第26話

宮殿で父から報告を受けたシャリーフ王子は、愕然として持っていた文箱を足元に落としてしまった。


「クラルヴァイン王国の船籍が我が国へ宣戦布告をし、港町グルタナが陥落した」

 玉座に座ったままの父は、睥睨するように息子を見下ろした。


「お前は王女と共にクラルヴァインへ赴いていただろう?数々の条約を締結してきたんじゃなかったのか?」

「ど・・ど・・どういう事でしょうか?我々派遣団に不備などはなかったはずですが?」


「クラルヴァインのアルノルト王子自ら、自国の船団を率いて我が国を攻めてきたのだ。敵船の砲弾が聖堂の屋根を突き破ったらしいぞ!そこまでの飛行距離があると何故報告しない!」

「そ・・そんな・・・」


 双方の間で貿易を続けていくのに際して、関税をどうしても引き下げたいアルマ公国としては、王子自らが出向いて交渉の場についたわけだ。

 話し合いは難航を極め、最終的にはお互いに妥協点を見つけた所で決着が着く事になったのだが、あれはお互いに納得がいくものに出来上がったはずだ。


「そもそも、何故、王国が攻めてきたのですか?アルノルト殿下は、我が国に攻め込むような過激な人には見えませんでしたが」


「エルハムが王子の婚約者を暗殺しようとしたらしい」

「はい?」

「王子の婚約者をエルハムが毒殺しようとしたようなのだ」

「えええ!」


「留学をしていたエルハムが、学園で王子の婚約者に毒を盛って殺そうとしたらしい。その事を知った王子はすぐさま、船隊を編成し、我が国へと向けて出発をしたという。すでに王太子妃扱となる婚約者の暗殺を企み、実行に移すなど、我が国に敵意を持つ行為に他ならないと言って、王子は聞く耳を持たないらしい」


 愕然としたシャリーフは、怒りで身震いする自分を抑えられなかった。


「そもそも私は、エルハムの留学を反対しておりました!」

 今まで父に反抗を一度もした事がないシャリーフが、声を荒げて訴えた。


「せめて、王国に移動する前に、王国の作法を十分に学ばせるようにとも進言いたしました!ですが、その言葉を無視したのは貴方ですよね?」

「なにお・・・貴様!」


 怒りで顔を真っ赤にして公王が立ち上がると、謁見の間の扉が開いて、部下を引き連れた第一王子のクミールが現れる。


 そうして、淡々とした口調で言い出した。

「グルタナ港にエルハムが到着したようですよ。私が出迎える事といたしますが、父上にも同席願いたい」

「エルハムが無事に到着したか・・・」

 安堵のため息と共に公王が座り込むと、クミールは蔑むような眼差しで玉座に座る父の姿を見上げた。


「父上には王の座を退いていただき、次の公王には私が就くこととなりました」

「何を馬鹿な・・」


「そもそも、貴方がエルハム一人を甘やかすから、このような事態になったのです。敵となったクラルヴァインの船上砲弾の正確さ、その威力を顕示する事により、我が国の防衛の弱さが明るみとなったのです。落とされたのは港湾都市一つだけですが、我が国の守備の脆弱さを近隣諸国が見逃すはずがありません!貴方に任せていれば公国は滅びてしまう!」


 シャリーフもクラルヴァイン王国の戦艦を見学させてもらっていた。船上砲台は鳳陽国から輸入したもので、砲弾の精度が桁違いに良くなっていると聞いていた。


「兄上!会談の場には僕も連れて行ってください!」


 兄がここまで断言するという事は、父の退位は部族長会議にもかけられた事なのだろう。一つの街が落ちたのだ、責任をとって王が退位しなければクラルヴァイン王国は納得しないだろうし、周りも納得しない。


「僕は約一ヶ月、王国の官吏との折衝を続けてきました!そこで顔見知りになった人物も大勢います!公国を救うために出来る事があると思うのです!」


 シャリーフの頭の中には、鳳陽国から大砲を輸入する算段が、くるくると回転しながら出来上がっていく。

 まずは停戦協定を結び、婚約者を毒殺というあり得ない事態に陥った我が国は多額の賠償金を支払わなければならないだろう。


 最悪、エルハムは公開処刑としてしまっても良いかもしれない。


 彼女の所為で、あの可愛らしいカサンドラが毒を飲み、アルマ公国は崩壊の危機に陥っているのだから。


「シャリーフ、お前は女を追いかける事しか能がないと思っていたが、なかなか良い顔をするようになったじゃないか」


 血の繋がった兄にこんな風に気軽に声をかけられたのは初めてかもしれない。


 兵士に連れ出されていく父王の姿を見送りながら、

「とりあえず、賠償金を支払わなければならないのは仕方がないとして、最大限安くなるように努力いたしますよ」

と、言って、頼もしい笑みを兄に向けたのだった。

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