第3話

 一言で表すなら…………何の変哲もない階段だ。


 都会にある地下鉄のように、無骨なコンクリートで作ったような階段が地下に続いている。


 元々ここに階段は存在しない。畑のことなら五年も関わっている僕が知らないはずがないのだ。


 世界に『ダンジョン』が現れて二十年。それは突然現れるという。それに日々増えていき、やがて地球を飲み込むのではないかとニュースで論争が起きている。


 ではそもそも『ダンジョン』というのは何か。


 地球の土地の中に住み着くモノで、何かしらの巣のように広がっていく。中は階層になっており深いモノは既に地下百階よりも深くなっていくという。なっていくというのには理由があり、その一番の理由は『ダンジョンは成長する』という点だ。


 生まれたばかりのダンジョンは二層であり、日を追うごとにどんどん深く成長すると言う。


 だからこそ、浅い階層のうちに攻略を始める方がそのダンジョンで探索者に利点が多いそうだ。


(それにしてもどうして僕の畑にダンジョンが……?)


 色んな憶測を巡らせるけど、結論がでるはずもなく。


 さらに言えば、ここにダンジョンができた以上、ここの畑はもう耕すことができない。何故ならダンジョンの周囲の土地は死の土地と言われる作物が育たない土地・・・・・・・・・になってしまうからだ。


 畑を焼かれた上に、ダンジョンによってもう二度と畑は耕せない。それがまた悔しい。


(もし神様がいるのなら、もう僕に野菜と過ごす時間を与えないということか。それなら…………行ってやるよ。ダンジョン)


 普段の自分ならそう思うはずがない。人と喋るのも苦手で、三十五歳になっても友人が一人もいない。そんな僕がどうしてかダンジョンに呼ばれている気がした。


 勇気を出す――――なんてしなくても十分だった。自然と足が伸びてゆっくり地下への階段に足を踏み入れた。




 ――【個体名『佐藤さとう彩弥さいや』は『野菜ダンジョン』の持ち主として認定されております。ダンジョンへの侵入権利付与権が与えられます。初侵入者としてボーナスが付与されます。称号『野菜に愛されし者』が与えられます。レジェンドスキル『野菜加護』が与えられます。】




「う、うわああ!?」


 思わず出した声が周りに響いていく。


 階段の下は意外にも明るい洞窟で、光もないのに全てが明るく見渡せられる。


 そこに足を踏み入れた途端、頭の中に女性の声が聞こえて来て、驚いてしまった。


「も、もしもし~!? もしかして急に入ったらダメだったんですか~!?」


 僕が口にした言葉が洞窟の中にどんどん遠くに広がっていく。


 やがて声が聞こえなくなっても返事は返ってこない。


(もしかして、今のが天の声というものか?)


 探索者は天の声を聞くことが多いと聞いていたけど、もしかしたらそうかも知れない。探索者になりたいとは全く思わなかったのでやっと思い出せた。


 恐る恐るダンジョンの中を進んで行く。


 洞窟の中の景色に少し不安は感じるが、不思議と怖さは感じない。寧ろ、初めての冒険に出た子供のように心臓が高く跳ね上がる音が自分の体を伝い耳に響いてくる。


 少し曲がった道を歩き進んでいると、奥から何者かが歩いている・・・・・音が聞こえてきた。


 ダンジョンの中にはモンスターが住んでいるから、戦わなければ襲われることもあると聞いている。


 まずどんなモンスターなのか見てから対策を考えよう。…………対策といっても僕に戦う術はないが、咄嗟に持って来たクワを武器の代わりに使えると思う。


 使い慣れたクワの柄を握る自分の手の力が強まるのを感じる。自分でも無意識に緊張しているのが分かる。


 乾いた口のないはずの唾を飲み込んで、曲がり角からゆっくり顔を出して道の先を覗いた。そこには――――――
















「大根!?!?!!?!??」
















 僕の情けない声が洞窟に響き渡る。


 声が響いたってことは、もちろん――――モンスターが僕を捕捉した。


 但し、モンスターじゃなくて大根だ。


 いや、今の僕が何を言っているのか自分でも理解できてない。


 目の前にいるのは、大根の姿で根の端部分が頭のように可愛らしいつぶらな瞳があり、根から大根の足が四本生えていて、茎がお尻、葉が尻尾になっている。


 そう。まるで犬のようだ。


 僕と大根モンスターの目が合って十秒間の見つめ合いが発生した。


 次の瞬間、大根モンスターは決して焦った速度ではなくのんびりとした速度で向かって来た。


 両手に持つクワに力が入るが、なぜか大根モンスターに向かって刃を向けたくない。


 それに大根モンスターからは敵意が全く伝わってこないし、寧ろつぶらな瞳は可愛らしいとさえ思える。


 彼が僕に着くまでの十秒間、僕は何度もクワを下そうとした。でもそれができなかった。


 神様は僕から畑を奪い、最後の最後に自らの手で野菜を倒せというのか。


 でもよくよく考えると、僕は野菜が大好きだと言いながらも、野菜の命を奪って生き永らえてきた。


 いつも「いただきます」と感謝の気持ちを忘れたことはない。でも僕が生涯食べた野菜の量は世界一と誇ってもいいくらいに食べてきた。


 だからこれは罰なのかも知れない。


 野菜畑を守れず、今まで野菜を食べ尽くしてきた僕への……野菜神からの罰なんだ。


 大根モンスター…………倒せるはずがないじゃないか。


 僕が手に持っていたクワが、カランカランと音を立てて地面に弾けながら遠くに投げられた。そう。僕が投げ込んだのだ。


 そして大根モンスターの前に両膝を付く。


「今までありがとうな。君達のおかげで僕の三十五年の人生は本当に彩られたんだ。時には甘く、時には苦く、時には渋く、でもどれも美味しくて僕の人生の楽しみを作ってくれて本当にありがとう。そして沢山食べてしまってごめん。だから最後に自分が死ぬなら――――野菜に殺される人生もいいのかも知れない」


 僕は目を瞑り両手を広げた。


 ああ…………僕の焼けた畑にダンジョンができた理由が分かった。


 僕は今日ここで…………長年食べて来た野菜の化身に食べられるために、ここに来たんだと悟った。

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