黄金くじら 「花火」

 僕は諦めた。

 というよりも、どうでも良くなってしまった。

 くじらの中の住人の赤い光がこれから僕も、剣も黄金の砂に変えてしまうだろう。負けてしまうけど、もういいや。そう思っていた。

 せめてを握って、そのままで。


 ――約束を破る僕が、君と同じところに逝けるかは分からないけど、会いたいな。叱られてもいいからさ。


 そう、目を閉じた。


 ……けれど、僕の身体がなくなるような感覚は、いつまでもやって来ない。耳には一つ目の羽音がずっと届いている。





 ――キィ。





 ふと、小鳥がさえずるような、君の剣の鳴き声が聞こえた。


「……」


 目を開くと、目の前には、僕。

 煙を上げて、すすけて拗ねたひどい顔をしている。

 泣けないのに、目の周りが黒く汚れて、浴びた金の砂で光っている。

 まるで誰かさんの泣き顔だ。

 

「テレジー、君は……」


 君は僕のことを、どこまで見通していたんだろう?

 杭のような剣。それでも剣と言ったのは、武器として、ただの君の矜持こだわりだと思っていた。

 そんなものなのかなって。

 でも、違ったんだね。


 杭は、あくまでも杭。そして、鞘だったことを知る。

 鞘を金色の砂に変え脱ぎ捨て、君は、鳴き声上げて自身を主張する。

 わたしは剣なんだと。


 赤い光が瞬いた。少し剣を傾けると、その光を反射し、穴の開いた空へ光が伸びる。

 磨き抜かれた鏡面のような、僕の姿をハッキリと映す刀身が、赤い光を反射する。

 驚いてその澄み切った刀身を見つめると、そこに一言だけ。



 ――ここにいる テレジー



 そう、繊細な君の字で刻んである。その少し上に親友が残した足跡の部分だけが、剣から剥がれずにベッタリと張り付いている。


「……ハハ! おっかしいの!」


 こんなの笑うしかない。

 こんなの、笑うしかないじゃないか!


 多くを失った僕の身体。煙を噴き上げながら炎が滴る、もう残り時間が少ない僕に親友が、そして君が言う。



「「約束を守れ」」



 そこまで言われたら、やるしかないじゃないか。 

 胸を張って会いに来いって、最期まで見ていてくれる。そして今、一緒に居てくれるから。


「お前を殺して僕は逝く。最後だ、くじら」


 そう格好付けるんだ。


 右脚に力を込めて、跳ぶ。

 光はさっき撃たれたばかりだ。その間に数を減らす!

 僕は剣を腰に構えて、真っ直ぐに人型に向かう。剣を振ることなんて無かったけど、膂力チカラに任せて、身体を中空に走らせたまま腕で振る。刃は真っ直ぐに入らず、かなりの抵抗が腕に伝わるけれど、そのまま引き裂く。


 まず一つ。

 相手も僕と同じ壊れかけだ。デタラメでも通用する。


 羽付きは散っていたけれど、根元しかない左脚を爆発させ、方向転換と加速。

 剣を腰の高さに固定しながら、独楽みたいに回転し、二つ、三つ。そのまま壁に残るテーブルに片足で着地する。


 視界が瞬いて、羽根つきが数えにくいけど、まだ出来る。

 親友パンプス。君みたいに縦横無尽に跳んでやる。

 狙いを定められないように素早くすれ違い、四つ、片足と炎の勢いで壁を跳び回り、五つ。

 着地して振り向いた瞬間瞬く赤い光を、剣を盾に反射する。


 段々と見えなくなる視界に焦るけれど、まだ僕は燃えている。

 腕が欠けた身体の右側の崩壊が進み、胸から炎が噴出する。興奮に咳き込むと、口の端からも炎が滴る。


 羽音が聞きづらくなるけど、多分あと一つか二つ。

 僕の左手をテレジーが握ってくれている気がする。それは多分、気のせいじゃない。


「君が居ると、やっぱり心強いね」


 僕は自分の持つチカラで、君の刃に炎を纏わせ、大きく伸ばした。

 このまま丸ごと、僕と君の炎で焼き切ってやる。


「────ァァッ!!」


 僕は真上に飛び、回転しながらくじらの壁ごと、残りの羽付きを焼き切った。





 がらんどうのくじらの中は、ライトも消えて、暗くなっていた。

 羽音も、人型の足音もしない。

 切り裂いたくじらの隙間からまだ明けない夜空が見える。もう、星が見えるようになっていた。

 激しく燃える僕だけが明るい。テレジーが居ないから、消す方法はない。後は燃え尽きるだけだ。


 けれど、まだ一つやることが残っていた。

 花火だ。


 僕だけが上空に飛び上がって、爆発する?

 いや、それじゃあ親友が気づくかもしれないってだけだ。

 多分、テレジーが花火と口にしたってことは、国中に僕たちがしたことを知れ渡らせることを目的に造った物だと思う。

 でももう、燃え尽きるだけの僕には何もない。


 途方に暮れる。


 その時、大きな金切り音と振動が響いた。くじらが、切り裂き止まり、僕が壊したはずのくじらが動いている。

 僕は慌ててくじらの裂け目から飛び出し、身体の上に立つ。

 くじらはその白金の身体を小刻みに震させ、細く高い金切り音を響かせている。まるで死にかけの獣のように。

 その姿は、造り物のはずなのになんだか寂しそうに見えた。

 

「お前……」


「……」


 くじらは声を発しない、ただ震え、軋む。

 その時、微かに走った赤い光が僕を照らした。気を抜いていて何もできず、ただ光を浴び、僕の残った身体が、剣を握る左手が黄金に変わる。


 しまった。また最後に僕はぼんやりしてしまった。

 そう自分にがっかりしたけど、僕の身体は砂にはならなかった。 

 黄金が噴出する炎に溶け、辛うじて僕の形を保ち、剣を伝う。

 僕の身体、左腕、そして鏡面の剣が溶けた金で繋がる。


「そうか……」


 僕は悟る。くじらも僕らと一緒に、もう逝きたいんだと。造り物でも、もう作った誰かが居ないなら、ずっと独りで寂しかったのかもしれない。

 くじらは、小刻みに泣いている。


「ねぇ、くじら。さっきはお前なんて言ってごめんね? 手伝ってくれるんだね。僕らと一緒に逝こう」


 僕の着火チカラは、自分と同じ性質の物に着火し、爆発させる。

 

 自分を奮い立たせ、剣をくじらに突き立てる。僕とくじらを一つに。そして丸ごと、花火に変えるんだ。



「後はよろしくね、親友」



 ――……目の前が真っ白に染まる。







 ……あれ? 星がある。


 目の前に広がるのは、星空だった。

 その視界は片方は完全に潰れているみたいに真っ暗だった。もう半分も霞んで見えづらい。けれど星空のその先に、朝との境界線が見えた。

 どうやら空中に投げ出されているみたいだった。

 黄金の砂も舞っていて、飛んでいるのか、砂に流されているのか、落ちているのか、よく分からない。


 まぁいいや、もう疲れたし。

 君ともう眠ろう。

 そう思って、剣を握っていた手をかざすと、そこに手はなかった。


 ……それは困るなぁ。

 ぼんやりした頭で君を探すけど、身体はもう動かなかった。


「ピノ、ここ」


 ハッキリとそう聞こえて、視線を向けると。

 ここにいる。そう君はキラキラと輝いて、隣で笑っていた。

 

「ふふ、ありがとうテレジー」


 僕は君が大好きだ。

 そう想い、僕は君を抱きしめて目を閉じた。




 

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