IL FIORE!
三歩モドル
第1話 料理人は断られる
また、断られた。
「も、もしもし、求人募集の電話を見て連絡させていただいたんですが……」
『あ、料理人の方でしょうか?』
「はい!マルコ・ラディーチェと申し」
ブツリ。
機械の無情な音が響く受話器を公衆電話の横に掛け直し、深々とため息を吐いて、ずるずると背中をアクリル板に預けて座り込む。
「またダメだったか……」
幼い頃から料理が好きで、料理人として働くことが夢だった。自分の料理を美味しいと言って食べてくれることが嬉しくて、料理の腕を磨き続けゾラシアの首都にまで来たのに……。
「もう、ダメなのかなあ」
よろよろと電話ボックスの外に歩き出した、そんな時。
突風がいきなり吹きつけて、目を閉じたところに顔目掛けて一枚のチラシが飛んできた。ヘぶ、という間抜けな声が出た上によろめいて石畳に尻餅をついてしまう。周囲からはくすくすと小さく笑い声が聞こえて、思わず赤面しながらチラシを苛立ちまじりに顔からむしり取るようにして剥がす。
広げてみれば、よくあるマフィアのファミリー募集の文言が書かれたチラシであった。
『ステラ・ファミリー
人員不足につき
メンバー募集中
ご希望の方はこの場所まで』
その後にはここ、ゾラシアの首都、オランヴィアナの中心街から外れた場所の住所が書き記されている。確かあそこは中心街から少し離れているということで寂れていた場所だったか。
まあ、マフィア自体は一般人は大して関わり合いになることはない。風俗や酒屋など、裏社会に近い職業でない限りは近寄ることもないだろうな、と考えながらチラシを捨てるべく折りたたんだところで、俺は見つけてしまった。
裏面には走り書きのようにも思える品の良さと荒々しさのある筆記体で書かれた、そっけない文面の文言があった。表の人員募集の文言は飾り気のない印字だったにも関わらず、手書きのこのメッセージはこう記されていた。
『料理人 大歓迎!』
俺はその文字を見つめたまま、立ち尽くしていた。
今俺があちこちのレストランで受け入れてもらえないのは、俺が以前働いていたレストランで騒動を起こしてクビになってしまったことだけではなく、新しく料理人として働くことができないように以前の職場の料理長が手を回しているからだ。
このまま就職活動をまともにしているだけじゃあ、料理人として働くことは望み薄であることは間違いない。
でも……と言いかける気持ちを押さえつけて、よし、俺ならできると気炎を吐く。
あくまでマフィアのファミリー募集ではなく、『料理人としての』働き口を探すだけなのだ。そう自分に言い聞かせながら郊外の街へといくためにチラシを懐へ仕舞い込む。善は急げ、と言うし、ひとまず自分の住んでいるアパートへと戻った。ぷかぷかとタバコをふかしている管理人のおばさんへ片手をあげて挨拶した。
「おやマルコ、就職の方は……」
「やっぱりダメだったけど、実は気になる募集を見つけて……少し離れてるんだけど、自転車を借りていっていいかな?」
「おや、そう言うことならちょうどいい。ちょっと買い物に行っとくれよ」
「いや、結構遠いから……帰ってきたら行ってくるよ」
「そうかい?面接に受かったら祝いのケーキでもと思っていたんだけどねえ」
「よ、よしてよ……子供じゃないんだから、そう言うので喜ぶ歳でもないんだよ。もしかしたら今回のところも、断られることもあるだろうし……でも、頑張ってくる」
力こぶを作るようにしてへへ、と笑ったところ、彼女は手を軽く振って笑った。俺はそのまま郊外に向けて走り出した。まだ午前中だから、午後には到着できるだろうか?
サビの浮いた自転車を漕ぎ進めて、現地に到着したところでダメかも……と思いながら自転車から降りて辺りを見回す。まず、施設が全て同じに見える。路地は入り組んでいる上、通りを無視して適当に建築がされているのか結構地図にはない行き止まりが多い。住所を記したようなものもないし、それに嫌な視線をあちこちから感じる。
「……うぅ……」
身なりはあまりしっかりしていないから、狙われることもなさそうだ。なにしろ俺の財布は小学生の小遣い程度しか入っていないし、その割に体格はしっかりしていて筋肉もありそうだ。リターンとリスクが噛み合わない獲物もないだろう。途中途中で声をかけた人も、ステラ・ファミリーのことはまるで知らない、と言っていた。
「ステラという男なら有名なんだが……新しく出たところがあやかってつけたんだろう。多分無関係だな」
ふと風がヒュルヒュル、と音を立てて一つの路地へと向かっていく。地図を広げ、ああ、とその風の向いた方へと足を向けながら自転車を押す。そして、一つの建物の前に出た。
いや、どちらかといえば二つの建物に見えるのだけれど、建物を一周して分かった。繋がっているのだ、この二つの館は。
入り口を見つけたところで時刻はすでに夕方になりかけていて、うっすら空は暗さを見せながら赤く染まっている。
「わ、わかりにく……ッ……なんてわかりにくい……しかもステラ・ファミリーは
なら、お給料もあまり期待できないかも。
そう思って思わず息を吐いてしまう。
この国、ゾラシアは議会のある共和国家ではあるものの、マフィアに支配されていると言っても過言ではない。この都市オランヴィアナに限って言えば、三軒あれば必ず一人マフィアに関連した職業の人間がいると言われるほどにマフィアが多い都市であり、加えて議会もほとんどがマフィアと癒着している政治家で席巻されている。国は基本的に国内の治安よりも他国への対外的軍事力を伸ばすことに注力しているので、基本的な治安維持をマフィアが行なっている区画すらある。いわゆる、自警団的な扱いだ。
そんなわけで、この国にはマフィアがはびこっているのだけどもちろん彼らにも、格というものがある。
まず、
1〜15までの番号が振り分けられた彼らは特に強く、大きな組織である。中でも1〜10の席次は絶対的であり、多少前後が入れ替わることはあっても11以降と変わったことはないという。彼らが出張るという噂を聞いた者はマフィアの話をよく知れば知るほどに震え上がり、その場所には決して姿を見せないと言われるほどの実力者が揃っている、という話だ。俺のように疎い人間であっても、彼らの噂を聞いたことがあるくらいには有名なファミリーである。
16〜30まで、これが
結構活動拠点では名前は知られていることが多い。
俺の住んでいるアパートにも一人プロッシモの人がいたけれど、彼はマフィアっぽい感じもなく、いたって普通のおっさんで食材を買ってきてよくアパートでパーティーを開いていたりもした。
そして、その序列から弾き出され、特に格付けされることもないのが
彼らはマフィアと主張してはいるものの、半グレや不良がいることも多く、あくまではっきりした縄張りを持てないいわば下請けのような存在であり、
そう、つまり
俺は建物のドアについているノッカーを握り、数度叩いた。思ったよりも重たくはっきりした音が響き渡り、中の空間が広いと思わせるようだ。
「へ、返事はない、か……」
いよいよこの求人が怪しく見える。建物の外観はかなりボロボロだし、もしかしたら騙されたのかも。いや、帰ろうかな……ちょっと怖いし……。
もう一度だけ、叩いたら帰る事にしよう。
そう考えてノッカーを触ろうとした指は空ぶった。扉が内側に向かってギィ、と開いたのだ。中はかなり暗く、光が差さないようになっていて何も見えない。ごめんください、という囁くような声を発して中を覗き込んだ、その瞬間だった。
首の後ろに激しい衝撃が走り、気づけば地面に顔を擦り付けるようにして俺は倒れていた。近くで土の香りを吸い込みながら、近づいてきたヒールのかつん、かつん、という音に徐々に意識が薄れていく。
一体何が、と思うのも束の間、思考は泥の中に押し沈められていった。
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