第八話 ウサギ

「そこに来て」


 部屋に入るなり、すぐに物々しい雰囲気を察知した。明らかに私を待っていた。両親と久世、土掛が向かい合って座っている。母親が感情を押し殺した声で私に命じた。


「なに? どういうこと?」


 当然、状況は飲み込むことができない。だから、疑問は口を突いて出る。でも、私の意見など意に介さないように、今度は父親が座るように命じた。


 私は気圧されながらも、八つの目が向いているテーブルの側面へと歩み寄る。一人用のソファ。普段はリビング全体が見渡せるこの席に母親が座っていることが多い。


 荷物を置きながら、恐る恐る席に腰を付けた。私の一挙手一投足を、久世と土掛は固唾を飲んで見守っていた。


「なぜ久世さんと土掛さんがいらしているかわかる?」


 あくまでも母親がこの場を進めるつもりなのだろう。父親はその奥から不安そうな表情を浮かべながら見ていた。ただ、眉には強烈に濃いしわを作っている。


「なにかあるんでしょ?」


 正直、察しはすぐについた。部屋に入った段階で彼らがいるのを見て、またか、と思った。


 今までだって何度かあったんだ。帰って来た時に待っていたこともあったし、休日に家にやって来ることもあった。


 来るときは大抵が悪い報告をしに来るとき。先に両親と何やらひそひそ話してから、私を呼びつけ、私がしたことを問いただされた。


 つまりは眼を使ったことだ。彼ら曰く、むやみやたらに使うものじゃない、ということらしい。口を酸っぱくして、いやというほど、施設に行っていたころから聞かされていたことだ。あなたのそれは人を傷つけることもあるって。


 でも、誓っていうことができる。私は人を傷つけるようなことをしたことはない。それはこの眼に限らず、誰かを叩いたり突き飛ばしたりしたことさえ一度もない。私は友達と仲良くやっている。そんなことをする理由はない。だから、彼らの言っていることはいつも的外れだと思っていた。


 でも、言いつけは守っているように見えていたはずだ。人にさえ使わなければいいって、そう思ってた。でも、違ったみたい。


 彼らがやって来るのは決まって私が派手にこの眼を使ったとき。友達にこれを見せて驚かせたり、喜んでいる姿を見るのが好きだったから、使った。図書室の本をいくつ浮かせてみたり、花壇の花を切ってみたり、焼却炉に火をつけてみたり。


 自分なりに線引きはしていたつもりだ。使い方を間違えれば危ないことくらいは想像がつく。だから、なるべく少し失敗をしてもいいものを選んだのに。


 久世咲良は言う、あなたは特別だからこそ、その特別の意味をはき違えないでって。


 何を言っているんだろう。トクベツだから、特別な、ほかの友達にはできないことをやって見せて喜んだり、面白がってもらおうとしただけなのに。


 でも、それより一番怒られたのはウサギをひねっちゃったとき。自分でも流石にやってみた後でやりすぎたと思った。友達が、ウサギを困らせてみようって言うから、やってみた。宙に浮かせたり、餌を一杯に増やしたり、小屋を真っ暗にしたり。それで逃げ回るウサギを見て興味がわいた。逃げられなくしたらどうなるんだろうって。


 だから、脚を狙ってほんの少しケガをさせるだけのつもりだった。でも、加減や狙いが難しく、ウサギも動き回っていたから、思わず勢いをつけすぎた。そう、全部を眼に視ちゃったの。それで、ウサギは胴体の真ん中から、背中側に向けて折れてしまった。無理矢理曲げたせいで血が出ていたし、ウサギは小刻みに震えるだけで動かなくなった。


 やりすぎたと思って友達を見たら、後ずさって怖がっていた。私も少し嫌な気分になった。これじゃちっとも面白くない。失敗だ。それに死んじゃったら意味がないから、もとに戻した。眼を使って傷を癒し、ウサギはすぐに動けるようになった。だから、なにも問題ない。全部元通りにして、友達もよかったって安心してた。だから、何も悪いはずなんてないのに――。


 その日も、確か今日みたいだった。覚えてる、最悪な一日の終わりを。


 今日と同じ人たちがいて、私はこっぴどく叱られた。何度も、そんなことはしちゃいけないって言われた。でも、わからない。どうして? だって、何も変わってはいないはずなのに。だから、そう口に出した。


「ちゃんと元通りにしたから」


 でも、久世咲良は変なことを言った。


「あのあと死んだわよ、あのウサギは」


 もしかして治療の方法を間違えたのかもしれない。誰かを治すなんてやったことはなかったし、ましてや相手はウサギ。私がやり方を間違えてしまったのだろうか。でも、私は確かに見た。ウサギはちゃんと動いていた。ゆっくりと歩き出していた。丸い腰をゆるやかに振って、動き出した。だから、そのこともちゃんと伝えた。


「私は治してあげたよ」


 なのに、まるで聞いてないみたいに久世咲良は言う。


「そうじゃないのよ」


 なんで? どうして? 私は悪くない。いや、治療の方法は間違えていたかもしれないけど、ちゃんと元通りにした。誰も傷つけてだっていない。友達だって、よかったって言ってた。


 なのに、どんなに訴えても、彼らは耳を傾けようとすらしなかった。両親はいつも以上に怒り、私は夕飯を食べることができなかった。こんな罰は私が受けるべきものじゃない。


 もし、ウサギに何かをしたことが間違いなら、それで私が晩御飯を食べられないのなら、きっとあの友達だって同罪だ。私の行為が罪なら、あの子だって同じように罰を受けるべきなのに。


 でも、次の日、学校に行ってそのことを話すと、その子は家でなんともなかったって言ってた。それどころか、ケガをしたウサギを治したって、パパとママに自慢したとさえ、嬉しそうに話してくれた。


 私が怒られたと言うと、間違ってるとさえ言ってくれた。そう、やっぱり持つべきものは良き友人なのかもしれない。


 それに、もうひとつ、久世咲良は嘘を言っていた。


 学校のウサギは生きていた。私が実際に見たわけじゃないけど、その友達は登校の時に小屋の中で動いているのを見たって。正しさなんて一目瞭然だった。間違ってるのはあの女だ。


 だから、その日もどんな嘘を吐いて私や両親を騙すつもりなのかと、内心でははらわたが煮えくり返っていた。


 私の何を咎め、どんな濡れ衣を着せようとしているのかと、楽しみに待っていた。でも、彼らの思惑はもっと破滅的で、思い出したくもないものだった。

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