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「泥棒!」

「……は?」

「あんたのことよ! 泥棒」


 

 ――はああああああああ!?

 こいつ、何言ってんの?



 酒場に入ってきた客たちが、「なんだ、なんだ?」と興味深々でこのやり取りを見ている。



「お店のお金、盗んでたでしょ」

「はあ!?」


 もちろん全く身に覚えがない。


「何を言ってるのよ!」


 思わずカウンターを振り返ると、マスターが悲しそうな顔をしている。

 まさか、このソフィの荒唐無稽な話を信じているとでも言うのか。

 

「じゃなきゃ、こんな高価もの、買えないじゃない?」


 じゃーん! とソフィが取り出して見せたのは――私の腕輪だ。


「ちょ!!」


 大切に、部屋の引き出しの奥のさらに奥にしまってあったソレを、なぜソフィが持っているのか!

 まさかこいつ、勝手に……!


「すっごーい、これ、宝石だよね?」


 金の土台に細かい装飾がされ、その模様に合わせてところどころに小さなダイヤ、サファイヤがはめ込まれていて、特徴は腕にはめると正面にくるようになっている、大きなルビーだ。その色は深い赤で、吸い込まれそうな魅力を放っている。――寂しいときに見つめると、慰められる。そんな、温かさも。


「それは! 私のよ! 返して!」

「だーめー。盗んだお金で買ったやつでしょ?」

「違う!」

 

 記憶喪失で、漁師の老夫婦に拾ってもらった時に、腕に着けていたもの。

 私が唯一持っている、自分の身元につながりそうな手がかりなのだ。


「もともと私の!」

「そんなわけないじゃーん! 親なし、家無し子のくせに」

「っっ」


 どんな侮蔑も、言ってもらってかまわない。ただ、返して欲しい。


「いいから返してっ」

「無駄無駄、警備隊呼んだからなー」

「捕まっちゃうね、かわいそうに」

 


 食堂の客が、勝手に動いた。――いや違う、これは、だ。

 ソフィめ、私の部屋を漁って金目のものを見つけて、奪おうと……



「泥棒だってよお」

「……キーラってそんな子だったんだ」

「明るくていい子だと思ってたのになあ」

「残念」



 何も知らないくせに! なんで勝手にそんなことが言えるの!



「……こちらから通報されたのだが?」

 やがて警備隊の二人組が、店に入ってきた。

 ソフィが、にやあ、とわらう。



 ――ああ、私の人生も、これまでかあ……



 気持ちの糸が、ぷつんと切れてしまった。

 親なし、家無し。何度罵られても、踏ん張って生きてきたんだけど。

 こんな、あっけない。


 警備隊のおじさんは、よく朝ご飯を食べに来てくれる人だった。

 とっても悲しい顔をして、私の肘に手を添える。


「とにかく、屯所とんしょで話を聞くから」



 無言で、従った。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇




 屯所には、見知った顔がたくさんいる。

 みんな、夜勤明けに食堂へ食べに来てくれるからだ。


「えっ、キーラちゃん?」

「どうし……」


 絶句されるのが、キツイ。


 石造りの頑丈な建物の中に、狭い部屋があり、そこに通された。

 古くて汚い木の机と、今にも壊れそうなぎしぎし鳴る木の椅子。ろうがこびりついた鉄皿の上に、短くドロドロになった、蝋燭ろうそくが一本。

 なにもかもが、傷だらけだ。私の心みたい。


 じじ、と蠟燭が鳴る。暗い。すごく暗い。


 促されて座ると、自然と首が垂れてしまう。

 何も悪いことはしていない。毎日まじめに一生懸命、働いてきた。

 なのに、親なし、家無しってだけで『浅ましい』と見られてしまうのだな……


 こういうのを、諦観ていかんというのだろうか。


 連行してきたおじさんが、向かいに座って渋い顔をした。

 

「ええと、お店の金を長い間着服していて、それで腕輪を買ったと、そう届け出がされている」

「違います」


 顔を上げ、きっぱりと否定した。


「だが、マスターも金がなくなっていると、届け出ている」

 


 ――ソフィめ、店のお金に手を付けていたのか!


 

「私ではありません」

「では、あの腕輪は?」

「もともと私のものです。返してください」

「それを証明できる人は?」

「亡くなりました」


 あんなもの、見せたら盗られるに決まっている。

 亡くなった老夫婦以外に、見せるわけない。

 

「……残念だけど、取り調べが終わるまでは、牢に入ってもらわないといけない」

 

 おじさんは努めて冷静を装っているけれど、少しだけ声が震えていた。それはそうだろう。毎日のように顔を合わせていたんだから。

 それだけでも、少し心が救われた。


「私は無実です。でもそういう決まりなら、入ります」

 


 連れて行かれたのは、部屋から出てすぐの場所だった。

 申し訳程度に藁が敷かれている、石畳みの部屋。鉄さびが浮いた格子の、まさに檻。



「お手洗いは……」

「……」


 無言で牢の隅の木桶らしきものを、指さされた。


 

 ――何もないよりは、マシかな。



 エプロンしたままで良かったな、なんて現実逃避的に考えてしまう。

 目隠しになるもんね、なんて。

 


 ――あーあ。私が一体何したって言うんだろう。

 

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