第18話

 アルマ公国から留学の為に訪れたエルハム・ゴーダ・アルマ王女の歓迎のパーティーが王宮で行われる事になった。

王立学園へ留学をするという事もあって、学園の上位成績者が招待される事になった為、編入試験で満点を叩き出したハイデマリーもパーティの招待を受ける事になったのだ。


「わあああああああ!すごー〜――――い!」


 庶子として生まれ、つい最近まで下町で生活をしていたハイデマリーが王宮に上がるのは初めての事であり、美しいドレスで着飾った貴婦人たち、頭上を飾る巨大なシャンデリア、テーブルに並べられる豪華な食事の数々を前にして、興奮を隠す事など出来やしない。


 王立学園には貴族の子息の他に平民も通っている。王子が生まれた年は、他の貴族も軒並み出産をしていたりする為、この世代の貴族の子供は飛び抜けて多くなる。


 その為、この年の平民生徒の数が少なくなり、肩身の狭い思いをしたり、嫌がらせを受けたりなどの現象が散見するようになるのだった。


 王子が三年に進級し、最後の一年を学園で過ごす事になる。王子には偏見を持たず、選民思想に染まらず、貴族や平民というカテゴリーにこだわらず、多くの生徒と関わって欲しい。


 そう考えた学園長は、三年から編入してきたハイデマリーが学園で順応するようにサポートをして欲しいと王子に頼む事にしたのだが、その話を聞いたまわりの教師たちは、

「それは鳳陽小説あるあるだね」

「鳳陽小説あるあるだわ!」

なんて事を考えていたらしい。


「殿下―〜!本日はお招き頂きありがとうございますー〜―!」


 会場に到着したばかりのアルノルト王子は、招待客との挨拶をまだ始めていたわけでもなかった為、誰にも囲まれていないような状態だった。


 自分のサポート係に任命された皇子は自分の運命の相手だと確信を持っているハイデマリーは、大胆にも、アルノルトの腕に自分の腕を絡めながら、

「どうですかぁ!新しいドレスを作ってもらったんですー〜!素敵なドレスだから嬉しくって!殿下にも見せたいと思っていたんですー〜」

と、甘えるような声をあげた。すると、


「アルー〜!そんなブスのドレスなんか視線を送る必要もないくらいの安物よー〜!私のドレスを見てー〜!ふんだんに金をあしらっていてゴージャスでしょうー〜!」


反対の腕にぶら下がるようにして絡みついたエルハム王女が、アルノルトの腕に自分の豊満な胸を押し付けながら甘えるような声をあげている。


「お・・おお・・おおお・・・」


 アルノルトから少し離れた場所で、本日の来賓の最終チェックをしていたカサンドラは、一歩前に出ようかどうしようかと迷った挙句、足を少しだけ踏み出したのだが・・・


「きゃわーん!ひどーい!意地悪ママが珍しくお金を払って用意してくれたドレスなのに!安物って言うなんて酷すぎですー〜!」

「あー〜うるさい!うるさい!うるさい!バカ女の戯言って、言語が違っても耳にキンキンするものなのねー〜!」


アルノルトの両腕にぶら下がる二人のキンキン声を前にして、踏み出した足をそっと元に戻す事にした。


 本来、悪役令嬢としての役割を担っている(と思っている)カサンドラとしては、今、この時こそが自分の出番だと思っていた。


 身分の差はありながら、愛を育み始めているヒーローとヒロインの邪魔をするのはいつだって悪役令嬢なのだ!カサンドラの存在こそが、二人の仲を深める愛のスパイスに他ならない!


 ハイデマリー(ヒロイン)が左腕にぶら下がるのなら、悪役令嬢は右腕にぶら下がって二人の邪魔をしなければならないのに、右腕にはすでにエルハム王女がぶら下がっている状態のため、それでは、それ以外の何処にぶら下がれば良いのかと考えたところ、


「腰?・・・いえ・・それはないわね」


自分がアルノルトの腰にぶら下がっている姿を想像したところで、カサンドラは一歩踏み出すのをやめた。


「王国の若き太陽、アルノルト・クラルヴァイン殿下の婚約者、カサンドラ・アルペンハイム令嬢に挨拶を申し上げる」

 振り返ると、アルマ公国の第二王子となるシャリーフ王子が、カサンドラの右手を掬うようにして持ちあげ、軽く口づけを送りながら微笑を浮かべる。


 親善の為にアルマ公国を訪問中、三度もアルノルトに夜這いをかけたエルハム王女のお目付け役として王国までやってきた王子は、小枝程度だったら乗るのではないかと思えるほどまつ毛が長く、彫りが深く顔立ちが整った異国風イケメンであり、王宮に仕えるメイドから侍女まで、彼を見かけるだけでキャアキャアと騒ぎ出すほどのオーラがある。


「申し訳ない、我が妹はスーリフ大陸系イケメンに弱くてね」


 憂いを含んだ瞳でアルノルトにほぼ抱きついている状態のエルハム王女を眺めてはいるが、シャリーフ王子は王女を止める気はないらしい。


 クラルヴァインやモラヴィアがあるスーリフ大陸に住む人々は皆、白い肌に色彩が明るい瞳、髪の毛も細く、鮮やかな色合いをしている。それに比べて、アルム侯国がある大陸に住む人々は、褐色の肌に彫りの深い顔立ち、瞳の色も暗色に近く、髪も太く、色合いが濃い人種が住み暮らしている。


 エルハム王女は元々美形好きで有名らしいのだが、最近はスーリフ大陸系美形にハマっているらしい。もちろん1番のお気に入りと言えば、月の光を溶かしたような銀色の髪に金色の瞳をした、王子様らしい美しい顔立ちのアルノルト王子である事は間違いなく、王女自身、今回の留学をきっかけに仲を深めて、クラルヴァイン王国への輿入れを狙っているのだ。


「いつまで侯爵令嬢の手を握っているのでしょうか?」


 アルノルトの側近であるクラウスはシャリーフ王子の手を外すと、王子とカサンドラの間に入り込むようにして体を移動し、

「侍従の方がお探しでしたよ?お戻りになった方がよろしいのでは?」

と、異国の王族相手だと言うのに、随分と強気な態度で相手を睨みつけている。


「侍従が探しているね・・・」

 王子は苦笑を浮かべると、アルマ公国の外交官が集まっている方へと移動をして行った。


その姿を見送っていると、

「カサンドラ様、シャリーフ王子は貴女を寝取ろうと考えているのですよ?気をつけて頂かないと困ります!」

クラウスが、怒りも露わにカサンドラへ詰め寄ってきた。


 シャリーフ王子は第二王子ではあるものの、母親の身分が低い事もあって公国での扱いは低い。グランナーダの美姫(田舎者という揶揄も含まれる)と呼ばれる母に良く似た稀に見る美丈夫という事もあり、女性関係が派手な事でも有名。


 今回はエルハム王女のお目付けとしてクラルヴァイン王国に訪れているものの、王子の婚約者であるカサンドラを誘惑して、妹の恋を応援しようと企んでいるのだとか。


「媚薬、睡眠薬、麻薬、なんでもござれのアルマ公国だからな、既成事実を作ってクラルヴァインの侯爵令嬢を輿入れさせて、8番目の妻だとか10番目の妻だとかにするつもりかもしれないぞ?」


いつの間にか隣に来ていたアルノルトが、皮膚が擦れて痛くなるほど接吻を受けた手の甲を拭いているので、

「痛い!痛い!痛い!痛いですって!」

あまりの痛さにカサンドラはアルノルトの手を払い除けた。


「なんでそこまで強く拭く必要があるんですか?」

「接吻ついでに媚薬が塗られていたらどうする?」


 公国で媚薬を盛られたアルノルトは大変な目に遭ったらしい。一人で個室に閉じこもり続けていたので、詳しいところはカサンドラも良く分からないのだけれど、アルノルトにとってトラウマ級の出来事だったらしい。


 アルノルトとカサンドラの周囲には近衛が集まり始めているので、さすがのハイデマリー(ヒロイン)も近づけないようだ。エルハム王女は官吏に引きずられるようにしてシャリーフ王子の元へと移動している。


「私の悪役令嬢としての役割が・・・」

「まだそれを言うか」


 アルノルトはうんざりした様子でため息を吐き出しながら、エスコートをする為に、カサンドラへ手を差し出したのだった。

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