第1話 契約

 澄み渡る青い空。 頬を優しく撫でるような心地良い風。 庭先には真っ白なシーツを物干し竿に広げ、パンパンとシーツのシワを伸ばしている超美人の女性。 うん、いつまでも眺めていたい……


 時折吹く強い風にシーツは煽られ、彼女の体を優しく包み込む。


「こんな感じでいいのか? 」


  綺麗に伸ばしたシーツを見渡し、彼女は難しい顔をしながら腰に手を当てて俺の方を振り向く。 笑顔で二回頷いて見せると、彼女もまた笑顔になった。


「見様見真似でやってみたが…… 気持ちがいいものだな 」


  彼女の腰まである綺麗な薄紫色の髪がそよ風に揺れる。 見ているだけで引き込まれてしまいそうな美貌の彼女は、あの冥府の女王『ペルセポネ』と名乗った。 彼女との出会いは3日前に遡る。




 オカルト研の友達から暇潰しのネタにと貸してくれた小汚い事典。 その中に書いてあった魔方陣のレプリカを書き終えると、突如眩い紫の光と共にその魔方陣から美女の顔がゆっくりと出てきたのだ。


 腰まである艶やかな薄紫色の髪。 透き通るような白い肌に鼻筋がスッと通った整った顔。 吸い込まれてしまいそうな藍色の瞳。 太ももの付け根までスリットが入ったオフショルダーのワインレッドのドレスは彼女のスタイルをより引き立たせる。 驚くよりも、言葉もなく見入ってしまった。


「私はペルセポネ。 私を呼び出したのはお前か? 」


 ペルセポネと名乗った彼女は、舞台のステージセットのようにゆっくりと魔方陣から出てくる。 ちょっ…… そのままいったら!?


「私を呼び出したのはお前かと聞いてい―― っ!! 」


  ゴン!


 案の定天井に頭をぶつけた。 テーブルの上にしゃがみこみ、両手で頭を押さえて『くうぅ……』と唸っている。 魔方陣から人が出てくるなんてあり得ない光景なのだが、俺は笑いを堪えるのに必死。 カッコいい登場シーンが台無しだ。


 ペルセポネといえばギリシャ神話で有名な冥府の女王の名前だ。 神話に詳しくない俺でもわかるほど超メジャーな人―― じゃなくて神様だが、神様って魔方陣から登場するのか?


「…… まぁいい。 お前の望みを聞こうか 」


「はっ? 」


 ああ―― よく聞くこの手によくあるパターン。 一つだけ望みを叶えてやる代わりにお前の魂をよこせとか、そんなところだろうか。 それって神様じゃなくて悪魔系だろうよ。


「『は?』ではない。 お前は私をあそこから出してくれたからな…… ヒマでヒマでどうしようもなかった。 その礼として、一つだけ望みを叶えてやろうと言っているのだ。 なんでも良いぞ? 但し…… 」


 ほらきた。


「命を奪うことはダメだ。 人間界での生殺与奪は色々と面倒でな 」


 なんでも良いって言ったじゃん…… 殺して欲しい相手もいないけど。


「大金持ちか? 冥界旅行か? それともこの世の王にでもなってみるか? 」


 なにやらスケールのデカイことを言っているが、天井に頭をぶつけて痛がっているような奴にそんなこと出来るのか?


「…… お前には望みはないのか? 」


 じっと黙っていると不安げな表情でペルセポネが聞いてきた。


「いや、色々考えてるからちょっと待っててくれ 」


「『ちょっと待っててくれ』。  それがお前の望みか? 」


 ペルセポネは突然パァっと明るい表情になる。 俺が白けた目を彼女に向けて首を横に振ると、彼女はブーッとむくれて腕組みをした。


(ベタなお笑いネタかよ! )


 下手に言葉を発するとさっきみたいなロクでもない望みになってしまいそうなので、黙って考えることにする。


「…… 望みじゃなくて質問なんだけど、本当に何でも望みを叶えてくれるのか? 」


「そう言っているだろう。 信用に足らぬか? 」


 彼女は俺の目の前に腕を伸ばしパチンと指を鳴らす。


   グラグラ……


 地震だ! 彼女が起こしたかどうかはわからないがタイミングが良すぎる。


「この場を少しだけ震わせてみた。 少しは信用したか? 」


 透き通るような藍色の瞳が淡く光り、まるで魔法でも使ったかのような仕草に本物らしさを感じる。 ビビってテーブルにしがみ付いた俺の様子が可笑しかったのか、彼女はフフっと微笑んだ。


「さあ、望みを聞こう 」


 これは本物かもしれない…… 俺はソファに座ってじっくり黙って考えることにした。


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