第4話

王家に生まれたのだから仕方がないとしても、十歳でこの人が生涯一緒に居る相手になるんだよと言われても、はいそうですかと納得なんか出来るわけがない。


「貴族だと十歳くらいで婚約者を決めてしまう事も多いと聞いていますよ?」

と、カサンドラの兄であるセレドニオが言っていたが、侯爵家の次男となるセレドニオ自身、十六歳になっても婚約者がいない。


「いやいや、俺は次男ですから!」

と言っているが、伯爵家の三男が十三歳で婚約者が出来たと言って喜んでいるのを知っている。


 何歳で婚約者を持つ事になるのかというのは、実家のやる気次第だと側近のクラウスが言っていたが、王家の私は十歳で決定か・・・まあ、カサンドラの言う事を信じるならば、例え婚約者が居たとしても、王子妃になる気ゼロのカサンドラが相手だから、自分次第で結婚相手はこれから選び放題だというわけだ。


 十歳なので恋がどうの愛がどうのと言われても分からないし、カサンドラ翻訳の小説を読んでも、

「こいつ、正気か?」

女に現を抜かす男主人公のはっきりしない態度にイライラが止まらない。何故、女の間でふらふらし続けるのか?何故、最後まではぐらかし続けるのか?


 カサンドラ曰く、

「最後までフラフラしないとページ数が持たないでしょう?最初に会って、一目惚れしてしまったんだ!さあ結婚しましょうだなんて、そんなの2ページで話が終わってしまいますでしょう!」

という事で、

「どうするのかしら?どうなるのかしら?とハラハラドキドキさせるのが作者の腕の見せ所なんじゃありませんか!何冊読ませても理解が遅いですわよね!」

文句を言われる事になるのだった。


「だったら殿下!こんな本はいかがですか?」

と言ってカサンドラの兄セレドニオが、かなり過激でセクシーな小説を持って来たのだが、

「祭司と修道女の禁じられた愛か・・・」

 内容はどうあれ、これで恋やら愛やらを学ぶ事は出来ないだろう。

 側近達はキャアキャア言いながら回し読みしていたが、アルノルト王子は、恋やら愛については考える事をやめることにした。


 何はともあれ、カサンドラ・アルペンハイムはアルノルトの正式な婚約者である。

 今は隔日で王子妃教育を受けているが、休みの日には、バルフュット侯爵令嬢、エンゲルベルト侯爵令嬢に対して教わった事をそのまま教えているらしい。


 二つの侯爵家としては大金をかけずに王子妃教育に近い(所詮は十歳の令嬢が教えているという事もあるのだが)教育を無料で教えてもらえるのだし、王家の許可の元、カサンドラが二人の令嬢に教えているという事は、自分たちの娘が完全に王子妃候補から外されていない証拠にもなるため悪い気はしない。


 カサンドラに教えている教師陣にしても、わざわざ自分達が教えに行かなくてもカサンドラが自分達の役割を担ってくれる上で、

「あのような教育を施しているとは!あなたは素晴らしい教師ですな!」

と、侯爵自ら褒める事もあり、自分たちの評価にも繋がる事を知っている。


 カサンドラの生家であるアルペンハイム家は二つのクセがある侯爵家に恩が売れる上に、派閥を抑える負担が軽減される。中立派から出たカサンドラ自身が、

「私は自分がかりそめの婚約者であると理解しています。殿下には本当に愛する人と結ばれて欲しい、そしてお二人の後押しが出来ればと思っていますの」

と、言っているため、両派閥の中ではカサンドラは要注意人物から外れてしまっているのだった。


 婚約者が居るのに、結婚相手が決まっていない状態。

 だと言うのに、自分の娘こそ妃に相応しいと押し付けてくる輩には、

「私には婚約者がおりますから」

と言って、簡単に退ける事が出来るのだから、

「なんと素晴らしい!カサンドラ!ありがとう!」

アルノルト王子はカサンドラに感謝しきりとなっているのだった。


 カサンドラをアルノルトの婚約者として決定を下したのは国王陛下となるのだが、予想外の展開に、息子を直接呼び出して、

「お前は婚約者のカサンドラに対してどう思うのだ?」

と、問いかけたところ、

「気楽です、とっても気楽に感じています」

と、答えた息子を見下ろして、小さなため息を吐き出した。


 王族の結婚は兎角、恋だの愛だのは後回しになりがちとなるのだが、幾ら平和な時代が続いているとはいえ、安定した国の運営を先導していく王の立場としては、王妃は王の背中を押してくれる存在であってほしい。

 アルノルトの後押しをしてくれるような、しっかり者の婚約者を決めたはずなのに、どうにも思わぬ方向に話が進んでいっているような、いないような。

「父上?どうされました?」

 自分そっくりの息子の顔を見下ろした国王は、しばらくの間は静観する事に決めたのだった。

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