと続けていると不安定になるんだよ。素の声に近いとはいえ、ちょっと無理してるんでね。


「マコト、配信お疲れ様!! 水持ってきたよ」

「ほのか~。ありがと。大好き」


 薄暗い部屋にやってきたのは、制服姿の女子高生、独木ひとりぎ ほのかだった。学校指定のチェックのスカートとシンプルな白いシャツ。赤いリボンは緩められておりシャツの隙間から覗く豊満な胸に目が引き寄せられる。


 彼女が家に帰ってくる頃には配信の準備を始めていて、構ってあげられなかった。そのことを根に持っているのか、どこか機嫌悪そうな顔をしている。ちょっと面倒なところも可愛い。


「ほのか、おいで」

「うん」


 水の入ったグラスをテーブルに置いて、抱き着いて来た。彼女の柔らかい体を味わうように抱き返すと、さらに強く抱きしめられる。

 彼女の温かさに触れていると、配信中の肝が冷える感覚が薄れていく。根暗の自分はどれだけ配信を続けても緊張してしまう。その緊張をほぐすための日課だ。


「マコトは私としか上手く話せないもんね~。今日も滑ってたよ?」

「別に滑ってはないし……。ちょっと話すのをミスっただけだから」


 どうやら配信を見られていたようだ。いつものことだが気恥ずかしさを覚える。特に今日はトークで大失敗をした自覚があるので余計に恥ずかしい。

 ……他の配信者が緊張せず話せているのが羨ましい。


「ねぇ、配信でマックの話してたじゃん?」

「新商品の話? リスナーが教えてくれたやつだね」


「あれ、今から行こうよ。お腹空いた」


 お腹が空いたというのは同感だ。ただの雑談配信でも緊張した状態ではエネルギーを消費してしまうのだろう。ほら、上司と面談とかすると、甘いもの食べたくなるみたいな。……いや、私ニートじゃん。


 夜にほのかを出歩かせるのは良くないかもしれないと思いながらも断り切れない。最悪、自分が居れば何とかなるだろうと思い直して、洗濯されたばかりの黒いパーカーをを羽織った。


「いいよ。行こうか」


 パーカーの下は薄手のスウェットとはいえ、夏が近づく今の季節には少し暑い。

 ほのかはどうするのかと思って見てみれば、制服姿のまま行くようだ。可愛いからいいんだけど、補導とかされないですかね? 警察沙汰とか嫌ですよ?


 外に出てみれば、意外にも風が強い。

 深夜に外を出歩いてマックに行くのが楽しいのか、ほのかはずっとニコニコしている。ピアスを隠すように耳を覆うボブヘアーが風に揺れる。

 お風呂は済ませていてすっぴんの状態だというのに、目元はぱっちりしていて、表情は明るく生き生きとしていた。


 よれよれのパーカー姿の自分とは大違いだ。ほのか陽キャとの違いってこういうことかぁ。


 深夜に仕事をしている大学生風の店員にビクビクしながらハンバーガーのセットを買う。ガタイのいい店員に見られながら、明るい店内で食べるのは嫌だったので冷めるのを承知で持ち帰りにした。

 我ながらお化けかなめくじみたいな生態である。マッチョが直接目の前に立つと原始的な恐怖を感じるよね? これ、私だけ?


「お家ならゆっくり食べれるね!!」


 ああ、純真無垢なほのかの視線が痛い。

 陰キャでスイマセン。……とか言うと、「マコトのそういうところも好き」とか言われるんだろうなぁ。私もほのかの明るいところが好きだからお互い様か。


 街灯に照らされた誰も居ないはずの道で、チリンチリンという自転車のベルの音が響いた。驚いて後ろを振り返ると、警察官がこちらに向かってくる。

 あ、やばい。捕まるかも。お父さんお母さんごめんなさい。高校生に手を出す不審者はここです。


「君、高校生だよね。保護者同伴とはいえ、こんな時間に歩くのは……」

「すいませーん。どうしてもマック食べたくて~」


 皺の刻まれた妙齢の男の警官が、ほのかと自分の顔を見比べて苦い顔をする。まぁ、可愛いほのかと不審者の組み合わせは異質に見えるのだろう。

 違うんです。今日はまだ、何もしてないです!! 我ながら最低な言い訳だ。本当に逮捕されるかもしれない。自分だけならいいんだけど、ほのかを置いて行くことになるのは嫌だなぁ。


「一応、身分証見せてもらっていいですか? 本当は補導対象なんですけど、今回は保護者の方だけでいいですから」


「あ、はい。すいません」


 ビクビクとしながら免許証を提示する。近いからと言って歩かなければ良かったなどと後悔しながら、ジロジロと顔を見られる。クマが酷くてスイマセン。動画編集してたら徹夜しちゃったんです。それとも顔が暗いから逮捕ですか? 陰キャは死刑ですか?


音寺おとでら 真琴まことさんね。妹さん、あんまり遅くまで連れ回しちゃダメだよ。いくら明日が休みだからってね」


 ほのかと同じくらいの娘が居るのだろうか。やけに心配してくる。たしかに非常識な時間だとは思うが、少し面倒に感じてきた。いや、悪いのはこっちだと分かっているんだけどね。


「最近は物騒なんだから、2で夜に出歩くなんて、やめた方がいいよ」


「気を付けまーす」


 全く反省していないような声音で、ほのかが笑いながら言った。ほのちゃん、国家権力様になんて口の利き方してるの。向こうの一存で逮捕されちゃうわよ?

 ……普通に考えれば女2人で夜を歩くなんて危ないか。あの皺の深い警官が心配していたのはほのかのことだけじゃないようだ。まぁ、リスナーに性別を誤解させて、イケボ配信とかやってる引きこもり喪女を狙うようなバカは居ないと思うけど。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る