第7話

 大根というのは畑に植えて育つまで二か月はかかるものであるが、野菜ダンジョンの一層にいる大根モンスターが生まれるまでその十分の一であることが発覚した。


 というのも、一回目の大根九十九本を収穫してから次の日には大根モンスターたちがまた百体生まれていた。


 そこから大根モンスターたちが植えられていた畑に大根の姿が見えたのはすぐのことで、でもまだ成長していなかったのだが、そこからたったの五日で成長して次の収穫を待っていた。


 大根モンスターたちは自ら大根になって僕に食べてもらいたいと思っているそうだ。それは僕の『従魔』であるテンちゃんから教わった。


 そこで色んな事象に名前を付けることにした。


 まず一つ目、大根モンスターが畑からモンスターとしてダンジョンに歩けるようになるのを『復活』と呼ぶことにした。


 二つ目、復活した大根モンスターは本人たちの任意で通常大根に変身できるのだが、その行動を『収穫』と呼ぶことにした。


 テンちゃんが僕の従魔になってくれたおかげで、大根モンスターたちとの意思疎通ができるようになり、復活と収穫を色々試せるようになった。


 その中でも一番効率がいいと思ったのは、収穫。


 収穫をこちらから提示できるので、モンスターたちが一気に大根にならずに済んでいる。


 それとテンちゃん曰く、野菜ダンジョンで収穫した野菜は腐らないということで、大根一本だけ試させてもらっている。


 リビングの神棚を作り、大根を一本備えて置いた。


 野菜ダンジョンが見つかってから一瞬間、新しいことでいっぱいであっという間に時間が経過した。




「はあ!? ダンジョンができてるだと!?」


 家の外で大きな声が聞こえて、家の外にでると、またうちの敷地内に勝手に入り込んだ解水不動産の男が大きな声をあげていた。


 彼は驚いた顔で野菜ダンジョンの入口を指差しながら僕を見つめていた。


「あんた。もう二度とうちに来るなと言ったはずだけど、どうしてまた来たんですか」


「そ、そんなことはどうでもいい! どうしてここにダンジョンができたんだ!」


「さあ? あんたが燃やしたから野菜の怨念が作ったのかも知れませんね」


「!? そ、それは! モンスター!?」


 僕の足元にいるテンちゃんを見てさらに驚く。


「この子は僕の従魔です。というか、人の敷地に勝手に入らないでください。警察官が教えてくださったんですが、これって不法侵入なのでしょう?」


「くっ……! 田舎者の風情ふぜいで法律を語るんじゃねぇ!」


「…………」


「こう言っちゃ居られない。急いで報告に行かねば……!」


 男は逃げるようにその場から全力で逃げ出した。


「このまま勝手にダンジョンに入られても困るんだが……確か、ダンジョンに初めて入った時、侵入権利は僕が与えらえると言っていたような?」


【よくわかりません……】


「あはは……ごめんな。独り言だよ。気にしなくていいぞ~」


 可愛いテンちゃんを撫でてあげて、ダンジョンに向かおうとした瞬間。後ろから女の人の声が聞こえた。




「待ちなさい!」




 振り向くと、それはそれは綺麗な黒い髪をなびかせた若い女子おなごが玄関前で仁王立ちしていた。


「ど、どぢらざまでじょう!?」


「ひいっ!? う、噂通り……凶悪犯ね」


 凶悪犯!? 初対面で何ということをいう失礼な女子なんだ!


「ここに凶悪犯が住んでいるという噂は本当ね! 最近人を攫うのはあんたでしょう!」


「な、なにを! 僕がそだいなごとをするわけないでじょう!」


「ひいっ!?」


 興奮したせいかまた言葉が荒くなってしまった。


 でも僕が人を攫うとか言いがかりはやめて欲しい。僕は大根たちと幸せに暮らしたいだけなんだ。


 彼女の大声に、通りすがりの野次馬たちがこちらに注目する。


 僕と彼女の間に緊迫した雰囲気が続いていたその時、僕達の間をテンちゃんが割って入る。


「テンぢゃん?」


「モンスター!? ちょ、ちょっと可愛いわね」


 彼女の視線がテンちゃんに向くと、テンちゃんは向きを彼女から僕に変えてゆっくりと近づいて来ては――――僕の胸に飛び込んできた。


「うわあっ!? こ、こらっ。くすぐったいよ~!」


 僕の胸に飛んできたテンちゃんはすぐに頬っぺたを舐め始めた。


 テンちゃんの可愛らしい行動なのだが、これには一つだけ大きな問題がある。


 大根モンスターの液体って全て――――辛いのだ。


 目がスースーして涙が出てくる。


「なっ!? 涙もない凶悪犯が……泣いている? そ、そんなはず…………でもあんな可愛らしいモンスターが懐くなんて……モンスターを従魔にできるのは純粋な心を持つ者だけだと言われているはず。本当は凶悪犯じゃない?」


「ぼくは”凶悪犯なんかぢゃねえ~!」


「ひい!? 泣きながら怒ってる……」


「こではテンぢゃんの唾液が辛いだけだず!」


「じゃ、じゃあ! 家の中を捜索させてくれるかしら!」


 どうしてそうなるのか分からないが、このままでは冤罪えんざいには色んな誤解がありそうだ。


「わがった。かまわない”」


「ひいっ…………じゃ、じゃあ、失礼するわ。言っておくけど、私がここから帰れないと、貴方が犯人だと連絡しておいたからね!?」


「わ、わがっだ!」


「ひいぃ……一々怖いのよ……もう…………」


 見るからに女子高生くらいか。


 近所の高校生の制服を着ていて、少し短いスカートからは細い足が見える。最近の流行は分からないが、僕みたいな田舎者でも分かるくらい彼女は可愛らしいと思う。大きな目も艶やかな黒髪も肌も綺麗だ。


 ただ、一つ違和感があるとするなら、左腰に掛けられている剣。それだけで彼女が探索者であるのが分かる。


 彼女は右手を剣に添えたままゆっくりと近づいて来た。


 あんな剣で斬られたら痛そうだ。テンちゃんが斬られないよう彼女から守るために抱きしめる。


「き、斬らないわよ! 念のためだから。変な事したら抜くけど、き、気にしないで」


「わ、わがっだ……」


 まず玄関を開けて中に入れさせる。


「お、お邪魔します……」


 険悪な雰囲気でやってきたのに、礼儀は正しいものだな。最近の若者は人を勝手に撮ったりと怖い人ばかりなのに、彼女からはそういう邪悪な雰囲気は感じない。テンちゃんも全く警戒していないのがその証拠だ。


 リビング、寝室、厨房、トイレ、風呂場などを案内した。


 そして最後は、


「野菜倉庫だ」


「やさい倉庫? やさいってあの野菜?」


「そうだ」


 倉庫を開けて中に入る。


「っ!? な、何よこの匂い……」


 鼻を塞いだまま入る彼女に少し怒りが湧く。


 大根の匂いは臭いモノじゃない。それにここに置いてある大根はとても新鮮で香りのよい匂いだ。


「お、怒ってる!? ご、ごめんなさい。慣れない匂いだったもので……」


「最近の若者は野菜を食べないからな」


「そ、そうね。そもそも売ってないし、本でしか見た事ないのよ。触ってみてもいい?」


「おう」


 彼女が大根を撫で始める。匂いを嗅いだり、積まれた十本の大根を一つ一つ手に取って確認する。


 それから倉庫内も確認して家を出た。


「…………そういや、さっきの男がダンジョンがどうこう言っていたわね」


「ああ。畑にダンジョンがあるから」


「そこも確認させてちょうだい」


「一つ条件がある」


「条件?」


「剣を置いていけ」


「っ!? ダンジョンに入るのに武器を持たずに入れというの!?」


 真っすぐ僕を見上げる彼女と沈黙のまま睨み合いが続く。


 十秒程睨み合うと、彼女が大きな溜息を吐いて腰に掛けられた剣を僕に渡してくれた。


「はい。これでいいでしょう? でも…………ダンジョンなんだから、ちゃんと守ってよね?」


「お、おう……」


 そもそもうちのダンジョンは可愛らしい大根たちの楽園だから襲ってくるモンスターはいないぞ?


 彼女を連れてダンジョンに足を踏み入れた。

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