behind the scenes

「それで、どうだった?」


 ふんぞり返るように足を組んで座る男が肩越しに聞いた。男の名はルカ。この星に聳える象徴的な城の主であり、王と呼ばれることもある。


「きっとすぐにでも来るだろうな」


 レインは王からの問にそう答える。


 彼女もまた王に仕える一人である。ぶっきらぼうな口調だが、敬意がないわけではない。彼女と王の関係は常に他人からは淡白に見えるだけのものだった。


「そうか」


 だから、王も単純な返答しかしない。


「しかし、お前は非道いところがあるよな」


「どこがだ?」


「もう一つ、試すつもりなんだろう?」


「当たり前だ。用心をするに越したことはない。それが非道いって?」


「だろう。散々壊しておいて、まだダメ押しをする気なんだからな。少しは優しさが芽生えたと思っていたんだが」


 レインは何かを察したように嘆息した。ある少女のことを思い浮かべていたのだ。


「アレは……特別だよ。アイツに関わってしまったのは私の責任だ。だから、最後まで面倒を見ると決めた。けど、今回は違う。そもそも頼んできたのはお前だろう」


「選別の方法も選定基準もお前に一任している。だからこそ、だよ。」


「私のやり方に口出しをするのが、珍しいと思ってな。お前は他人に興味がないんじゃないのか?」


 王はレインの無神経にも思える言い草を笑い飛ばした。最近は大きな声を上げることも増えたなとレインは思った。


「まあ、間違いじゃないんだが、俺は俺で変わることもあるってことだよ」


「茜か?」


「そうだ」


「心構えだけは父親のつもりか。態度で示してやらないと愛想を尽かされるぞ」


「いいさ。お前だってわかってるだろ、俺の根本的な性格を」


「似た者同士か、結局」


「そんなところだ」


 程よい会話の切れ目にレインは感知する。その様子を察し、王はわずかに背を浮かせた。


「来たか?」


「ああ」


 二人はなんの合図もなしに、しかし目の奥でまったく同じ映像を見始める。


 それは一人の人間の視界。どこかうつむき加減で暗く翳っている。辺りを見回しながら、自分がどこにいるのかを確かめているようだ。


「これが?」


 と王は言う。呆れているわけではないようだ。興味なさげに、その視界を持つ人物を吟味する。


「おそらくは大丈夫だよ」


 レインの言葉は確信に満ちていた。


 彼女が地球を訪れた理由は王命によるものだ。内容は至極曖昧なもので、地球へ行ってこい、というだけのもの。理由も目的も伝えられていない。


 普通、こうした命令は人を困惑させるだけで、なんの効力もなければ、それを達成する理由すら見出すことができないだろう。しかし、レインは王を信頼しているというだけの理由で迷わず行動に移すことができる。王が命じたという事実さえ存在すれば、その内容を考慮する必要は彼女になかった。


 そうして彼女は地球を訪れ、七星燐との邂逅を果たした。その後、彼女を勧誘し、王命を達成したとして城へと戻った。人間を城の列に加えるなど、異端中の異端の出来事であったが、迷わずレインはその選択をした。そして王もまたその決断に異を唱えることはしなかった。


 彼女は当初、誰かを選んで勧誘するつもりもなかった。彼らからすれば人間たちの文明も歴史も些事でしかない。気に留める必要もなければ、そもそもそも関わりすら持つことがないのが一般的だ。だから、なんの期待も抱かず、それでも王命だからという理由でいつもどおりにベクターとメルカという二人の従者を携えて赴いた。


 七星燐に目をつけるきっかけとなったのは、なんてことはない街中でのすれ違いだった。横目で追った七星燐は、レインにとってある少女と重ねるには十分だった。


 二人の性格はほとんど対照的と言っていいだろう。レインが思い浮かべる少女は寡黙で真面目。愚痴を吐かず、ひたむきに目の前のことに向かい続ける。がさつで他責思考を捨てられず、利己的に考え続ける七星燐とは似ても似つかない。それでも、二人には共通するものがあった。それは常に孤立しているということ。彼女たちは人間でありながら決して人間と交わることができない。どうやっても嵌ることがないネジのように、彼女たちは人間社会という空間で浮き続ける。


 なぜ、そんなものに惹かれるのか、気掛かりになってしまうのかは、レインにもわからなかった。ただ、ある少女にどうしようもなく話しかけてしまったように、七星燐にも手を差し伸べたいと、そう思ってしまった。


 理由はそれだけ。ただ、すれ違いの一瞬は、王命を理解させ、直感は確信に変わる。そうして、必然的に二人は出会い、レインは七星燐を誘った。


 視界の奥に映写された視界は二つのヒトガタ――彼らふうに呼ぶのなら「あの子たち」を捉えている。二つは歪み、捻られ、潰れ、形を変えていく。


 レインはそれを確認し、視界を閉じた。映るのは王が座る部屋の中だけになる。何も言わずに歩き出そうとしたとき、王はレインを引き止めた。


「どうしてだ?」


 それだけだったが、レインは王の質問の意図を正確に理解していた。


「さっきも行ったとおりだ。用心をしておくに越したことはない。アイツは人間として異質だが、だからといってこちら側に馴染めるとは限らない」


「否定はしないよ。けど、それでアレの最後の人間性まで潰してしまったら、それこそ取り返しがつかないぞ」


「それでも構わない。一度潰れてしまうくらいでいいんだ。アイツは根本的にズレている。だから、その大元すらすり潰して、私が一から作り直す」


「随分な言い様だな」


「出過ぎたことをしている自覚はあるよ。アイツにとってもいいことばかりじゃないだろう。でも私にはそれくらいしかやり方が思いつかない。お前に頼ったところで意味はないだろうからな」


 背中同士の会話の中で、王はまた笑い声を上げた。思わず漏らしたような、小さな声だった。


 レインはその声にわずかに首を傾けてから、振り返るのをやめた。確かめたところで、今は意味がない。代わりにほんの少し話題に出ただけの少女のことを聞いた。


「お前だって茜がいるだろう?」


 返答はすぐにはなかった。思いの外真剣に考えているのかもしれないと、レインは静かに驚いた。


「……まあ、確かにな。言いたいことはわかる。だが、俺とお前は別物だろう」


 少し考えればわかりそうなことを指摘され、そこまで焦っているのかと、レインは己を恥じた。


「結局こうなるのか」


 つぶやき、歩き出す。わずかな苛立ちを覚え始めていた。


 これから二人の人間を抱えることに後悔はない。七星燐はもちろんのこと、自ら手を差し伸べたアリスのことも。すべては仕組まれていると言われても理解するほどに、彼女は現実いまを受け入れている。けれど、いや、それこそが理由になり得る。


 レインは己の内面に潜む、溢れだそうとする感覚を知りたくはなかった。その味はレインが自身を認められなくなるほどに悍しく、しかし同時に、飲み干すことの悦楽をわかっていた。


 ――曰く、私は優しすぎると。


 レインはそれをよいものだと常にうなずくことはできない。自分が通ってきた道を否定することになるからだ。己を肯定し、律し、適切な、王に仕える者であるために、レインは己の一部を不要と切り捨てたかった。


 しかし、それとは裏腹に王が行おうとしていることを、良心によって咎めたい己がいる。一度だけ、王が育てることになったという少女、茜を見た。彼女は三人目だと思った。だからこそ、目を背けたくても背けられず、かと言って手を差し伸べるには遠すぎる。


 それでも律したい己の内でレインわたしは叫んでいた。彼女がこのままでは危ないと。その指摘を最後の言葉に含めたつもりだった。


 返答はない。できることならなんて言うのかを想像してみようとしてやめた。わかりきっている。アイツにどれほどの忠言を行ったとしても、それはアイツの腹の中で踊っているだけ。王を理解しているがゆえに、レインは己の最後の良心を手放そうとした。


 出口へと向かう。迎えることができる人物はあと一人しかいない。

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