第26話 因縁物語〈河原崎沙衣〉
「ハァ、ハァ‥‥俺、あんたになんもしてねーのに‥‥ひでーな。ッゲホッ」
《おかしなことを‥‥‥》
女は、クスリと小さく嗤った。
まさか、俺に返事を返すとは思わなかったのでびくった。
《"ひとくくり" であろう? 我は我が受けたその理屈に従うのみ》
「ひとくくり‥‥って? 理屈‥‥?」
この幽霊はどうやら人になにかを伝えたいようだ。
《我の父母も、きょうだいたちも、ふしだらな娘の家族としてひとくくり》
《家族一同罪人扱い、ひとくくり》
《我の死後、村の男たちは我の母を、妹たちを凌辱し、売り飛ばし、父を天の神の人柱に、兄を川の神の人柱に、弟を山の神の人柱に》
《村人は、神に課された難を我が家族に押し付け、後は何事もなかったかのように、のうのうと生きる》
《ならば、我も同様に》
《幸せそうな夫婦なら、もれなくそれで "ひとくくり" 》
《盛った男どもなら、それで総じて "ひとくくり" 》
《あの村の者ならば、いっさいがっさい全員憎い》
《ひとくくり》
《それが人の理屈で心》
‥‥ああ、そういう意味か。
なんらしかの事件や問題を起こした者が出た家族は、現代でだって世間の目は厳しい。バッシングされんのも、続柄によっては、全くのとばっちりだろって哀れに思う。
たぶん、この『ふしだらな娘』ってのがこの白無垢さんで、家族はその汚名のせいで村人たちからとんでもない目に遭わされたってことだろう。
今も昔も弱者の命は利用されるものであって、最終的には権力者の命の盾でしかないのは同じってことで。
俗説でもあるよな。まとめてつけられたイメージのレッテル。東京人は冷たいとか、関西人はおせっかいだとか、京都人は表裏だとか。出身地や出身校で人柄まで判断されるとか、世間では固められたイメージでひとくくりだ。
ひどくなると、血液型で性格がどうのこうのとか。全員にそっくり当てはまるわけじゃないのに。
"all" の目線になってしまうことって多いかも。"every" ではなくて。
そういう俺だって。
「ちっ‥‥‥そんで、俺も盛った男枠にひとくくりで恨まれてるわけ? う‥‥ん、確かにその気持ちは理解。‥‥‥俺だって家族以外の若い女なんて信じらんないし、結婚なんてあり得ない。あんたの言うところのひとくくりしてっから。だからってさ、あんたが俺を呪うのはお門違いだぜ?」
《ほお‥‥‥ならば》
──不意に、俺の中に白無垢さんの走馬灯が流れ込んで来た。
鏡を覗き込む昔のカッコしてるキュートな女の子。まだ、あどけなさが残ってる。
笑顔の練習して、身だしなみをチェックして、夜中こっそり部屋を抜け出した。
これって、100%恋する乙女じゃん。今も昔も変わらない。
俺の妹たちとどこかダブる。
お相手は‥‥‥
庄屋から紹介された奉公先の息子かよ。そんで、あんたは奉公人の小娘、おはつちゃんか。
家族経営の社長の息子が美人の新入社員に手を出すってベタだよなぁ‥‥‥
この場合、この子まだ大人には見えないけど、この男も相当青臭いよなぁ。俺が言うのもなんだけど。
もう、こんだけでこの先ヤバい展開だってわかる。第一、こんな花嫁姿の幽霊になって俺を呪ってるわけだし‥‥
次々流れ込む白無垢さん目線の場面。
‥‥よせよせ。こんな男。この子が俺の妹だったら絶対に止めるね。家に借金あろうが、妹に恨まれようが、即刻無理やりでも家に連れ帰って説教だ。
──ほーら、あーあ‥‥‥言わんこっちゃないわ。
孕んだとたんに男は知らぬ存ぜぬ。おはつは誰にも言えずに苦悩の日々。
遂に露見したけど、悪者はおはつ一人か。権力は向こうにあるわけで。
おはつは店は身一つで追い出され、家でも味方は、可愛がっていた幼い妹と弟だけ。母親からは無理やり堕胎薬の
それにも耐えたおはつと腹の子。
貧しい農家。村の人々からは蔑まれ、下卑た目付きとゲスな汚い言葉を浴びせられ、石を投げつけられる日々。家では父や兄からのセクハラ入った
──うっわ、オヤジとアニキ! コイツら家族になんてことを‥‥‥
お前らの娘で妹だろ? ストレス発散の矛先も仕方も間違ってるってば。
俺もこういうの、色々思い出す。家族からの仕打ちってどういうわけか当然のように受け入れてしまうんだ。
‥‥だよな。おはつちゃん。
俺には理解出来る。おはつの心
世間知らずで無知って怖いね。でも、それが子どもなわけで。
ひでっ‥‥‥
あれれ? 俺、勝手に涙が出てる。人体の不思議。別に悲しくも感じてねーのにな、人の不幸なんて。
で、おはつは遂に耐えられなくなってお腹の子ともども───
‥‥‥おはつ。グロい。これはさっきのスプラッターシーン。暗幕。
白無垢さんの走馬灯はあっという間に終わった。体感数秒。
これを俺に見せた理由なんて。
お前を知って欲しいんだろ? この俺に。
妙な静けさ。流れる沈黙。
──俺の感想、聞きたい?
「あー‥‥‥俺、どうせなら‥‥お前の兄貴に生まれてればよかったのにな。そしたら、きっと全力でお前を守ってやったのに。それとも‥‥‥現代とは倫理観が違うから、俺もお前に同じ酷いことをしたのかな?‥‥わかんないけど。でも、俺が言えることは、今の俺だったらその男をぶっ飛ばしに行くと思う。俺、ひょろいし、反対にぶっ飛ばされるかもだけど‥‥‥。それで家族共々は無理だから、俺はお前を連れて遠くに逃げて暮らす。誰も俺たちを知らないとこで。生まれる子どもと3人で」
今に膿んでいる俺からすれば本心だ。
白無垢さんは無反応。無表情。
もう、俺と喋るのはやめたらしい。
いっけね! 俺はいつの間にか白無垢さんに向けたナイフを降ろしてた。
慌ててまたナイフを向けた。
「くっ、来んなッ! 俺に寄んなッ!」
ポジティブ感情など、とうに凍りついてるんだろうな。こじらせて幽霊だし。
白無垢さんの紅のくちびるは、何も物語っているようでもない。
「あ‥‥?」
俺の方を向いて不気味に突っ立っていたその姿が、揺らぎ始めた。
白無垢さんは空気に溶けるように、一気にふうっと見えなくなった。
「‥‥ゆっ、油断させようたって騙されないからなッ!」
俺は白無垢さんがいた場所でナイフを空中振り回してみたが、何もないようだ。
──消えた‥‥‥? いや、まだ油断なんねぇ‥‥また急に現れるかも。
360度周りを警戒し、構えたまま10数えたけど、そのまま変化無し。
──俺、助かった‥‥‥?
ホッとした途端、ナイフを持った手がガクガク震え出す。
チビんないようにそこのお手洗いを借りた。
便座に座って用をたして、安堵のため息をつく。
──次のミッション。
玄関にはトシエと茉莉児さんがいる。
──さてと。
俺は仕方なく立ち上がった。
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