前兆
……何が夢なのかしら。
朦朧としてだるい意識の中でふと、そんな疑問が浮かんだ。
あまりにも見慣れた部屋。しかし、絶対に今見えるはずがない所。前世で私が一生を送った病室だ。
……前世? 本当?
実は転生とかはなく、元気に走り回っていた私の姿はただそれを望んだ私の夢だったじゃないかしら。
そんな思いをしてふと、さっきから泣き声が聞こえていたことに気づいた。
この声……カリンお姉ちゃん?
「……なさ……い。ごめん……なさい。ごめんなさい……」
何度も見た光景。私まで悲しくさせる姿だ。
……本当?
カリンお姉ちゃんが一人で、私を見て謝ったことが、本当にあったのかしら?
頭の中がぼやけたままぼんやりと考えた。
ない。カリンお姉ちゃんが謝る理由もないし、私にあんな言葉使ったこともない。
じゃあ、誰に謝るの?
「……。………」
何か言っているようだけれど、聞こえない。耳を傾けたくても、直接聞きたくても、体は魘されたかのように動かなかった。謝罪の言葉だけがちらほら聞こえてくるだけだった。
朦朧の頭でただ伝染したかのように悲しみだけを感じる時間は、やがて――。
***
「もうすぐ着くみたいですね」
トリアがそのように注意した。
クラウン山脈。起伏が多く森が鬱蒼とした山脈だ。木々のせいで陰がたくさんできたこともあるけど、それ以上に妙に陰鬱な感じが山脈全体を取り囲んでいた。
「……来る時も感じましたが、確かにいつもとは空気が違いますね。皆さん、気をつけてください」
トリアの言葉で一行の緊張感が高まった。
母上が結局私の参加を許可してくださったクラウン山脈調査隊。トリアがここにいるのは私の世話をするために……とかのバカみたいな理由はもちろんない。
バルメリア王国の貴族には使用人の一部を戦闘員として構成する伝統がある。もちろん貴族の好みが気難しいからではなく、私兵団に対するあれこれの制限を避けるための便法という、極めて俗物的な裏事情があるけどね。
そして、トリアは我が家の戦闘員の中でも独歩的な実力者。この調査隊の隊長でもある。
おまけに言えば、彼女が家庭教師として私に教えるのが戦闘術だ。ディオスに勝つことができたのも彼女のおかげ。
とりあえず、私たちはそんなトリアを筆頭に前に進んでいた。
「トリア、調子はどう?」
「まだ問題ありませんが、邪毒濃度が少しずつ高くなっています。有事の際には正式にお嬢様の力を借りることもありますのでご了承ください」
私の能力の正体を知っているのは、今のところ母上とトリア、ロベルの三人だけ。
『浄潔世界』は五百年ぶりに初めて現れた能力であり、浄化系の頂点。対外的に知られれば何かと厄介なことになる。それで母上に頼んで本当の正体は隠して、対外的には上級浄化能力だと言うことにした。
まぁ、それだけでも結構待遇される能力ではあるけどね。
そんなことを考えていると、私の傍にいたロベルが心配そうに私を眺めた。
「お嬢様、大丈夫ですか? 朝、何かを食べ間違えて食中毒になったような表情でしたが」
「いや、お腹の調子が悪いわけじゃないわよ」
ちょっとテンションが低いのは事実だけど。
朝から頭にベタベタくっついている憂鬱さのせいかしら、表情があまり明るくないことが自分でも分かった。これも全部今日見た前世の夢のせいだよ。
それは一体何だったのかしら? 朝から何度も考えてみたけど、その夢が何を意味するのかは結局分からなかった。単純な夢にあまり意味を付与する必要はないけれど……変に気になるのよ。
それでもロベルの冗談のおかげで少しは気分が良くなった。
感謝の意を表すためにロベルを振り向くと、彼はまれに真剣な顔であたりを見回していた。やっぱりここまで来たら彼も緊張するようだった。その姿がゲームの攻略対象者である彼と少し重なって見えた。
そう、彼は『バルセイ』の五人の攻略対象者の一人だ。
私の専属であるだけに、中ボスの私と特に近かった人。おまけに言えば、前世の私が一番好きだった攻略対象者でもある。
前世の記憶を思い出して一番大きな興奮がこいつが傍にいるということだったから、それだけ前世の私がこいつを好きだったということは分かった。
……今の私はどうかは分からないけれど。
それよりロベルの参加を母上が許してくれたことに驚いた。急にロベルが私についてくると言い出したのもそうだったし。二人ともどういう考えなんだろう。
脱線しつつあった私の思考をトリアの停止信号が戻した。
「どうしたの?」
「何かあるんですね。あれは……洞窟か」
トリアは護衛たちに警戒を強めるように命じ、一人で洞窟に向かった。そして洞窟のすぐ前で奥を見回して帰ってきた。
「魔力感知では何も感じられないですね。むしろ周りより綺麗です。ただ……」
「ただ?」
言葉を濁したトリアは私が催促すると少し恥ずかしそうに言った。
「すみません。私の能力では何も感じられないです。周辺は邪毒濃度が少しですが高まったのに、いざあの中は邪毒も魔物の気配も全く感じられません」
それは当然だよね。
ゲームの設定どおりなら、始まりの洞窟には特別な結界が展開されている。それを探すためには特別な魔道具が必ず必要だ。
もちろん、私はそれを知っていながら持ってくるのを忘れるほどのバカではない。
「これで洞窟を確認してくれる?」
「これは何の道具ですか?」
「母上からもらったの。始祖様の聖域と感応する道具よ」
「始祖オステノヴァ様……クラウン山脈……もしお嬢様が考えていることが……」
「そうよね」
トリアは感嘆して魔道具を受け取った。他の人たちは何を言っているのか分からない顔で私を見ていたけれど、トリアは何を言っているのか理解できたようだね。
ロベルは代表として私に尋ねた。
「お嬢様、始祖様の聖域というのは?」
「五人の勇者の伝説は分かるよね?」
知らないはずがない。前世で言えば桃太郎以上に有名な伝説だから。
「王家と四大公爵家の始祖様たちの話じゃないですか。その方々が多くの人を救ってくれて、この国があると言われます」
「そうよね。あの五人の勇者の最後の冒険も覚えてる?」
「悪き邪毒竜を打ち破って国を建国した……あ」
ロベルもやっと理解できたのか、小さく嘆声を流した。私はなんか先生になったような気分で説明を続けた。
「邪毒竜を倒してその死体を封印したという場所がこのクラウン山脈だから。そして五人の勇者の他の伝説がすべて事実と確認されたけど、唯一邪毒竜との戦いだけはいかなる証拠も出てこなかったわ。しかし伝説通り、始祖様がその死体を封印して聖域を作ったとしたら……」
「始祖様の聖域を探せばその伝説も事実として認められますね。最初からそれを探しに来たんですか?」
「確信はなかったわよ。でも、クラウン山脈は邪毒竜の死体を封印した場所でしょ? そこに異変が起きたら、もし邪毒竜と関連された何かがいないかしらと思ったの」
周辺に感嘆が広がった。
……少し良心が痛むよね。事実は推測ではなく、前世の記憶というチートで知っているだけなのにね。
そのように会話をしていると、トリアが戻ってきた。表情が明るいのを見ると、やっぱり聖域の反応を発見したようだ。
「どうだった?」
「とても微弱ですが、反応があります。始祖オステノヴァ様に関連したのがあの洞窟にあるのは確かですね。聖域があれば他の所より安全でしょう」
「入ってみてもいいと思うの?」
「聖域の力が確認された以上、あえて敬遠する必要はないでしょう。むしろ他の所で事故が起きた時にあの洞窟に逃げてもいいくらいですから」
「よし、行こう」
洞窟に入ると、護衛数人が照明の魔道具で光を灯した。
洞窟自体は特に特別なことではないただの洞窟だったけれど、薄暗いにもかかわらずむしろ体を洗い流すような澄んだ感じがした。邪毒の気も全く感じられなかった。
「入ってみたら確かに分かりますね。この強力な浄化の力……漏れる余波さえこの程度なら、根源地はどれほど強力な聖域なのか見当もつきません」
トリアはまれにもかなり機嫌が良さそうだった。まぁ我が家の始祖様と関連したものはかなり珍しいのは確かだけど……トリアがこんなに感情を表わすのは初めて見たからか、何かちょっと不思議な気分だね。
それにしても、そろそろ時が来たのかしら。
足元で強力な浄化の魔力が感じられた。他のみんなは気づかなかったようだけど、『浄潔世界』を持った私だけは感じることができた。
この魔力が今まで感じたよりもさらに強いし……その中に邪毒を抱いているということを。
この結界が解除される条件は、私の特性である『浄潔世界』の魔力が聖域と接触すること。
ゲームで私は好奇心と何らかの理由で調査隊にこっそりついてきて、その過程で何も知らないまま結界に触れて事故が起きた。
もちろんそんなばかげた間違いをするつもりはないけれど……結界を崩さなければならない理由はある。
私はこっそり足元の魔力の気配をたどった。そして聖域の結界を見つけた瞬間、槍で盾を突く感じで躊躇なく聖域に魔力を叩き込んだ。
その瞬間、地がまるで地震でも起きたかのように揺れ始めた。思わず悲鳴を上げた。
「きゃあっ!?」
「お嬢様!」
ロベルが私に手を伸ばしたけど、よりによって私の方から地が急激に崩れてしまった。彼の手はもちろん、ほぼ同時に伸びてきたトリアの手まで空を切った。
「お嬢様!!」
だけどさすがトリアというか、あっという間に飛び込んで空中から私とロベルを確保した。そして破片を踏んで跳躍しながら上に上がろうとした。
だけど、地だけでなく壁まで崩れ落ち、破片が雨のように降り注いでその暇さえなかった。
「くっ……お嬢様、しっかりお捕まえください!」
結局、トリアは魔力を利用して破片から私たちを守り、安全に着地する方向に方針を変えた。
……他のみんなは大丈夫かしら。
ゲームではみんな優秀な人たちで、ここで死亡したり、大けがをしたりする人はいなかった。
だけど……だからってためらうことなくみんなを危険に陥れる私は、やっぱり悪役に堕落する気質があるのかしら。
そんな憂鬱な思いをしながらも、私はこれから起こることを考えながら一人で覚悟を固めた。
―――――
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