中編

 生徒指導と題すれば、生徒が納得すると思っている教師が僕は嫌いだ。


「で、本当はどうなんだよ?」


 わざわざ向かい合うようにして獅子尾先生は強引に問う。きっと先程の、動画コメントの件についての追求……彼の言葉を借りると卑下に関してのことだろう。


 くだらない。当然、答えは呆けるの一択。


「……何の話ですか。国語の教師なら主語と述語くらいは使い分けしてください」

「くぅ~、可愛くねーな。どうして早乙女には微笑むことも気遣いも出来るのに、俺に対してはドライなのか」


「別に、これが僕の普通です。楽しいと感じたら笑いますし、空気は程度に読めると自負しています。それとも先生は個人の人格を否定するおつもりで?」


 くっ、と悔しそうに退いていくのを察した。


 ドライに冷たい、か。よく言われる。その理由も大体同じ。

 だって早乙女真珠以外は、ただのその他大勢としか表現しようがないのに同じ態度で接するなんて無理がある。


「はぁ、まあいい。そんなことより無事に見つかって、そっと胸を撫でおろした。俺は」


「……今度は何ですか。その気色悪い、詩的表記法。いえ倒置法。今更、国語教師を強くアピールされても」

「寮母の先生方が、ここ数日くらい生徒が二人戻らないと耳にしてな。どうやら詳細を確認したら外泊許可も得ていない。一名は俺の担当学級の二年生だって話だ」


 そこで彼がわざと話を切ったのは嫌でも理解した。


 学生寮から戻らない二人……それは僕と真珠のことであると要らぬ推測をさせるために。


「……すみません、寮母の先生方を困らせたかったわけではないです。せめて一言くらいは連絡しておくべきだと反省し、あとで謝罪に伺います」


「ああ、そうだな。そういった素直さと態度の切り替えは社会で必ず役に立つ。だが、俺が訊きたいのはそうじゃない」


 存じていますよ、そんなこと。

 だから僕はあなたを好きになれない、むしろ嫌いです。僕とシンの間に土足で入り込むような非常識な大人は。


「無理に問うつもりはない。これは教師兼、担任としての面談ではなく……そうだな、敢えて言うなら同クリエイターネームを名乗る者。いいや、ちょっと過剰なスピカ信者同士の願いってところか」


 にかりと不敵に笑う。同時に腹が立つ。


 スピカ信者であることは認めるが想いや経歴は圧倒的に僕の方が上なのに同類扱いされることに。


「そういう遠回しの俺たち仲間だろ協調、本当にウザイです。真珠も厄介極まりない人に目を付けられていい迷惑してますよ、まったく」

「おや、これは褒められているのか」


「頭の中、土曜日にアップした動画の演出みたいに残念な花畑ですか。超可哀相ですね、全力で蔑んで貶してやってますよ」


 にやにやするな、狂信者め。


 僕は自分で評するにもアレだが、比較的に穏やかな性格だと思う。シンと獅子尾先生を含むその他大勢との対応に若干の違いはあると自覚しているが憤りという感覚はどちらも少ない。


 真珠は一度決めたことは梃でも動かないから大体僕が折れる。おかげで喧嘩まで発展したことはない。幼馴染で友人、ひとつ屋根の下で暮らした家族だというのに。深い溜息が訪れる。


「……わかりました。話しますよ、相談ってテイで。何ですか、その奇異な顔……」


 頼りたいわけじゃない。僕一人でも解決策を導けると思うが覚悟を決める。だというのに、この教師ときたら驚嘆を超えて怪訝そうな表情と共に要らぬことを口走った。


「いや……非常に感慨深いというか。雨夜が俺に素直だと逆に恐怖を覚えるような」

「ぶっ飛ばしますよ」


 にっこり。

 果たして、担任教師を教育業界から抹殺させるにはどうすればいいのか。教室内で暴力沙汰まで発展させれば責任を追及されて辞職まで追いつめられるかな。もしくは彼本人に世間で被弾を食らうような不祥事を起こしてもらうか。


 ……うん、採用するなら後者だね。


「うわっ……可愛い教え子が声に出してないのに何となく考えていることが分かっちゃう俺って、実は超能力者だった件」

「判定不可。センスの欠片も無い、ライトノベルのタイトルか煽り文句ですか。教員免許再取得のために大学からやり直して、どうぞ」


 ああ、疲れる。本当に疲れる……。

 これならアンチと半日に渡って激闘、罵り合いしていた方がマシって言い切れる程度に。勿論、素性は隠して古参を装ったファンとして。


「で、本題は」


 その短くも腹の底を探るような問いに微かな緊張感が走った。

 大人の余裕、忘れていた教師の威厳っていう不確かなものを想起させるように。


 本格的に活動して一年。新たな動きある映像、獅子尾先生という面倒な変人が加入して三ヶ月。平均再生回数は約十万回。僕個人としての目標、シンを世間に認めさせるというのはある程度叶ったも同然の数字だろう。


 だからこそ困っているのだ、この案件に。


「実は、雑誌の取材依頼が来まして」


 ププッ、と唾が宙を舞う。

 低レベルな笑劇場の如く、口元を手で抑制しては腹を抱えて吹き出す。汚い、そのまま幸せな脳内と共に散ればいいのに。息の根ごと。


「……真剣、なんですが?」

「あははっ、悪い悪い。くく……はー、笑った。笑った」


 呑気な性格と例えれば聞こえはいいが、こちらとしては人生最大の悩みと題しても過言ではないのに……無神経過ぎだろう、この教師。


 とはいえ、今更期待したところで意味は持たないか。真珠の心に深い傷跡を付けた、大人なんて――。



【インターネットの動画サイトを中心に巷で話題の音楽クリエイター『スピカに溺れて』

特集。所属事務所、年齢に性別。そして、その正体と目的。あらゆることが謎に包まれた

彼、もしくは彼女は果たして何者なのか。顔出し、ご職業など禁制事項の件は触れないと

お約束致します。また取材を受けて頂きましたら、それに見合った報酬をご用意しますの

で前向きにご検討頂けると幸いです。】



「ふぅん、なるほど。概要については理解した。考察なんて不要、怪しいに一票だな」

「非常に不服ではありますが、不審なのは同意です。なので先に調べました。……少々、手荒な術を用いりましたが獅子尾先生なら受容してくれますよね」


 解析という名のハッキング。安全を得るための強引な手段。

 そう、これは致し方ないことなのだ。スピカ――シンが輝く居場所を永久に提供し続けるには。


「……前以て相談して欲しい、とは言いたいところだが。後輩の分際でとやかくは言えないからな、目は瞑る。簡易で構わない、結論は」


「シロです。詐欺とは縁遠い、真っ白な中小編集会社ですね。めぼしい実績はありませんが今まで投稿した動画、全てチェック済みで感想などデータ化してましたよ。余程の暇人集団か、かなり本気の二択かと。まあ、信用には値します」

「了解。雨夜の公認なら問題ないだろう。んじゃ、最終決定は我らの長に託しますか」


 頷く、異論はない。


 そろそろ自販機と格闘の末に手ぶらのまま、五百円玉を握りしめて帰ってくる頃だろう。新硬貨は敷地内にある自動販売機はどれも使用不可とは知らない、誰よりも純粋な教祖殿が――。

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