第十九話 変化

「あ、あの……千堂くん」

「はい?」

「これ食べてもらえませんか?」

「ク、クッキー?」


 美容室で髪を切った数日後、朝の登校中に見知らぬ女子生徒から声を掛けられた。

 聞けば隣のクラスらしく、覚えていないのも仕方ないが、一体どうしてだろう。


 それももの凄く可愛い子だ。

 髪はふわりと柔らかそうな黒髪で、少しちっちゃくて、恥ずかしそうに俯いている。


 なぜかわからないが、俺はありがたく頂いた。

 すると、その女子生徒は「ありがとうございます!」と、なぜかお礼を言って去って行く。


 一体なんだったんだろう。


 その時、背中を思い切り叩かれる。

 振り返ると、不満そうな顔をしていた修だった。


「おいりっちゃん! 今のはなんだ!」

「え、ええ!? いや、わからないけど……」

「それ、クッキーか?」

「ああ、たぶん」


 ふーん、とジロジロ俺の顔を見る。


「なんだなんだ! やっぱり格好いいは正義なのかよ!」

「恰好いい?」

「イメチェン大成功ってことだろ? 女子はその辺鋭いからなあ。りっちゃんは性格も良いし、それが突然格好よくなったら騒ぐのも無理はないぜ」

「は、はあ……」


 髪型を変えたのが良かったのか、確かに褒められることが多くなっていた。

 とはいえ疑心暗鬼。今までそんなことはなかったので、嬉しさより怖さが勝つ。


 突然無下にされたりしたらショックだなと、今までのことが蘇る。


 そもそも修のほうが恰好いい。野球部ってことで髪の毛はあんまりないけど、目鼻立ちなんてしっかりしている。

 性格も良いし、とってもいい奴だ。


「まあでも気を付けろよ。後ろから刺されないようにな」

「刺される?」


 修が、ほらよっと首を振りながら視線を横に向けた。

 なんだろうと視線を合わせると、怪訝な目で見ている二人がいた。


 楽々と、沙羅だ。


 俺の視線に気づいたあと、小走りで駆け寄って来る。

 楽々が、特に不機嫌そうな顔をしていた。


「あらあら、モテモテだねえ律」

「え、ええ!? なんでそんな顔してるの?」

「モテモテだねえ、律」

「ええと、聞いてる?」

「モッテモテだねえ、モテッテモテモテモテモテ」


 なぜか今は話が通じない。申し訳ないが少し時間を置こう。

 次に沙羅に声を掛ける。


「おはよう沙羅」

「おはようございます。律くん」


 良かった。どうやら沙羅はいつもと同じだ。

 変わららない笑顔で、接してくれ――あれ? なんだか、頬がぷるぷるしてる?


「律くん、クッキーもらったんですか?」

「あ、そうなんだ。なんて言ったらいいのかわからないけど、ありがたいよね」

「そうですね。羨ましいですね。美味しそうですし、食べ過ぎないようにしてくださいね。モテモテの人は困るでしょうから」

「あ、え、あ、はい」

「モテモテモテモテモテモテモテモテ」


 楽々は呪文のように繰り返している。


 い、いったいなんなんだ!?


「はあ……ずりぃぜりっちゃん……」


 後ろでなぜか溜息を吐く修の声が、いつもより頭に響いた。


 ◇


 教室へ行くと、声を掛けられる回数が増えた。


 男子も、女子も、いつもと変わらないはずなのに好意的に思ってくれていることがわかる。


 当然ここまでくればいくら鈍感な俺でもわかる。

 イメチェンが成功して、前より良いと思ってくれているのだろう。


 ただ少し困惑するけれど……。


 お昼休み、久しぶりに四人で学食を食べていると、二人の機嫌? が少し治っていた。

 楽々はいつものように沙羅のお弁当を食べてルンルンだ。


「やっぱり沙羅のお弁当は最高だにゃー」

「今日こそ一口くれよ」

「ダメ、修はうどんが好きじゃん」

「好きだけどそれとこれは別だろ。うどんはうどんだし」

「うどんがメインで沙羅のお弁当がおかずになるわけでしょ? そんな悲しいこと認められないよ」


 楽々と修のよくわからない押し問答は、今にはじまったことじゃない。

 ちなみに修はうどんが大好きで、毎昼食べている。朝も食べてるらしく、夜も食べてるらしい。

 というのも、実家がうどん屋さんだからだ。

 普通は飽きるような気がするけど、何度食べても感動を味わえるらしい。

 親孝行にもなっている気がする。


 いつものうどん押し問答が終わり、二人に話し掛ける。


「今日も美味しそうだし、俺も一口食べたいな」

「クッキーは食べたんですか?」

「クッキークッキークッキークッキー」


 あ、どうやら、まだ治ってないらしい……。


 ◇


 楽々――side。


「流石に困らせすぎちゃったかな? ちょっと……いいすぎたよね」


 放課後、沙羅と二人で反省会をしていた。

 今朝の出来事でやきもちを焼きてしまい、律に八つ当たりをしてしまった。


 同じく沙羅も落ち込んでいる。


「はい……そうですね。律くんが恰好いいことを私たちは知っていましたし、もちろん性格だって良いことも。それが他の人も気づいたからって当たるのはよくないですね」


 素直に謝ろう、そう思い律を探したが、どこにもいなかった。

 明日、もしくは電話で話そうと沙羅と合意し、教室を出る。


「あ、楽々。ちょっとお花だけ見てもいいですか?」

「いいよー!」


 お花とは、校舎の裏で沙羅が育てている花壇だ。

 あまり手入れされていないことに気づき、朝と昼、夜に水を上げている。


 いつもの角を曲がった瞬間、目の前に飛び込んできた二人に気づき、思わず沙羅を掴んだ。


「楽々!? どうした――むぐぐ」

「し、しずかに!」


 花壇の前に、律と今朝の女子生徒が立っていた。

 沙羅もそれに気付いて、思わず二人で覗き込む。


 ◇


 沙羅――side。


 驚きました。まさかこの場面……告白でしょうか?

 どちらから声を……かけたんでしょう……。


 見てはいけないとわかっていますが、気になって仕方がありません。

 ごめんなさい。


 すると、女子生徒が口を開きました。


「千堂くん、クッキー美味しかった?」

「ああ、うん。美味しかったよ。ありがとう」


 お互いに頬を赤らめて、とても照れています。

 なんだか凄くお似合いだと思いました。


 でも、心の奥からなぜか湧き上がる何かに、締め付けられます。


「それでね、呼び出したのには訳があるんだけど……」

 

 そうして女子生徒は、ゆっくりと話はじめました。

 どうやら初めて会った時から、律くんのことが気になっていたらしいです。

 きっかけは髪型が変わったことではなく、重たい荷物を律くんが持ってくれて、優しく声をかけてくれたことだと。


 正直、私は反省しました。


 見た目が変わったから律くんのことが気になったんだろうと、不満を抱えていたのです。

 違いました。彼女だって、私たちと同じで律くんの本当の良さをわかっていた。


 それなのに……。それは、楽々の表情を見てもわかりました。


 そして、女子生徒は――。


「千堂くん、良かったら私と付き合ってもらえませんか?」


 頬を赤らめ、体を震わせて言いました。

 凄く可愛らしい女の子です。私なんかより、全然……。

 こんな場面見てはいけない、駄目だと離れようとしました、けれども次の瞬間、律くんが言いました。


「……ごめんなさい。気持ちは凄く嬉しい。本当に嬉しい。だけど……ずっと気になってる人がいるんだ」

「それって……好きな人ってことですか?」

「……わからない。だけど、そうかもしれない」

「そう……ですか。わかりました。ハッキリ言ってくれてありがとうございました。でも私、まだ好きなので」


 そう言って、律くんは断りました。

 それから女子生徒は走り去るように消え去り、私と楽々は申し訳なくなって校門で待っていました。

 ほどなくして現れた律くんに事情を説明し、二人で謝罪すると、律くんは大丈夫だよと笑顔で許してくれました。


「ごめんなさい」

「ごめんなさい、律くん」


「大丈夫だよ。偶然だしね」


 いつもと変わらない笑顔、いつも優しい。けれども、気になっている人というのが凄く引っかかりました。

 好きな人がいたんだ、と心臓がきゅっとなりました。


「じゃあ、帰ろっか?」

「うん……」

「あ、あの! いや、何も……」


 思わず訊ねようとしましたが、思いとどまります。

 更に失礼を重ねるところでした。ありえません……。


 そんな私の気持ちを汲んでくれたのか、それとも察してくれたのか、律くんは驚きべきことを言ってくれました。

 頬を掻いて、恥ずかしそうに。


「ええと、聞こえたから伝えておこうと思うんだけど、気になる人ってのは……その……楽々と沙羅のことなんだ。これからも三人で出かけたりしたいし、もし遊べなくなったら凄くいやだから……なんかこれって偉そうだよね? 気に障ったらごめん……」


 その瞬間、私は最低かもしれませんが嬉しくなってしまいました。

 楽々も同じで、顔がぱあっと明るくなります。


「ふふふ、律はモテモテだなあ」

「え、どういうこと!?」

「はい、律くんはモテモテです!」



 ずっとこの時間が続けばいいな。



 






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