第37話 第六天の王がいざ参る。

 シュポッ!と携帯からなんとも気の抜けた音が鳴る。

 そこに座っていた人物は、持っていた携帯を開き、内容を確認した。


「………」


 その内容に大きく深呼吸して自身を落ち着かせる。

 その人間はこの状況に怒りがこみ上げるが、吐いた呼吸によりそれを諫める。


 空を見上げると、建物に遮られ、ろくに空が見えない。

 なんて汚い景色だ、と更に怒りが湧きそうになる。そうなるので視線を外すことにした。

 物に八つ当たりすることを回避したその人間は立ち上がり、戻ろうとした時、背後で数名の人間が立ち上がる。


「……なんじゃ、起きたのか。しつこすぎじゃろ、お前ら」


 立ち上がった人間にほとほと呆れて、去ろうとした体の向きを戻す。

 起きた人数は三人。

 同時に目を覚ますとは、タイミングが良いのか悪いのか。


 彼らは頭や腹部を抑えながら立ち上がる。

 最初は「なぜ自分がここに?」という風に混乱していたが、周囲の状況を見て自身がどうしてここにいるのかを思い出す。

 少なくとも数分、長くとも数時間は昏倒させられた怒りがこみ上げる。


「てめぇ……」


 そんな言葉を大通りへと続く出口に立つ人間にぶつける。現在いるのは街の路地裏だ。

 自身が起きた時にはすでにこいつが起きていた。つまりこいつが……、と男は拳を握る。

 そんな憤怒をぶつけられているとも知らずにふざけた口調で応じる出口に立つ男。


「あ~。すまんが解散にせん?わしももう帰らんといけんのじゃが……」


 そんな提案など気にしている余裕のない三人はお互いを見て、頷く。

 つまり、彼らの目的は一致したのだ。

 その路地裏に一時の騒音が始まった。

 一人の男が鉄パイプを持って、出口の男の頭部にそれを振り下ろす。

 だが、それが当たることは無かった。振られた彼はそれを掴み取ったのだ。


「ワハハハハッ!腑抜けた都会っ子だと馬鹿にしておったが、中々イカしたヤツもいるではないか!」


 直後、鉄パイプを奪い取った男は相手の膝にそれを振りぬく。

 鉄パイプを受けた男の膝はあり得ない方向に曲がっていた。


「ッ~ッッ⁈⁉————————」


 その痛みに声すら上げることが出来ずに地面でばたつく。男は地面で困惑していた。

 だが、今しなければいけない行動はよくわかる。

 地面で這いつくばる男は路地の出口へと芋虫のように動く。


「おお、待て待て、そっちに行くでない」


 芋虫の首根っこを掴み引き戻した男は、これ以上動かれると困るのでと、持っていた鉄パイプで彼の顔面を叩きあげて気絶させる。


 さて、残るは二人。


 今、瞬きのうちに一人がやられた。

 それが理由でもあったが、二人の男は相手が武器を持っているという事実にしり込みする。

 お互いが距離を置き、場が硬直する。

 決着までは相当に長引くことになる。

 そう思われたが……。


「やっぱお前ら殺さなダメじゃ」


 その一言で状況が一転する。

 出口に立っていた男は、後退る彼らなど気にすることなく無防備に距離を縮める。

 動揺と焦りを見せる二人。


 当たり前だ。


 鉄パイプを持った男がこちらに歩み寄ってくるのだ。

 そうして彼らの脳裏には躊躇うことなくその鈍器を振るわれた情景が思い浮ぶ。


「味方してやる!さあ、やれ!今から俺は味方だ!」


 突然の裏切りに、「なッ⁉」と驚愕する。

 ここに来ての謀反、男は困惑しながら声を上げる。


「武ちゃん、何やってんだ⁉離してくれ!」

「さあ、今のうちだ!」


 完全に自身の友人も敵になったことを悟る人質の男。

 かといってはいそうですかと諦めるわけがなく、無謀にも抵抗を試みる。


「嫌だ!やめてくれ!考え直してくれ武ちゃん!ああ、来る来る!マジで来るって武ちゃん!い、い、嫌だああああッ!」


 歩み寄る男は思わぬ絶叫に足早に彼に近づき黙らせる。

 たとえ路地裏といえども、そこまで声を出されれば人が来てしまう。

 口元を覆われた男は目に光る物を讃えながらその裁決を待つ。

 口を掴む手のなんと力強い事か、それがこれからこの身に振りかかる暴力を予期させる。

 彼はその目に凶器を掲げる男を捕え、短い悲鳴をあげた後に、頭部に生じた衝撃により意識を失った。


「ほ、ほら!これで俺もあんたの仲間だ。きょ、協力するよ」


 その言葉に鈍器を持った男は振り返り、笑みを浮かべる。

 これでどうにか…と裏切りの男は安堵する。

 ここまで明確に立場を示したのだ。この行動は必ずや目前の敵の警戒心を解いて—————。


「お!協力してくれるんか?ワハハハッハッ!お前、ええやつじゃの、じゃあ死ね」

「え?」


 会話の前後の辻褄の合わなさに混乱しながら、間抜けな声を出して気絶する男。

まさかそんな敵対心のない剽軽な声からその決断が出てくるとは夢にも思っていなかった彼は、あまりにも無防備で立ってしまっていた。


 彼は、目前の凶器を持った男のハイキックにより意識を失った。

 足首より先が自身の顎を捕えて、彼は簡単に倒れ伏した。

 そこにまた静寂が満ちる。

 誰も動くものはいない。鉄パイプを持ってただそこに立つ男以外。


 彼は辺りを見回して、改めて状況を理解する。

 その事実に対して、愉快な気持ちになる。それに彼は呆れや喜び、また一粒の悲しみを感じた。

 気を改めて、状況確認を再開する。彼は人差し指と中指で、倒れた人間の数を数えた。


「ニー、四―、六―、八―………十五、ワハハッハハハッ!いや多すぎじゃろ!どんだけ狙われとんじゃ、あいつ!」


 その数に驚きを通り越して笑いを上げる彼は、数秒考えこみ、自身の誤りを認識した、


「いや、スタバ前のあいつも入れれば十六か……どうなっとんじゃ、ほんと。まあ静かになったことじゃし、そろそろ帰るか。遅れるとまずい」


 そう言って路地裏の出口へと足を進める。

 あたりには非日常が転がるというのに、どうとでもないこと、と言うように平然と歩く男。

 しかし、彼はここから出てはいかなかった。その前にやることがあったからだ。


「っと、その前に聞かんといけんか。ほれ、もそっとこっち来い。そして起きろ~」


 彼は歩み、出口付近に倒れ伏していた男を掴み上げてゆすった。

 彼の左足は普通よりも明らかにうちに曲がっている。それはこのゆする人間がへし折ったからだ。

 その体の振動により左足に生じた痛みに、男はうめき声をあげる。


「う、…うう……」


 その様子にもう一押し足りない考えた田舎者は、ため息を吐きながら一度彼を離す。そして……。


「はあ、全く仕方がないやつじゃ。ほ~れ~、起~き~ろ~」

「うッ!」


 そこで倒れていた彼の意識は完全に覚醒した。

 雷に打たれたような感覚に脳が焼かれながらも、そこを見る。

 見た場所は自身の腹部のさらに下、下半身だ。


「あ、あ、足……お、俺の足…」


 鉄パイプを持った彼は、その取り乱しように一瞬訳が分からなくなったが、ここがどこか考えたことによってそれにようやく気が付いた。


「ん?……ああ、すまんすまん。お前らはもうちょっと優しくしてやらにゃあならんかったな」


 男の動揺にはなんら不思議はない。だって自分の両足が不規則に曲がっているのだ。鉄パイプを持った男は、起こさせるあと一歩のために、彼を仰向けにしてその片足を左手で持ち上げたのだ。


 あとは簡単。これで起きてくれるはずだと。

 彼は右手に持った鉄パイプを、意識を朦朧とさせた彼の右足に振り下ろした。

 そしてまあ、みてこらびっくり

 種も仕掛けもございません、こうして木偶人形の完成でございます。


 男の右足は関節とは逆向きに曲がり、地面に直立していた。


 この者こそ、かの第六天の魔王。

 神仏衆生の敵、第二の生を受けた織田信長。


「けっ!どうせなら安土に生まれろ安土に。なぜに毛利なんぞのところで生をうけにゃあならんのじゃ」


 そこから数十分、時間の経過した後。

 男は狂人の踵落としにより、また意識を失った。

 そうして路地裏の非日常が終了する。

 そこは、倒れた複数人の人間以外は、なんら変哲のない日常に戻ったのだ。

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