最終話 楽々と沙羅の実家 帰宅編。

「律、ほらみてみて! ここにも魚がいるよー」

「おお、すげえな……」

「ここも凄いですよ。ほら、お魚の家族さんですかね」


 翌日、朝早くから連れて行きたいところがあると言われ、山の中にある川に来ていた。

 二人は水着の上からジャケットを羽織っている。少し透けているので、赤と黒の水着が見え隠れしていた。


 ……取ってくれないだろうか、なんて邪なことが頭に過る。


「しかし本当に良い所だな。川は綺麗で、緑は溢れてて、涼しいし」


 避暑地とはよくいったものだ。太陽が降り注いでるのにもかかわらず、体感気温は低い。

 足首まで川に浸っているので、そのおかげで涼しいかもしれないが。


「でしょー? 田舎、好きになったでしょ?」

「ああ、今ならハッキリと田舎派だと胸を張って言えるよ。けど、ちょっと広すぎないか?」

「このあたりはもう庭だから、迷わないよー」

「楽々の言う通り、私もだいじょうぶですね。猪が出るポイントもわかりますし、蛇がいるので、そのあたりは注意しないといけないですが」


 意外と野性味あふれる二人に関心しつつ魚を眺めていると、水の流れで体勢を崩して倒れてしまう。

 思い切りびちゃびちゃになったのだが、楽々と沙羅は俺を見て嬉しそうに笑った。


「ふふふ、律はバランス感覚がなってないなあ」

「体幹を鍛えるのには、まずは毎日のランニングからですね。帰ったら一緒にしましょうか」


 いたずらっぽく笑う二人を巻き込もうと、ゆっくりと近づき、水を思い切りかけた。

 きゃああ、と叫ぶが、その顔は笑顔だ。


 だが次第にヒートアップ、三人ともびちょびちょになった。


「あははっ、ずぶ濡れだー」


 楽々の服が透けて、水着が下着のように見えている。なんだか余計に……エロい。


「ふふ、乾かしましょうかー」

 

 もちろん沙羅もだ。見えているより、見えないほうが……くるな。


 そんな俺の視線に気づいたのか、楽々が「あー見てるー!」とからかってきた。

 でも今回は見ていたので、反省……。


 ◇

 

「どうぞ律くん、咲さんが作ってくれました」


 沙羅がそういいながら、サンドイッチを用意してくれた。冷たいお茶も持ってきてくれており、山の中なのに至れり尽くせりだ。

 具はハム、卵、なんとカツまで。朝から揚げ物なんて大変だろうに。


「美味しいねえ、美味しいねえ」

「楽々、口から零れてますよ」

「ふえええ?」


 実家に戻ってからの二人はいつもより幼く見える。楽々が子供っぽくなっている気がするし、沙羅もしっかりはしているが、いつもより気を許しているようにも思える。


「それにしても本当にここは最高だ。いっそのこと永住したくなる」

「そうだよねえ、そうだよねえ!? もういっそ卒業したらこっちに住んじゃう?」

「落ち着いたらありですよね。今どきどこでもパソコンさえあれば仕事できますし」


 そんなことを話し合いながら、サンドイッチを食べ終えた。


 お腹いっぱいになったので、目を瞑って川べりで大の字になる。せせらぎの音と山の匂いが心地よい。


「あ、ずるいー! 私もっ」

「うふふ、では私もです」


 気づけば三人とも青空を見上げていた。


 数分間の沈黙が続いた後、上半身を起こして川を見つめながら、初めて会った時のことを思い出す。


「あの時、楽々と沙羅がいなくなって凄く悲しかった。ずっと、ずっと会いたいと思ってた。だけど、今こうして一緒に遊んで、思い出を新しく作って……。言葉で言い表せないほど、感謝してる」


 心の底からの本音だった。高校デビューを失敗して、どん底に陥りそうだった俺を二人が助けてくれたのだ。

 大袈裟じゃなくて、本当に。


 それを聞いた楽々が、ゆっくりと口を開く。


「私も……いや、私たちもだよ。両親が亡くなってからずっと落ち込んでたけど、叔父さんたちに助けてもらってたけど、辛かったときは、律のことを思い出してた」

「はい、律くんとの思い出は、本当に心の支えでした。それに、私と楽々のことを一度も間違えないのは、律くんだけですしね」


 二人が返してくれた言葉が嬉しかった。


 そもそも俺としては間違えるわけがないのだが、楽々と沙羅にとってはよくあることなのだ。

 挙句の果てには、楽々に好きだと告白した男性が、沙羅と間違えていた、なんてこともあったらしい。もちろん、その逆も。


 そんなことがあったら嫌になるのもうなずける。


「実はさ、私たち結構仲悪いときもあったんだよね」

「え? 楽々と沙羅が?」


 意外すぎる事実だった。


「あいりましたね。そのときは全く会話をしませんでした。顔は似ているけど、全然違うってお互いにわかってるからこそ、なんだか複雑な気持ちがあったんです。その時は、叔父さんたちにも迷惑をかけてしまって……」


 切ない沙羅の声で、心臓がきゅっとなる。

 今でこそ仲良しな二人だが、俺の知らない過去もあったんだと。


 それから二人の顔を、交互に見つめた。


「俺は絶対間違えない。楽々と沙羅は似ている、けど、全然違うからね」


 すると笑顔で、二人が俺の両腕を掴んできた。むぎゅっと挟まれて、恥ずかしくなってしまう。


「……もう、律は女たらしだなあ」

「はい、ほんと天然のたらしです、ずるいです」

「え、ええ……!? ただ事実を言っただけなんだけど……」


 そして楽々が過去の誓いを口にした。


「そういえば、三人で結婚するのってどうしたらいいのかな?」

「日本で一夫多妻は認められていないので、海外に渡航するしかないですね」

「ちょ、ちょっと何言ってんだよ!? あれは冗談だっただろ?」

「えー約束守ってくれないの? 律は嘘つきなの?」

「いや、そうじゃなくてさ!?」

「嘘つきはだめです。それか、婚約はせずにここで3人で暮らしてもいいかもしれないですね」

「ありありー! それなら誰にも何も言われないしね」


 真剣ガチなのか冗談なのか、二人の表情から汲み取れなかった。


 ただ……ただ誤解を恐れずに言うのならば――そんな未来があれば、俺もいいなと思ったのは事実。


「沙羅殿、律が鼻の下を伸ばしているぞ」

「むむ、もしかしてえっちなことを考えてました?」

「考えてません……」

「おやおや、なんだか頬が赤い気がするでござる」

「むむむ、確かにそんな気がするね」


 まったく、二人には敵わないや。


 ◇


 最終日、三郎さんとも咲さんとも随分と仲良くなったが、お別れの時がきた。

 二泊三日とは思えないほど、沢山の思い出が出来た。


 と、思っていたら楽々と沙羅が泣きはじめる。


「うぅ……寂しいよう」

「……寂しいです」

「あらら、楽々ちゃん、沙羅ちゃん、いつでも会えるからねえ」


 笑顔で二人の頭を撫でる咲さんは、本当のお母さんのようだった。

 いや、お母さんだ。


 それを笑顔で見ていた三郎さんが、俺に手を伸ばす。


「律君、二人を頼んだよ。本当に来てくれてありがとう。またおいで」

「はい、それに凄く楽しかったです。また絶対来ます」


 三郎さんと握手を交わし、咲さんにもお別れを言った。


「料理、全部美味しかったです。ありがとうございました」

「いえいえ、それじゃあ気を付けてね」


「ぐすん……またね!」

「寂しいですが、また帰ってきます」


 その時、咲さんが近づいてきて、俺の耳元で囁く。


「私は三人で結婚してもいいと思ってますよ」


 ニコッと笑っているが、どうやってその話を知ったのかさすがに聞けなかった。

 地獄耳なのだろうか、真実はわからない……。


 うふふ、うふふ笑う咲さんの声が、頭の中で少しの木霊していた。


 ◇


 無事に空港に辿り着き、楽々と沙羅がお土産を買いたいといって離れていった。

 俺も両親に何か買っておこうかといくつかチョイス。


 無難な食べ物に、使い勝手のわからないキーホルダー。

 

 海外にいるから郵送したら喜ぶだろう。……たぶん。



 離陸直前、二人が慌てて戻って来る。


「危ない……間に合わないかと思いました。」

「沙羅が最後の最後で悩んでるからだよー」


 離陸してからも二人は和気あいあいとしゃべっていたが、俺はすぐに気づいていた。


「律くん、どうしたんですか? 意味深な顔をしていますが」

「そうだね、なんだか笑ってない?」


「……口調を変えたところでバレバレ。楽々が敬語で話して、沙羅がタメ口で話してるだろ」


 そう、二人は空港で離れて戻ってきてから、ずっと口調を変えていたのだ。

 当然、すぐに気づく。


「ふふふ、さすがだー! ねえ、どうしてわかったの!? 絶対バレないと思ったのに!」

「驚きました……やっぱり律くんは凄いですね。って、すみません。楽々がやってみたいというので、私もちょっとその……気になってしまって……」


 どうやら俺が絶対間違えないよと言ったのが嬉しかったのだろう。


「全然違うよ。声も表情も」

「えー、そうなの? 私だって沙羅の顔見てたら、鏡見てるのかなって思うときあるのに」

「そうですね、たまに写真を見ていると私ですら楽々なのかどっちかわからないときありますからね」


 だが俺は首を振る。


「楽々のことも、沙羅のことも、好きだからね。間違えるわけがないよ」


 気づけば口から本音が籠れ出てしまっていた。

 その瞬間ハッとなってしまう。


「あ、いや、その!?」

「……もう、律はほんと……格好いいんだから……。――私も好きだよ」

「本当に……素敵なこといいますよね。ズルいです。――私も好きです」


 3人で告白しあうみたいな形になってしまい、顔真っ赤にする。


 窓を眺めると、青空と白い雲が流れていた。


 明日からまた学校だ。変わらない日常がはじまる。


 いや――幸せで、変わらない日常か。


「律、今日はうちに泊まらない? ずっといたから、離れるのが寂しいな」

「……賛成です。律くん、私が腕によりをかけてご馳走を作りますよ」


 伺うように目で確認する楽々と沙羅。俺は、笑顔で答えた。


「楽しみだ。じゃあ、帰りにスーパー寄って帰ろうか」



 俺は高校デビューに失敗してしまったが、幼い頃に結婚を誓った楽々と沙羅のおかげで、どうやらこれからも幸せな学園生活を送れそうだ。


 

 =======第一章完結=======

 沙羅と楽々、そして律の物語を楽しんで頂きありがとうございました。


 第2章のプロットはまだ練っていませんのが、時間が出来次第書きたいと思っているので、ブクマはそのままだとありがたいです。


 初めて双子姉妹を書いたのですが、姿は同じ、でも性格の違う二人を書いているのは凄く楽しかったです。

 たくさんのコメント、応援、星、フォローありがとうございました!

 また、サポータ―様限定で、SSをいくつか投稿する予定ではありますが、ここまで拝読していただき本当にありがとうございます。


 最後に、現在更新している作品とは別に、プロットをしっかりと練った作品を3月中に投稿予定です。

 内容としては『陰キャ主人公が、ひょんなことからクラスで一軍ギャルとタッグを組み、売れっ子VTuberになるためにプロデュースする』という物語になっています。

 投稿の際は近況ノートにも報告はさせていただきますが、楽しみにしていてもらえると嬉しいです。


 それでは、今作品を楽しんで頂き、誠にをありがとうございました。


 良ければ、フォロー&星を頂けると嬉しいです(^^)/

 


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