第38話

 僕の野菜従魔の中で、唯一動けない従魔クラちゃん達。


 彼らは足がなく、普段から茎にくっついて生活をしている。


 従魔達なので、基本的に食事も取らず、二十四時間起きて過ごせたりする。


 そんな従魔達にはそれぞれ得意なことがあって、最初の従魔である大根モンスターのテンちゃんの場合、超高速移動が可能だ。


 そんな中、クラちゃん達にも得意なことがあり、それはなんと――――魔法という特殊な力だったりする。


「ち、千聖! だ、大丈夫?」


 部屋に横たわる千聖ちゃんと田中さんを心配そうに、交互に見つめる女は以前野菜達を踏みつけた未来という女だ。


 今すぐここから追い出してやりたいが、ケガ人にとって知り合いがいるというのは、大きな力になる。


 全身がボロボロになった二人を、クラちゃん達が魔法で淡い緑の光を放つと、二人の傷が少しずつ治っていく。


 これがクラちゃん達が使える回復魔法という力だ。


 一瞬で治るというものではないが、一時間もすれば傷は全快しそうな感じだ。


「未来ちゃん……心配かけてごめん……」


「そんなことないよ! 千聖が生きているだけで私は満足だから……生きていてくれて本当にありがとう……」


 僕に土下座して奴隷にまでなると言っていただけあって、彼女にとって千聖ちゃんがいかに大切な人なのか分かる。


 田中さんが少し笑みを浮かべて、横たわったまま僕を見上げる。小さく感謝を込めて頷いた。


 家の中のことは米将軍に任せて、僕は外に出て野菜の料理を作り始める。


 孤児達が手伝ってくれて、大勢のための料理も簡単に作れるようになった。


 メニューもシスターさん達のおかげで色んな料理を作ってくれる。


 何だか、また僕がやることがなくなってしまった。


「彩弥さん! こちらに座ってください!」


「お、お!?」


 僕の手を引いて椅子に座らせる久那ちゃん。


「彩弥さんの頑張りのおかげで、千聖姉さんが助かりました。それだけじゃなく、多くの人達も助かりました。私達ができることは少ないですが、誠心誠意を込めて作りました! ぜひ食べてみてください!」


 そう話すと、待っていたかのように他の孤児が大きな皿を持って、僕の前に置いた。


 そこには色とりどりの野菜で作ったケーキが置かれていた。


 クリームのようなモノがあるが、匂いからしてトウモロコシの匂いがする。色も黄みがかっている。


 他の野菜も細く切って食べやすく作ってある。


 ゆっくりと手に持ったフォークで食べる分を切り口に運ぶ。


 口の中に野菜の旨味とトウモロコシの甘味がふんわりと広がって、今まで食べたどんな野菜料理よりも美味しく感じる。というか野菜スイーツと言ってもいい。料理というよりはスイーツだ。


「美味しい……! こんなに美味しい野菜スイーツは初めてだ」


「良かった!」


「しかし、トウモロコシなんてよく手に入ったね?」


「はい。探索者さん達が買ってくださったんです」


 こちらに恥ずかしそうに笑みを浮かべた二人の探索者が見えた。


「俺達は何もできなかったからよ。みんなのために頑張ってくれた彩弥さんのために、これくらいしかできなくてな。そのスイーツを気に入ってくれたなら良かったよ」


「びっくりするくらい美味いです。ありがとうございます」


 二人が顔を合わせると、手を上げてハイタッチをした。


 ここ暫く一緒に時間を過ごしているが、探索者二人も孤児達もシスター達も、きっと良い人なのが分かる。


 それに比べたら自分の小ささに、悲しみを覚えてしまう。


 そもそも僕は誰かのために生きたことがあったのだろうか? おばあちゃんと住んでいた頃も、行き場を無くしたからここにきた。だから畑だけは何としても守りたかった。


 それが結果的に野菜ダンジョンになってしまって、こうして野菜料理が多くの人を助けることになったのなら、よかったのかも知れない。


 でも……結局、それは僕の力ではなく…………。


 その時、庭に大きな声が響き渡った。




「お兄ちゃん!」




「千聖ちゃん……」


 まだケガしているというのに、動けるようになってすぐに出てきたようだ。全身に痣がまだ痛々しく残っている。


 彼女はその体で、僕の前に立った。


「あ、あの……! 助けてくれて、本当にありがとう!」


 深々と頭を下げる。


 未来も同じく深々と頭を下げた。


「…………テンちゃんが君とまた遊びたいそうだ」


 彼女は頭を下げたままじっと聞き続けた。


「……僕も誰から死んで欲しくないから、自分でできることをしただけ…………ただそれだけだよ…………」


 顔を上げた千聖ちゃんは、その目に大きな涙を浮かべて首を横に振った。


「ううん……あれはお兄ちゃんしかできないことだったんだ。だからお兄ちゃんがしたことは……世界で一番かっこよくて、お兄ちゃんにしかできなかったことなんだ。お兄ちゃんが誰よりも頑張ってくれたおかげなんだ。多くの人を助けてくれて本当にありがとう」


 僕にしかできないこと……そうだったのだろうか?


「えへへ~お兄ちゃん。世界で一番かっこよかったよ!」


 彼女に裏表がないことくらい、僕でも知っている。


 悪人には懐かないテンちゃん達からあれだけ愛されている千聖ちゃんだ。


 だから彼女が本心からそう言ってることくらい知っている。


 今まで誰かにかっこいいとか言われたことはない。助けてくれてありがとうという言葉も言われるような僕ではなかった。


「お兄ちゃんがここにいたから、野菜ダンジョンが生まれて、可愛い従魔達がいて、多くの野菜モンスター達がお兄ちゃんを慕う。私ね。どうして野菜モンスター達が誰かを傷つけることなく、お兄ちゃんのために自分の身を犠牲にしてまでいるのか、ずっと疑問だったんだ。でもやっと分かったよ。やっぱりお兄ちゃんは――――世界で一番優しくてかっこいいヒーローなんだね」


 曇り一つないその言葉に僕は救われるように、心臓が高く跳ね上がった。

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