第4話

 俺は朝早くに学校に着くとすぐさま、綾香のもとへと向かった。

今までは色々言い訳をして向き合うことから逃げていたがそれではダメだ。何か誤解があるのならそれを早く解かねばならない。


綾香は新入生代表挨拶を務めた実績から既に生徒会役員にスカウトされており、生徒会の雑務を任されているらしい。恐らくクラスの誰よりも一番早くに登校しているはずだ。


案の定、教室に綾香はいた。


「おはよう、綾香」

「おはよう……」


渋々という感じで挨拶を返す彼女。昨日は気まずいことになったにも関わらず挨拶を無視したりするのではなく律儀に返すところは彼女らしいなと感じていた。


教室内は閑散としており俺と綾香の声だけが響いていた。


「綾香、昨日の屋上でのことについて何だけど、俺が避けたっていうのはどういう意味なんだ?」


俺はもうくどい遠回しな言い方はやめて単刀直入に彼女から聞こうと考えた。


「自覚してないの?」

「あれから色々と考えたんだけど申し訳ないが思い当たる節がない」

「そう……」


彼女は少し寂し気に顔を伏せている。素直に気持ちを伝えるということにこだわりすぎて少し直球すぎたか?俺がそう危惧していると彼女は顔を上げてこう言った。


「でも、考えてはくれたんだ?」

「え?」

「自分の私に対する行動を振り返ってはくれたんでしょ?」


「それはもちろん。昨日だってそうだ。俺は綾香に『幼馴染だとみんなに思われたくない』と言われたからこそ俺なりに配慮してたつもりだったんだ。決して嫌がらせではない。避けてもいない」


俺は今の自分の気持ちを綾香にぶつけた。昨日のことは決して嫌がらせのつもりなどではないこと。俺は彼女を避けていたわけではないことなど


「分かったわ……確かに私も性急すぎたみたいね。早とちりしちゃってごめんなさい」


え……?彼女が謝るところなんて初めて見た。


いや違う。初めてではなかった……昔もこうして彼女に謝られたことがあったことを思い出した。昔の彼女は実直で真面目で心優しい人だったんだ。素直に自分の非を認める強さを持っていた。


彼女のことをプライドの塊だと認識していた俺は彼女が謝罪したことに対して驚きを隠せなかったが、そういう素直な一面もあったことを今になってようやく思い出したのだ。


俺は何てバカなんだ……彼女の性格を決めつけて型にはめていた愚かな自分が恥ずかしくなった。俺は彼女の本質をすっかり忘れてプライドの高い傲慢な人物だといつからか誤解していた。


「綾香、本当にごめん!」

「だからもういいわよ……」

「いや、もう俺は自分が恥ずかしくてたまらない。謝罪させてくれ……」


誤解を解くつもりで話しかけたが、彼女のことを誤解してたのは俺の方だった。


俺は彼女にひたすら謝った。彼女はそんな俺を慈しむような目で見ていた……



お互いに誤解が解けたことでようやく打ち解けられるかのように思えていたのだが、教室へ人が入ってくると俺と綾香はもうそれ以上何も話さなかった。


やはり、まだまだ俺たちの心の壁は分厚そうだ。クラスメイトが来るだけで会話ができなくなってしまうくらいなのだから。


でも少しずつでも解きほぐせばいい。俺は今回の話し合いでようやく一歩踏み出せた気がしていた。



「君、確か冷泉さんの幼馴染だよね?」


廊下を歩いていると突然背後から声をかけられて少し体がたじろいでしまった。


「はい、そうですけど……?」

「私は3年の生徒会長を務めさせてもらっているひいらぎです」


そこには背が高く、温和な雰囲気の女性が立っていた。黒髪のロングヘア―にキリっとした端正な顔立ち。目鼻立ちが整っており、一見、美人特有の冷たい印象を受けるが表情は笑顔をたたえており物腰が柔らかかったためそれがギャップとなってより温和な雰囲気を醸し出していた。


この人がクラスメイトが噂していた美人生徒会長か。


俺は以前、美人な生徒会長がいるという噂をクラスメイトから聞いていた。そんな人にいきなり話しかけられたので少し身構えてしまった。


俺、生徒会長から話しかけられるような問題でも起こしてしまったのか……?

だってそれ以外に会長直々に話しかけてくることなんて考えられないだろう。


しかし、予想と反して意外なことを会長は仰った。


「最近、冷泉さん朝早くから学校に来て生徒会の仕事をこなしてくれているようだけど、彼女は他にも色々と習い事をしているみたいで体調とか色々心配なの……」


確かに綾香はピアノのレッスンや他にも色々習い事していると聞く。彼女は昔から無理をすることが多かった。自分をより完璧に近づけるためたらどんな努力も惜しまない。昔から間近で見てきている俺はそのことを知っていた。


「分かります。綾香は昔から律儀というか真面目というか……」


「放課後も生徒会の仕事で遅くまで残っているみたいで、私としては助かるのだけど、でもこのままでは彼女がいつ倒されてもおかしくないわ。彼女にたまには休むように言ったのだけど、やっぱり会長の私が言ってもダメよね。そこで幼馴染のあなたに彼女にたまには休息を取るようにお願いしたいの」


昔から彼女の意思は固い。一度決めたことは最後までやり通す性格だ。俺が言ってたとしても彼女が聞く耳を持ってくれるかどうかは分からない。

でも俺は……


「分かりました。任せてください」


そう二つ返事で了承した。


「ありがとう、こんなこと頼んでごめんなさいね」


会長は俺に礼を言うとその場を後にした。

会長、綾香のためを思って俺にお願いしてくるだなんていい人だな……


「何か楽しそうにお話ししてたわね。会長と何の話をしていたの?」


え?後ろから聞きなれた声が聞こえる。声には心なしか怒気が込められているような……


「綾香……?」


彼女の表情はいつもの無表情そのものだが、幼馴染の俺には分かる。彼女が怒っている時の微妙な表情の変化を。


何で俺は怒られてるんだ……?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る