第三話 幸せな学校生活のはじまり

「え、え、ええ!?」

 

 困惑する俺を見て、二人が突然笑い出す。

 楽々だけではなく、静かな沙羅さんまで。


「あはは! 今も本気で思ってるわけじゃないよー! 懐かしいねって」

「ふふふ、律さんって面白いですね」


 からかわないでくれよ、と思ったが、一瞬だけ間に受けてしまった自分が悪いだろうと苦笑いで返す。

 けど、楽々と沙羅はごめんねとちゃんと謝ってくれた。思い出の中にある通り、二人は優しい心のままらしい。


 同時に、ずっと疑問に抱いていたことが頭に浮かぶ。


 あの夏、どうして何もいわずに姿を消したのか――と。


「そういえば、律に言いたかったんだけど」


 だが楽々も、沙羅も、その事を話してくれた――。




「そうだったんだ。それは仕方ないよ」


 沙羅と楽々は、あの夏、不幸な事故があったらしい。

 両親が、亡くなったのだ。


 お葬式、通夜を経て、親戚の田舎の家に預けられたとのことだった。


 疑問が解消したと同時に、凄く悲しかった。

 そんな辛いことがあったというのに、俺は何も知らなかったからだ。


 ただ、田舎は随分と二人の肌に合っていたらしい。

 親戚の叔父と叔母も優しかったらしく、伸び伸びと暮らしたとのことだった。


 高校は学力を考慮して進学したかったので、都会に戻って来て、俺と再会。

 まさに奇跡だ。


「ずっと心残りだったんです。律くんと別れたことが」

「そうだよね。ずっと二人で律の話してたし」


 沙羅と楽々がそう言ってくれた。

 素直に覚えてくれていたことが何よりも嬉しい。

 俺は早い青春の宝物として大切に保管していたが、まさか二人もだったとは。


 昔話に花が咲き、気づけば道端で話していたにもかかわらず、夜遅くなっていた。

 明日も学校なので帰宅しようとなったが、去り際、嬉しい事を言ってくれた。


「じゃあね律、明日から学校でもよろしくね。また三人で遊ぼう」

「律くん、おやすみなさい。私も楽々と同じで、また遊びたいです」


「ああ。もちろん。俺も楽しみだよ。おやすみ。またね」


 こうして俺の高校デビュー初日は、三振空振りだったが、最終的に逆転満塁ホームランとなった。


 ◇


相崎あいざき姉妹がヤバイ、とにかくヤバイ、いいからヤバイ」


 翌日の朝、登校中に大勢が口をそろえて言っていた。もちろん、良い意味で。

 上級生も、同級生も同じように。ヤバイヤバイヤバイと。


「皆さん、おっはよー!」

「楽々ちゃん、おはよー!」

「カラオケの途中でどうして消えたの?」

「えへへ、ひっみつー!」


 後から教室に入って来た楽々が元気よく挨拶する。皆も嬉しそうだ。

 沙羅も続いて現れて同じように挨拶をするが、丁寧だからこそ返答も丁寧になっている。

 タイプが違うのが、また不思議だ。


 明るく親しみやすい妹の沙羅と、丁寧で所作の美しい沙羅。

 

 うん、これはヤバイな。とにかくヤバイ。


「律、おっはよー!」

「律くん、おはようございます」

「あ、え、お、おはよう」


 当たり前のように挨拶をされ、ドキドキしながら答える。

 昨日はだったので昔のように話せたが、今は違う。


 周囲の目もあるし、嫌われないかとドキドキしていた。

 すると、隣にいた男が声を掛けてきた。


 確か……自己紹介で名乗っていた名前は、林道修りんどうしゅう

 カラオケに真っ先に行こうと叫んでいた陽キャ。いや、この分け隔ては止めよう。


「よっ! えーと、千堂? 律? 律くん?」

「な、何でもいいよ」

「じゃあ、りっちゃんにしよう! 俺も好きに呼んでくれよ!」


 明るい物言いに、思わず頬が緩む。

 短髪で、野球部のような風貌だが、人当たりが良いのがすぐわかった。


「じゃあ、修。で」

「おう! これからよろしくな!」


 隣同士になったのが修で良かった。すぐにそう思えるほど彼は明るかった。

 修は、都内生まれでこの近くに住んでいるらしい。

 で、野球が好きだった。


 雑談を終えたあと、相崎姉妹――もとい沙羅と楽々とどうして知り合いなんだ? と訊ねてきた。

 幼い頃に遊んだことがあると答えると、「くー! ラノベの主人公じゃねえか!」と、思っていたより数倍オタクっぽい返しが来た。

 

 どうやら、アニメも野球も好きらしい。

 完璧超人修――彼を密かにそう呼びことにした。


 HRが始まる頃、俺たちはすっかり友達になっていた。


 この学校で初めての男友達、嬉しかった。


 沙羅と楽々とも話したいとも思っていたが、休憩時間が来ると、彼女らはすぐに囲まれる。

 果ては廊下に噂を駆け付けた上級生まで現れる始末。

 当然、二人を守る守護騎士ガーディアンフォースのような女子生徒まで出現した。


 大変だな、と思いつつ、昼休みの鐘がなる。

 既に友達が出来ているグループは、大勢で移動し始めた。

 すると、修が声をかけてくれた。


「りっちゃん、飯は?」

「ああ、学食で何か食べようかなと思ってるんだけど」


 俺は高校生だが、一人暮らしをしている。なので、弁当持参はない。

 そして、修が学食に行こうぜと誘ってくれた。

 ぼっち卒業! と密かにガッツポーズした。


 購買――というか、学食室は思っている以上に広かった。

 上級生たちは既に券売機に殺到しているのを見て、経験値を感じた。


「思ってたよりすっげえな、どうする?」

「パンだけならすぐに買えそうかも。時間ももったいないからどうかな」

 

 そうしようぜ! と修が同意。元気だなと思いつつ、パンを購入して席を探していたら、声を掛けられる。


「律ー!」


 その声の主は、楽々だった。周囲の注目が当然集まる。


「あれ……友達? 彼氏?」

「いや、いきなりそれはないだろ……」

「でも、呼び捨てだよ?」


 少し不穏な目だが、気にしないで置こう……。沙羅も隣に立っていた。

 二人は可愛く、とことこと歩いてくる。


「ねえ、一緒にご飯食べよ―よ。えーと……」

林道修りんどうしゅうだ。覚えてなくてもいいぜ、俺たちは初対面に近いもんな。だが、相崎姉妹、俺は君たちのこと、もちろんわかってるぜ!」

「宜しくお願いします。沙羅です」

「楽々でーす」


 修の元気なサムズアップは軽くスロー。悲しいが、これはこれで面白い。

 ていうか、一緒にご飯!?


「お、あそこ空いてるぜ」


 超人修はドキドキなんてしてなさそうだった。女の子に慣れているんだろうか。

 二人は持参した弁当を持っていた。

 

 ていうか、周りの目がやっぱり凄い。

 俺大丈夫? すっごい一人だけ浮いてないかな。


「すげえ、めちゃくちゃ美味しそう!」


 沙羅と楽々が同時に弁当箱を開く。とても煌びやかな色で、どれも美味しそうだった。

 修が叫んだ通り、語彙力が足りなくなるほどの輝き。

 

 ふわふわの卵焼き、タコさんウインナー、ミニハンバーグ、ミニパスタ。

 とはいえ、白米の量は女子サイズで可愛い。更に同時に弁当をつまむ姿が可愛くて、思わず頬が緩む。


「天使だ、天使がご飯を食べてる……尊い……」


 修も同じように思っているらしい、ただ、怪訝な目で楽々と沙羅が見ている。


「修って元気やなあ」

「そうですね、天使でもないですし……」


 そういえば二人は、どこに住んでるんだ?

 田舎から都会って……また親戚の家? このお弁当は誰が?


「やっぱり、お姉ちゃんのお弁当は世界で一番美味しいなあ」

「え、それって沙羅が作ったの?」

「あ、はい。律くん、食べますか?」


 疑問が口から飛び出た瞬間、公然の面前で、沙羅がウインナーを俺に食べさせようとしてきた。

 突然のイベント、あーん。


 いや、出来るわけないんだけど!?


「沙羅、周りみてみー」

「え? あ、ああああ……」


 冷静に突っ込みを入れる楽々。

 沙羅は周囲の視線に気づき、頬だけではなく耳まで真っ赤にし、肩を竦める。ああそうか、わかってなかったんだ……。

 思い出したけど、天然なところがあった気がする。


 隣を見ると、修がなぜか大口を開けていた。


「何してるの?」

「いや、こっちにボールが零れてこないかなって……」


 修は野球が大好きで、アニメも好きな超人。

 ただちょっとだけ、おバカらしい。


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