第31話

 皿洗いくらいさせてくれと話した彼女は自分が食べ終えた食器類を洗い始める。


 一つ一つ丁寧にこなしている後ろ姿、野菜モンスターたちを収穫していた時にどの野菜も大事そうに運んでいた千聖の後ろ姿がちらつく。


 今の僕は驚くほどに人に対してドライさを感じる。


 気の弱かった自分。そのせいで野菜たちが痛い目を見てしまった。それは許せない。


 だからかも知れない――――僕が少し変わったのは。




「ごちそうさまでした」


 既に何十回目かわからない感謝を口にした彼女。


「名前は?」


「は、はい! 久那くなと申します。孤児なので苗字はありません……」


「ん? 苗字がない人もいるのか?」


「は、はい……孤児院で借りの苗字はありますが、多いという理由で便宜上佐藤・・と名乗っているだけです」


 佐藤という苗字は日本でも一番多い苗字だしな。


「それで、久那はどうして僕を襲ったんだ?」


「えっ!? わ、私が彩弥さんを襲った……?」


「ああ。とても人の顔とは思えなかったが……」


 彼女は全く覚えていないように自分の顔を顔を覆って震え始めた。


「さ、最近……自分でもよくわからないくらい……狂暴になる時があるんです…………」


「狂暴?」


「は、はい……普段はそうでもないんですけど…………たまに野菜の匂いがすると……凄くイライラして…………」


 ん? 野菜の匂い?


「先日も大雨でほんのり野菜の匂いがして……気づけば布団の中にいました」


 彼女が嘘を言っているようには見えない。


『殿。それには一つ心当たりがありますぞ』


「米将軍? 本当か?」


『恐らく――――肉の毒に冒されていたのでしょう』


「肉の毒?」


 初めて聞く言葉だ。そもそも肉に毒なんて……?


『その娘は普段の食事をあまり取れないと見えます』


「久那は暫く食事が取れていないと言っていたね?」


「そ、そうです……最近は孤児院に寄付額も少ないので、たまに探索者さんたちの余ったお肉を頂けますが、多くの探索者さんたちがケガをしていて、大雨も相まって…………」


「…………」


 多くの探索者がケガをした……というのは、恐らくあの日の出来事なんだろうな。


 自分でも驚くくらいに罪悪感を感じない。


 それくらい野菜たちが酷い目にあって、それに今でも怒っているからだと思う。


「あ、あの! 私、襲った時の記憶は全然ないんです! でも……それが本当の事なのは彩弥さんを見ればわかります……」


 彼女は僕に向き、その場で土下座をする。


「申し訳ございませんでした」


 最近は僕に向かって土下座する人が増えてきた気がする。


 別にそれを望んでなんていない。僕が望むのはただ野菜モンスターたちを一緒に過ごしたいだけだ。


 人間なんて…………。


『殿。肉の毒は、食事を継続的に取らないと飢えに対して狂暴になりますぞ。彼女が殿を襲ったのは言わば当然の結果ですぞ』


「ん? ということは、久那がいる孤児院のみんなも食事を取れていないことになるんじゃないのか?」


「は、はい? そうだと……思います」


『殿』


「っ…………久那。よく聞いてくれ。君が狂暴になったのは空腹によるものだ。君が一緒に住んでいる孤児院の人たちもそうなっている可能性がある。最悪だと――――お互いを傷つけあっている可能性がある」


「!?」


「まだそう時間は経っていない。急ごう」


「は、はいっ!」


 人が嫌いだ。嘘をついて、僕を、野菜たちを傷つける人が嫌いだ。


 でも…………どうしてだろう。目の前の困った人を放っておけない。


 あの日、僕が初めて信じた彼女が警察に連行されていく姿を見て、目が合った彼女は虚無さを見せていた。


 僕も一人ぼっちで絶望に落ちていた時、野菜モンスターたちに助けられた。


 あの時は救えなかった彼女。今の僕なら目の前の困った人を救える力がある。


 気が付けば、従魔たちと共に久那が住んでいる孤児院に向かっていた。




 ◆




 孤児院前に着くと、何やら騒がしい。


「おい! 絶対にケガさせるなよ!」


「そう言われてもよ!」


 二人の探索者風の男二人が、多くの子供たちに囲まれている。


 見るからに狂暴化した子供たちの容赦ない攻撃が二人を襲うが、それをギリギリであしらっていた。


「みんな!」


 久那が声をあげると全員がこちらを見つめる。


「お、おい! あれって凶悪犯じゃねぇか!」


「まずいぞ! みんなを守れ!」


 二人は襲われながら僕と子供達の間に割り込んだ。


 その時、後ろから引っ掛けられたリュックが破裂して、中から魔物の肉が地面に落ちる。


 狂暴化した子供たちが一斉に肉に注目する。


 飢えによる狂暴化だ。食糧に対する執着心が大きいように見える。


『殿! まずいですぞ! 生肉を食べさせてはいきませんぞ!』


「ッ!? テンちゃん! 走れ!」


『はいっ!』


 僕達の中で最速で動けるのはテンちゃんだ。


 僕の肩から滑るように落ちながら僕の胸を蹴り飛ばして飛んだテンちゃんは誰よりも早く落ちた肉を拾いあげる。


「その子たちに生肉を食べさせてはいけない! 絶対だ!」


「はあ!?」


「もう戻れなくなるぞ!」


「っ!?」


 驚く彼らを米将軍擁する従魔たちが囲い襲い掛かる狂暴化した子供たちを制圧した。

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