3-2
アリアに連れられてレストランに入るや否や、彼女に勧められるがままにランチセットを注文した。
『物質界お料理百科事典』である程度料理についての知識はあるつもりだが、知識としては知っていても味覚としては知らないものの方が圧倒的に多い。
レシピは覚えているのでバリエーションはそこそこあるのが、果たしてその味が本物と同じかどうかの確証はなかった。
そういった意味で、こうして外食をすることで味を確かめたり、自分の料理の改善点を見つけられるのは大きい。エルディは何を作っても美味しいと褒めてくれるが、彼が単に気を遣っているだけではないかとも感じてしまう。
ちなみに、アリアのお勧めで選んだメニューは『樵のためのパスタセット』だ。山で働く樵たちが好む山菜やキノコを活用した特製ソースで和えたパスタで、薄味ながらも深い味わいを提供する。その名の通り、山の恵みをふんだんに取り入れた料理で、ティアにとって新たな味覚の発見となった。
(美味しい……! このソースはどうやって作られているのでしょう?)
初めて味わう味覚に、自然と気分が高揚する。この特製ソースは『物質界お料理百科事典』には載っていなかった。おそらくシェフのオリジナルなのだろう。何が使われているのかじっくりと舌で味わいながら食していく。
「それで、相談って?」
食べるのに一生懸命になっていると、アリアが口元をナプキンで拭って訊いてきた。
そうだった。食べることが目的なのではなく、相談が目的だったのだ。ティアも口元をナプキンで拭ってから、内緒話をするように声を潜めた。
「実は、エルディ様に何か贈り物をしたいなと思いまして……」
「まあ、あらあらあら!」
まだ話を切り出しただけなのに、何故かアリアが顔を輝かせた。
これが、ティアが市場の前で延々と悩んでいたことである。買い方云々で緊張してしまっていたのもあるが、そもそもどのお店に入ればいいのかすらわからず、立往生してしまっていたのである。
天界を追放されて辛かったのは、本当に最初だけだった。すぐにエルディと出会えて、物質界での生活を教えてもらえて、何不自由なく暮らせている。それどころか、落ち着いて眠れる自分の家も購入してくれたのだ。
聞いたところ、冒険者という職で持ち家を買うことはかなり珍しいという。彼が家を買うという決断に至ったのは、間違いなくティアにあるだろう。彼が何かしら依頼を受けて奔走しているのは、この家を買うためにギルドから受けた融資が理由だ。しかし、彼はそこに関する文句は一切言わない。
こうして、エルディには世話になりっぱなしなのであるが、その礼もまだできていない。言葉では感謝を伝えているけれど、それだけでなく、気持ちをしっかりと形にしたかった。
しかし、何を贈れば良いのかがさっぱりわからない。エルディは特段物欲もなさそうであるし、何か拘りがあるようにも見えないし、嗜好品もあるようには見えなかった。ティアもティアで、もちろん贈り物をした経験などない。どういったものが贈り物として適切で、何が不適切なのかという感覚もまだ何となくしかないのだ。
「何を贈ったらエルディ様は喜んでもらえるのでしょうか……?」
予算に関しては、少しだけ与えられている。というか、エルディが持たせてくれた。〝ユイマール〟でアルバイトを始め、冒険者の依頼以外にも自分で稼いでいるのだから持っておくべきだ、というのが彼の主張だった。
ティアからすれば、ただ頼まれたというのもあるけれど、単純に家に入れるお金が増えたらエルディに楽をさせてあげられるのではないかと思っただけのことだったので、お金を与えられても使い道がない。せいぜい良い食材で美味しいご飯を作ることくらいしか思いつかないが、それだといつもと変わらない気がしてならない。
「贈り物をした経験がなくて……何を贈れば喜んで頂けるのか、見当もつきません」
ティアは溜め息を堪えて、眉尻を下げた。
「ほうほう、なるほどねー。まあ、エルディくんは物欲ある方でもないだろうし、ティアちゃんからプレゼントされたら何でも喜びそうなものだけど……どうせなら、エルディくんが普段使いできるものが良いんじゃない?」
「普段使いですか。剣……とかでしょうか?」
エルディが普段使いできるものを思い浮かべてみると、真っ先に浮かんできたのが剣だった。だが、剣は最近新調していたので、すぐに新しいものを贈っても迷惑ではないだろうか。それに、剣の良し悪しなどティアにはわからない。
「さすがに剣は……それよりも、ティアちゃんの手作りのものをプレゼントした方が喜ばれるんじゃない?」
「手作り、ですか……」
それも、考えなかったことはない。だが、エルディが喜ぶものがわからない。それに、手作りのものを渡すよりも専門家が作ったものの方が喜ばれるのではないだろうか、とも。
できれば、エルディが喜ぶものを贈りたかった。天界を追放されてから今日に至るまで、嬉しいことばかりなのだから。
そう伝えると、アリアは笑みを深くして何度も頷いた。
「ティアちゃんってば、ほんとに良い子ねえ! うちにお持ち帰りしたいくらいだわ」
「お、お持ち帰り……?」
それは困る。家のことができなくなってしまうし、ブラウニーのご飯も作らないといけない。
ティアの困惑をよそに、アリアは続けた。
「大丈夫よ。エルディくんはそんなこと思わないわ。ティアちゃんが作ったものなら、何だって喜んでくれると思う」
「そうでしょうか……?」
「うん、そうよ! 彼、結構単純だと思うし」
力強く肯定されると、これで良いのだと不思議と自信が持ててくる。少なくとも、アリアはティアよりもエルディとの付き合いが長い。その彼女がそう言うのだから、間違いないだろう。
「あ、そうだ。ご飯食べたら手芸屋さんでも行って色々見に行ってみない? ティアちゃんに作れそうなものとかあるかもしだし!」
「はい! ありがとうございますっ」
こうして、ちゃんとした目的と指標が生まれた。やはり、ひとりで思い悩むのはよくないなと思わされた瞬間だった。
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