半人半骨

「あれれ、刑事さん。服どうしたの?」


 汚れるのが嫌いな剣崎の血に濡れた姿に狂は笑う。すると、珍しく剣崎が愉しげに口開く。


「お前が人体骨格見せつけるから感化されて、俺なりの美学で作ってみたが実に爽快だ」


 悪役らしい笑みを浮かべ、血に染まった医療用のメスをワイシャツのポケットから取り出す。


「いつもは首の神経を針で刺しで殺して飾ってるが刃物で好きなように切り裂き、くり貫くのも悪くない」


 人が変わったようなうっとりした口調。愛しそうに真っ赤に染まったメスに反射して映る自分の姿に見とれている剣崎に狂は「刑事さん、ナルシーなの」と空気を読まない言葉。


「は?」


 心ない言葉に正気を取り戻したか我に返る。


「(咳払いして)お前が血で汚れる意味が分からなかったが、人を好みの姿にするに辺り傷付けるのは仕方がないと思っただけだ。

 半分骨、半分人にしたらどうなるのか気になってな。お前が遊んでる間にメスで丁寧に皮膚を剥ぎ、内蔵を取り出し、ちょうど真ん中で半分になるよう神経使ったわけだ。少しぐらいおかしくなっても良いだろ」


 肝臓か。胸か。良く分からないが真っ赤な固まりを勢い良く投げられ受け止める。ヌチャリとした感覚が気持ち良く人体骨格を落とし抱き締める。


 ――脳みそだー―


 グロテスクで嫌われそうなケイトウの花のようなかわいさ故、優しく床に置くとハッと嗤うよう踏み潰す。無抵抗で拐わない、脳みそを何度も踏みつけ「キモチイイ」と地を這う蟻のようにイジメる。


 見かねた剣崎はダンダンダンッと不機嫌な足取りで階段を上がり、ん? と血に濡れたブーツでやや滑りながらも追い掛けると地下室ほどではないが血が床を汚し、見かねて水を撒き散らしたのだろう。掃除したさに水浸し。


 だが、作業台を支えに薄汚れた椅子には――。


 剣崎の好みらしき黒いウェディングドレスに身を包んだ半人半骨の美しき女性。右半分はそのまま、左半分は皮膚も臓器もない真っ白な綺麗な骨。狂が取り出した人体骨格よりも”美しい“仕上がりで不快感は一切ない。



 まるで死人を人形のように扱う感覚。



「綺麗だろ」


「綺麗だけど服のセンスには引く」


「俺の服のセンスが悪いと? 着せたいものを着せて何が悪い」


 地雷を踏んだか。怒りを売るような言葉にキッと剣崎は狂を睨む。


「だって、真面目な刑事さんがウェディングドレスとか持ってるのおかしいじゃん。もしかして、刑事さん……女装とか好きなの? やだ、変態」


 誰が変態だ、足を蹴られそうになりピョンッと跳ねる。


「嫁を殺してから俺がやりたいように死体に服を着せるのがクセでな。ある意味自己満足。この死体ならこれをすればもっと魅力的に――て感じだ。だから、仕立てて・・・・着させてる。お前には分からないだろうが」


「え、仕立てて――(肩を震わせ)男なのに」


「笑ってろ」



 “美学とはいえ殺しの美学は様々”。

 そう言いたいのだろう。



 刑事さんらしい、と狂は無意識に余ったモノに手を伸ばす。


 丁寧に剥いだ皮膚にこびりついた肉をナイフの背で削ぎ落とし、グチュグチュになった肉を手に取りヌチャリとスライムのような不快な音を楽しむよう握り遊ぶ。落ちてた目玉に針を刺し、パーカーに入れていた眼球二つも刺すや団子・・


「オレは此方だなぁ。残酷こそ芸術・・・・・・


 自然と始まる美学の見せ合い。


美しさこそ芸術・・・・・・・。やはり真逆だな」


 材料は同じとはいえ作品の完成形は別もの。競ってる訳ではないが、お互い共感したくても出来ない苦しさ半分。互いの感性に刺激を受ける。

 場が白け、やや邪悪な雰囲気だった剣崎の表情が変わる。自分の手を見つめ、思い詰めるように見ると美学を発する堂々たる態度はなく。


 何かから逃げたい。逃れたい――、と。

 血に染まった手を握る。


「話しは終わりか、そろそろ――」


 の言葉に”良い人“と察した狂。素早く両手を上げ降参するもからかうよう言う。


「あ、オレ一人殺ったけど。もう一人は刑事さんが殺してるからお互い様だと思いまーす。っても、本当は自覚あるんじゃないですかね、剣崎刑事」


 ニカッと思い詰める剣崎に狂は嗤う。その言葉に対して返答はなく。静寂を切り裂くよう続けて――。


「剣崎刑事は裏ではオレの雇い主で契約者なんだから少しは素直になっても良いんじゃない?」


「は? なんだ突然、誰がお前みたいな罪人と」


 遠回しだが狂はこう言いたい。

 なんなら仲良くしませんか、と。


 ソッと差し出したその手にガチャリ、と手錠が掛かった。

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