第8話

 今回の懇親会では俺に並ぶ子供がいると、源氏の陰陽師が言っていた。

 俺に並ぶレベルの才能と言うと血統か、それ以外に理由があるやつぐらいだろう。


 今回の懇親会の主役でもある名前を知らない彼らは、源氏の血脈に連なる陰陽師曰く俺や同性代にいるバケモノ染みた次期陰陽師界を担う重要人物であると言う、どうにかしてお近づきになりたいところだ。


 そうすれば、微妙な立場の父が少しでも良くなればいいのだが……


 今の世では忌避される文化であるが……親族や自分のコネや付け届け(賄賂や鼻薬、まかない、袖の下や裏金ともいう)というもので二千年以上人類文化は回ってきた。


 特に東アジア文化圏においては付け届けで、次の職が決まると言われるほどで、付け届けに報いて与えるという形式をとっていた。(もちろん近代化するまではどこの文明圏でも同じであったが……)


 その形式が腐敗を生みやすい事は事実であるが、優秀な人材がそこら辺の農民から生まれてきたとしても、教育を施されていなければ、存在しない事と同じであり。故に教育を受けたものを安定して使う為には、多少の不要物や血縁に縛られるしかなかったと言うのが実情ではある。


 三国時代の改革者である。曹操そうそうこと曹孟徳そうもうとくにしたって、曹一族や親族の夏一族を要職に付けているのだから、別段おかしな事ではない。


 特に血統が才能に直結する陰陽師においては、血の絆が重要視されるがその次に重要なのは情となる。狭い業界だから子供の友人の父母を優遇する程度なら、別段問題は無いだろう。

 だから両親へのプレゼントととして現代の上位陰陽師とのコネクションをプレゼントしよう。


 そのためにも、今回の懇親会で多くの子供達に名前を憶えてもらわなければいけない。二度目の人生では前世とは違い親孝行をしたいが、子供の身体では出来ることが限られているので、子供にしかできない事で親孝行の第一弾とする事にしよう。ここは一つ大人らしい策を弄するとしよう。


 何しろ俺は魑魅魍魎が跋扈した朝廷で出世し陰陽師の地位に就いたんだ。やってやれないことは無いだろう。


 ホテルのフロアのドアを開けると、豪奢なシャンデリアが何基もぶら下ったキラキラとした会場であり、大人用の会場とファミリー向けの会場に分かれている様だった。

 どうやら当主達が憂いなく話せるようにしてあるスペースらしく、着物やドレスを着た女性達は子供を傍らに置いて楽し気に談笑している。


子供をだしにした大人たちの社交場と言った雰囲気だ。


なるほど婚約者を決めたりする場でもあるのかな? 


 俺の居た平安時代では早婚や歳の差婚なんか当たり前で、20代と十歳未満の婚約なんて当たり前だったが現在では、だいぶ晩婚化しており血統第一主義の我々陰陽師でさえも、20代中ごろ当たりが平均的なようである。

まぁ陰陽師以外の日本人も晩婚化が進んでいるのは確かだが……


「俺はこちらの部屋で挨拶回りをしてくる。分かっていると思うが……」


「何かあったら連絡しまするわ。それに私の方も挨拶回りはするし……この子のために頑張りましょう」


「あぁ」



父母の言葉で俺もより一層コネを作るために努力する事を心に決めた。

このホテルの一室こそが今世で初めての戦場と言っていい。


さぁ……初陣の時間だ。


俺は母と手を繋いで会場の門を開けた。


………

……


 ドアを開けるとそこには今の俺と同年代の子供達とその母親達が、サンドウィッチやお菓子と言った軽食とジュースやお茶と言ったソフトドリンクが用意されており、入れ替わり立ち代わり挨拶をされている人物達が居る。


恐らく彼女たちが現在の有力な陰陽師一族の奥方……妻子であろうと予想できる。



「春明。ご挨拶しにいきましょう」


「はい」



まるで霊験あらたかな寺社仏閣の参拝客や、人気のある店屋と見紛うほどの長蛇の列となっている人物の列その最後尾に並ぶ。



「ママそれで今から挨拶しに行くのはどこのどなたなのでしょうか?」


「今からご挨拶に行くのは陰陽師の家の中でも指折りの名家で、私達の本家にあたる土御門家よ。土御門家は、私達の使う術の基礎を作られた三大始祖である安倍晴明様の直系子孫で、清明様の師匠筋である賀茂かも家と交代で、幕府……昔の政府お抱えの陰陽師のトップである陰陽頭おんみょうのかみを長年勤めあげて来た歴史ある家なのよ」


 我が安部家の末裔である土御門家は、武士の世では武士に奉公するかたちで賀茂家と共に栄えたという事か、結果だけ知っている。

大政奉還たいせいほうかん―――(慶応3年10月14日。西暦1867年11月9日に京都二条城で江戸幕府十五代将軍、徳川慶喜よしのぶ公が明治天皇に政権を返上すると言った事)―――し、800年以上続いた武士の世が終わり、文明開化へと方針を転換した事でもこの陰陽の世界に間違いなく影響が出ているハズである。


俺が黙って考えているのを見て、難しいことを言ってしまったと母は考えたのだろう。


「偉い人にあいさつに行くからお行儀よくしててね」と言われてしまった。


俺は短く「はい」と答え母の手を握り列が進むのを待った。


暫くすると前の人が挨拶を終えたようで俺達の番がやって来る。

母が一歩、俺を連れて歩み出て普段よりもハキハキとした口調で話し始めた。


「お久振りでございます。千子ゆきこ様。私は土御門家分家の当主 泰寛やすひろが妻の優鶴ユヅルとその長子春明と申します。以後御見知りおきを」


その後に頭を下げて礼をする。

俺も習って礼をした。


この時代にしては随分と古風な言い回しでどこか芝居がかった印象を受ける。


「土御門家当主 鷹純たかずみの妻千子とその子。百合ゆりです。我らが祖たる清明様の術と血、そして土御門の御名を持ってより一層我が土御門本家のために尽くしてください」


こちらも固い挨拶を返し礼を返す。


コレはっ! 


 俺は夫人の傍らに立つ少女を視て思わず。生唾を飲んでしまった。

 呪符で抑えているが間違いない。

この本家の娘は清明様の血を色濃く受け継いでおられる。

 なぜそんな事が言えるのか? それは祖である晴明様の御母堂。前世の続柄で言えば曽祖母である霊狐、葛の葉のような耳と尻尾を封印しているのだからだ。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る