おとぎ混沌帳

1輝

ファーストピンク

昔むかし?

 「うううおおおおおおおおおおオオオオオオオオ!!!!!!!!!!!!」

誰かが叫び声をあげている。大きな声で吼え続けるものの周囲から何の反応も無い。何故なら、大きな穴をひたすらに落ち続けているからであった。


 少し前。

中学卒業後の春休み、夕方の路地を友達を探しながら散歩する一人の青年がいた。ゆっくりと歩く背後には、複数の黒い影が近寄って来た。そのうちの一つが、飛び出し叫んだ。

「シネクソモモタロウが!」

「あぶね。」

後ろから襲ってきた不良をヒラリとかわし、ケツを小突いて転ばせた。他にも二・三人が襲ってきたが、かわしては投げ飛ばしたり弾き飛ばしたりしていた。側から見れば一切手を出さず、喧嘩には到底見えないほどの身のこなしだった。襲った連中は勝手にボロボロになり、捨て台詞を吐いて逃げ帰った。

「番長から必ず降ろすからな。オボエテロヨー!」

「覚えてろもなにも、まず番長じゃないし興味ないし。あと名前はモモタロウじゃなくて『桃太 良月ももた りょうげつ』な。」

良月は訂正するも、さっきまでいた不良たちは影も形も無かった。息を整え、散歩の続きを歩み出した瞬間、足を踏み外した感覚がした。すぐに別の足でバランスを取ろうとするも、足が地面につかない。次の瞬間には、視界が真っ黒になってしまった。


 「どこまで続いてるんだ!この穴はー!!!」

真っ暗な穴をただただ落ち続けていた。閉め忘れたマンホールや道路の陥没であれば、とっくに底にぶつかるであろう時間は経っていた。穴の壁も分からず、今まで落ちてきた上空も見えない。ただ落ちるしかなかった。

「何が起きてるんだ?夢なのか???」

冷静になりかけたところで、下の方に光が見え出した。徐々に明るくなっていく穴に、地底世界の存在や空洞説を疑いだしたが、地面とは異なるモノが待っていた。

「水!?!?!?」

明るく光っていたのは、光を反射する大量の水だった。地面であれば叩きつけられて死んでいたが、水なら助かると良月は思った。しかし、あまりにも落下するスピード早かった為に、着水の衝撃で気を失ってしまった。


「おばあさんや、山に柴刈りに行ってくるよ。」

「気をつけてくださいね、おじいさん。私は川で洗濯してきますから。」

村の古びた民家から、二人の老人が出てきた。それぞれ山と川に分かれて、各々の仕事へと向かっていった。おじいさんは、道具を担いでゆっくりと進む。おばあさんも、洗濯物や洗い物を持って川に近づいた。川の流れは緩やかで浅く、ドンブラ湖へと続いてた。おばあさんが川で洗濯をしていると、何かが流れてきた。

「アレは!」

おそらく、桃だった。おばあさんは大急ぎで拾おうとした。しかし、桃と言うには大きすぎて、肌色すぎた。

まさに尻だった


 拾ったものが人間で有ることに驚いたおばあさんは、すぐに岸に引き上げた。そして、すぐにおじいさんを山に呼びに行き、助けを求めた。二人がアレコレするうちに、良月は気がついた。怪我は無かったが、川の水の冷たさに、震えが止まらなかった。着ていた物は全て濡れてしまったので、代わりに着物を着せてもらった。しかし、体を乾かしても寒さが取れなかった。良月は囲炉裏の火に当たりながら、礼を述べた。

「すいません、助かりました。」

「まさか人だとは思いませんでしたよ!」

「そうですよね。自分も川に落ちるとは、思ってもみませんでした。」

「何かあったんですか?」

「なんというか、道を歩いていたら急に穴に落ちて、長いこと落下したらって感じですね。」

「まぁ、そんな事が?」

おばあさんは驚きながらも、お茶を差し出した。良月はありがたく頂戴しながら、質問した。

「ちなみに、ここは東京ですか?というか、日本ですか???」

「ここは名も無き、村ですね。トウキョウ?もニホン?も聞いた事が無いです。」

「ヒノモトノクニとかは?」

「ごめんなさいね、分からないわ。」

「そうですか…………」

良月は、困った。どうも、自分が元いた世界とは異なる感じがしたからだ。別の都道府県でもないし、国も違う。時代も違うとなれば、異世界しかないからだ。転移や召喚をされたわけでも、転生した訳でもない。何の情報も無いからだ。

「お前さん……」

「はい?」

 今まで黙っていた、おじいさんが喋り出した。険しい顔で、良月を見つめている。

「あんた……もしかして…………」

「はい……」

良月は何を言われるか、戦々恐々した。もしかしたら、別世界の人間だとバレたらマズい可能性もあるからだ。この世界の支配者的に良くない存在だとも言えなくもない。逃げる心持ちで、おじいさんの次の言葉を待った。

「もしかしてあんた、【桃太郎】か?」

「へ?」

「世が鬼に荒らされし時、救いの手として現れるという、桃太郎か???」

「違います!……とは、言いにくいですね。」

そんな凄い存在ではなかったが、アダ名が桃太郎なので、変に否定しきれなかったのである。コレが、幸か不幸か、良月の運命を分けるのであった。

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