第8話 俺じゃなくても誰かがやる。

午後八時、影峰宅————————


 田舎の中でも珍しい密集した住宅街、その中の一軒が影峰両助の自宅である。

 自宅に帰って来た彼は妹弟達の世話をして、晩飯を食べた彼は項垂れていた。


 そんな抜け殻となった兄貴を足でゲシゲシして風呂場へと催促する妹のおかげでようやく動き出した彼は、今度は風呂場で項垂れる。


 そんな風呂場独占兄貴の尻を叩くべく「早く上がれ、私も入りたい」と文句を言う妹のおかげで上がることが出来た両助。もう少し遅ければのぼせていたことだろう。

 火照った体を冷やすべく、夜風に当たる両助。


 何?ここで感傷に浸るとキモイぞって?

 うるへえ、こうでもしねえとやってられねえんだよ。


 聞こえるのは虫の音、どこまでも未知の闇が包む森林、天に輝く星空。

 こういうのは田舎の良いところだ。


 そんな世界と隔絶されたような空間の中で、両助はもの思いにふける。

 そこで昨日の朝にした宣言を顧みたのだ。


 マントルの下の力持ち、はたしてその大役は自分に務まるのだろうか。

 少し、それについて考える。


 振り返っても、ただの空気だった自分にそこまでの影響力があるのか。

 どうにも確証がない。もしかすれば、自分の夢は余計なお世話なのかもしれない。

 たとえ俺が何もしなくても、皆はどうにかできてしまう気がしてならない。


「ぷははッ!傲慢すぎ!」


 思わずその考えに笑いが零れた。

 お前は何か?神にでもなったつもりか?


 事実お前は何もできていなかったではないか。

 皆はお前が何もしなくても笑顔ではなかったか。


 お前は本当に何も変わっていないな。

 それをまるで自分がいなければ、立ち行かないような物言いをして。

 相手を軽んじるばかりか、己を過信し過ぎなのだ。


「ははは…」


 だがそれでいいではないか。

 もとよりこれは自分のわがままなのだ。

 ならば押し通してこそ、漢というものだ。


 彼の耳に田舎の音が鳴り響く、彼方ではバイクの駆動音が聞こえる。それはまるで彼の背中を押しているようだった。


 自室に戻り、今日貰った資料に目を通す。

 初めの数日は、健康診断やら写真撮影やら。

 だが明日になれば一週間と一日後の木曜日、レクリエーションと新入生同士の交流も含めた校外学習。


 この初めの一大イベントを無事に終わらせられるように、皆を楽しい一時を送れるように支えなければならない。

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