第二十一話 お泊り

「適当に寛いでもら――って、もうのんびりしてる!」


 普段はしないノリツッコミをしてしまう。

 それもそのはず、楽々と修は自宅に入って目を離した瞬間、ソファにごろと寝転がっていた。


「おおー、このソファふわふわだよー」

「てか、めちゃくちゃ広いな! 俺の部屋なんて二畳だぜ? うらやましいぜ!」


 そんな中、沙羅は大人な立ち振る舞いで、全員の鞄を端に移動させていた。

 同年齢とは思えないほどしっかりとしている。


「律くん、荷物はこのあたりに置いても大丈夫ですか?」

「ああ、ごめんね預かるよ」


 いつも以上に丁寧で、楽々との違いに毎回驚く。

 修もいるが、女の子が家に来るのは初めてなので、なんだかドキドキする。

 家は2LDKで、リビングには両親に買ってもらったベージュ色のソファと机と椅子が置いてあった。

 テレビの前には、個人的な趣味のゲームがいくつか並んでいた。

 それに気付いた修が、ソファから体を起こして嬉しそうに声をあげる。


「お、このゲームやりたかったんだよな!」

「修、勉強するためにきたから、ゲームは後だよ」

「えー! 私もしたいしたい! ねえ、ちょっとだけ! ねっ!?」


 しかし、楽々も看過されてたのか、二人して見つめてくる。

 最後には俺も熱意に負けてしまい、しぶしぶ了承する。それを見かねた沙羅が怒りはじめるが、楽々はちょっとだけー! と話を聞かずにゲームを起動した。


「もう……律くん、すみません」

「大丈夫y。でもまあ、みんなで家に来たらこうなるよね」

「そうかもしれないですね。そういえば、お父様とお母様はお仕事ですか? お断りを入れておきたいのですが」

「あれ、言ってなかったっけ? 海外赴任してるから、一人暮らししてるんだよ」

「え、そうなんですか!?」


 沙羅が駆け寄り、俺の手をぎゅっと握る。

 え、どういうこと!?


「都会で一人だなんて……。そんな……寂しいですよね」


 ああ、そうか……共感してくれたんだ。

 確かに一人でいるときは寂しいことが多い。誰もいない家に帰るときが嫌なときもある。


「ありがとう、沙羅。でも――」


 その後ろで、ゲームをしていたはずの楽々がジト目で睨んでいる。

 修はゲームに夢中だ。


「ほうほう、抜け目ないですなあ、いつのまにか仲良くしちゃってえ」


 しかし沙羅は気付いていないらしく、手を放さずじっと俺を見つめている。


「律くん、何かあったらいつでも言ってくださいね。すぐに駆け付けますから」

「あ、うん。ありがとうね」


 ええと、楽々が見てる、見てるよ! 今は言えないけど!


「ふーん、ふーん。駆けつけるねえ」


 ◇


「ふう……疲れたぜ……」


 ゲームを終え、四人で遅くまで勉強していた。

 沙羅が先生のようにテストの範囲内を教えてくれたので、俺も大助かりだ。


 とはいえ、楽々も頭が良い。同じようにコツみたいなのも伝えてくれたので、中間テストがグッと行ける気がしてきた。


「って、もうこんな時間か」


 気づけば夜遅く、流石に解散しようとなった。

 主要なところを終え、楽々と沙羅からわかりやすい範囲内を教えてもらったので、これからは修は一人でなんとか勉強するらしい。

 本当に大丈夫か? と思っていたが、九九はどうやら言えるようになっていた。


「まだ七の段が不安だけどな!」

「嘘か本当かわからないんだけど……」


 そうして修、楽々、沙羅が帰宅し、家にはいつものように一人だけ取り残された。


 なんだかいつもより虚無感がある。


 友達が来るとわかっていたなら、もっとお菓子とかジュースとか用意しておけばよかったな……。

 そんな後悔を抱きながらお風呂に入ろうと上を脱いだたら、ドアがガチャリと開く。


「え?」


 なぜか舞い戻って来た楽々と沙羅だった。


「律連絡したのにみてなかった? ごめん、忘れ――って!? ほうほう、意外にいい腹筋してるね……」

「り、りつくん!? ご、ごめんなさい!? 忘れ物してしまって!?」


 驚きつつもエア眼鏡をクイっとジェスチャーする楽々と、耳を真っ赤にして、紅潮させる沙羅。

 下まで脱いでなかったことが幸いだが、って、そんな冷静に考えている場合じゃない!?


「ご、ごめん!?」


 すぐに物陰に隠れる。二人はどうやら忘れ物をしたらしい。

 ごめんねー、と楽々が急いで何かをゲットし家を出ようとしたが、「あ……」「あら……」と二人が声を漏らす。


「どうしたの? 何かあった?」

「雨が……」

「これは大雨ですね……」

 

 ザアアアア、と豪雨が降ってきていた服を。再び着替えて玄関へ向かったが、傘を渡そうにも、あいにく壊れていることに気づく。


「凄いねこれ……タクシーとか呼ぶ?」

「うーん、距離が近いしもったいないよね。沙羅、はしろっか?」

「そうですね……そこまで遠くないですし、そうしましょうか」


 確かに距離は近いが、それでもビショビショになるほどの豪雨だ。

 とはいえタクシーを呼ぶほどではない距離なのもわかる。


「だったら……家でもう少し雨宿りしていけばどうかな? それに……えっと……両親が来たとき用に布団が二つあるから、あれだったら泊まっても……」


 流石にちょっと下心っぽいのかもしれない。けれども、中間テストも近いし、風邪も引いてほしくはない。

 嫌がるかな……と思っていたら、二人は笑顔を浮かべた。


「えーいいの!? 律、優しいねえ」

「はい。本当にいいんですか?」

「構わないよ。俺も何度か夕食をご馳走になってるくらいだしね、ちょうどお風呂に入ろうと思ってたし、良かったら先に入る?」


 わーい、と楽々は再び靴を脱ぐ。そして、沙羅も続く。


 豪雨は更に激しくなり、天気予報では朝まで降り続けるらしい。



『お風呂が、湧きました♪』


 シャワーだけ浴びようとしていたが、二人は湯に浸かりたいだろうと溜めていた。

 音声が鳴り響いて、楽々と沙羅に声をかける。


「後で入るから、先に入っても大丈夫だよ」

「ふふふ、律は優男だなあ。これはモテモテだ」

「はい、モテモテですね」


 前回のモテモテ事件を思い出すのでその単語は止めてほしかったが、ありがとうとだけ返しておく。


 二人がお風呂に入るのを見届けてから――気づく。


「そういえば……二人の着替え……どうしたらいいんだ?」




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