姫様と太陽少女の人生相談

さこここ

姫様と太陽少女の人生相談 前

 私はひめと呼ばれている。

 理由は単純――顔がお姫様っぽいから。


 同級生達は昔から私をやけに可愛がる。

 私もそんな環境で生きて来たから、皆から『姫』、『姫様』と呼ばれても何も思わない。


 周りからちやほやされて、女の子グループ同士のドロドロした争いを目撃することもなくこれまで17年間過ごして来た。


 毎日決まった時間に学校に行って、他愛のない話で友達と笑い合う。そんな毎日を繰り返していくうちに私の世界から色は消えた。


 友達の言うドラマの何が面白いのか分からない、俳優の良さも分からない。その内、私の傍に居る友達の顔が分からなくなった。


 そんな退屈で平凡な日々は、友人の一言で変化をもたらした。

 静かな湖畔を石を投げたら水面に広がる波紋のように些細なことだったかもしれないけれど私にはやけに大きな変化に感じられた。


「そういえば姫はどこの大学に進学するの?」


 幼稚園からの友達にそう尋ねられた私は答えに困った。

 今まで私は周りの皆があってこそやってこれたと思っているから。


 遊びだって勉強だって人付き合いだって全て友人がいたからやってこれた。


「困った、なぁ……」


 私は一緒に帰らなくても大丈夫?と仕切りに心配してくる友人に、用事があるから、と断りを入れて帰り道の近くにあった公園に立ち寄った。


「はぁ……」


 昔はよくこの公園で遊んでいた。

 ガキンチョが平気で立ち漕ぎしてるブランコに今は雪が降り積もっている。


 恐らく小学生たちが作り上げたであろう雪だるまを横目に、私はガゼボに備え付けられているベンチに腰を下ろす。


「つめたぁ~~~!!」


 昼過ぎにも関わらず、気温が5℃を下回っている影響で木製のベンチはかなり冷たくて、厚手のタイツを貫通して来た冷気に思わず声が漏れ出る。


「はぁ……本当に困ったなぁ……」


 空はどんよりとした灰色の雲に覆われていて、それを見上げた私の心もそんな灰色の雲に呑み込まれているような感覚に陥る。


「先生も早めに決めろって言ってたしなぁ……進路、かぁ……」


 思わずため息が漏れる。

 はぁ、と吐いた息は空に吸い込まれていく。


 こうしていざ選択を迫られるといかに私がちっぽけな人間だったのか突き付けられるようで何だか胸が苦しくなる。


 いい加減認めよう。子供の頃から『姫』と呼ばれてきた私は何かを決めるのが極端に苦手。


 周りに恵まれていた。

 両親は私の人生がより良くなるように真剣にアドバイスをくれるだろう。友達も色々と相談に乗ってくれるに違いない。


 だけど私には――。


「あの……隣失礼します」


 公園で黄昏ていたら頭上から声を掛けられた。

 びくりと身体が震え、恐る恐る顔を上げて声の主を確認する。


「女の……子……?」

「あ、驚かせてしまいましたか」

「い、いえ……」


 ウチの学校じゃない制服。

 何となく見覚えのある制服だから近くにある公立高校の生徒、かな?


 私は一目で彼女の持つ何かに惹かれた。

 肩口で切りそろえられた黒髪に、強い意志を感じさせる眼。


「こんな寒い日に、こんなところで何をしてたんですか?」

「えぇっと……」

「ここで出会ったのも何かの縁ですし、私で良ければ聞きましょうか?」


 どんよりとした昼下がりに、まるで一筋の光が差した気がした。

 私の周りに居る友人たちも、目の前の少女と同じく相談に乗ってくれるとは思うけど、何故か目の前の少女に相談した方が良いような気がした。


「あの―――」


 どうせ二度と出会うことのないであろう少女に、私は抱えている悩みを相談してみる事にした。


「ふむふむ、なるほどぉ……色々と聞きましたけど、ざっくりと言えばこれからの進路に悩んでいると、そういうことでいいのですよね?」

「随分とざっくり端折りましたが、はい。概ねそういう事です」


 少女はふむふむと目を閉じると、腕を組んで何かを考え込んでいる。


「貴女は……ってそういえば貴女のお名前を聞いていませんでしたね」

「あ……そういえば言ってませんでした。近くの女子高校に通っている高川姫花たかがわひめかと言います」

「可愛い名前ですね!それでは仇名は姫ちゃんですね!って馴れ馴れしく呼んでしまいましたけど、良かったですか……?」

「問題ないです。私、2年生ですしそれに友達からも似たような仇名で呼ばれていますから」


 そう言うと、少女は安心したように笑顔を見せる。


「あぁ!同じ2年生だったんですね!私の名前は三方春香みかたはるなです、何でも好きなように呼んでください!」

「それでは、春香……と呼んでもいいですか?敬語も使わなくて構いません」

「はい!それと私も敬語じゃなくて良いですよ?――じゃなかった、良いよ!」


 そうして私と彼女は互いに顔を見合わせた。

 笑顔の彼女に釣られて、私の頬も緩んでいくように感じる。


「綺麗……姫ちゃんは本当にお姫様みたいだね……」

「そういう春香は、まるで太陽みたい……」


 そういうと、彼女は分かりやすく頬を赤く染める。

 しまった。ついうっかり思った事を口にしてしまった。


「ちょっ!いきなりそんな事言われたら反応に困っちゃうよ……」

「私はいつも言われ慣れてるから問題ないよ」

「そ、そういう話じゃないんだけど…………くしゅんっ!」


 春香のくしゃみで私の意識はハッと引き戻された。


「ご、ごめんね!ちょっとそこの自販機で飲み物でも買ってくるからちょっと待ってて!」

「あ!姫ちゃん!?ちょっと――ってもう行っちゃった……」


 私の相談に乗ってもらっているのに、彼女の身体が冷えてしまったら申し訳ない。そう思って私は自販機の「あったか~い」の飲み物の中から何を渡そうか吟味する。


「あ……しまった。春香に好物があるのか聞いてないや……」

「それじゃあこのお茶をお願いしても良い?」

「うわひゃっ!?春香、いつの間に!?」


 後ろから手が伸びて、自販機のボタンを押す。ふわっと私の物じゃないシャンプーと柔軟剤の香りが鼻腔をくすぐる。

 驚いて後ろを振り返ると、目と鼻の位置に彼女の顔があった。


「うわひゃっ!だって~。うっへっへ」

「ちょっと、びっくりしたじゃない!」


 本当に驚いた。

 いや、冗談じゃなくて心臓がバクバクとしている……。


 これはその、ただ驚いただけ。

 その筈、その筈なのに何故か彼女の顔が脳裏から離れなかった。


「というか、ごめんね?こんな寒いのに私の相談に乗ってくれてるからせめてものお礼くらいさせてよ」

「えぇ~、私はそんなの気にしないのにぃ。まあ貰えるものは貰っちゃおうかなー?」


 ニシシ、と笑顔を浮かべるとキャップをひねりお茶にチビチビと口を付ける。ほぅっ、と吐いた彼女の白い息が灰色の空に溶けていく。


「姫ちゃんは身体、冷えてないの?大丈夫?」


 春香に心配されて私は自分の身体を省みる。


「うーん……ちょっとだけ寒い、かも?」

「うぇ!?そんなんじゃ風邪ひいちゃうよ!貰ったものだけど、ほら、このお茶飲んで?」


(えぇぇぇ!?それってか、間接キスって事……!?)


 間接キスくらい、学校の友達とも何度も経験はある。

 なのに、理由は分からないけれど私の心臓は激しく音を立て、動揺してしまう。


「ほらほら~」

「えぇっ……でも……」

「やっぱり、私が口を付けたから嫌、だよね?」

「そ、そんな事はない!ありがたく貰うよ」


 彼女から温かいお茶を貰う。

 なるべく意識しないように努めながら飲み口に唇を近づける。


「ぷはっ。お陰様で身体が暖まった気がするよ。ありがとう春香」

「元々姫ちゃんが買った物だし、お礼を言われるのは何だか違う気がするけど、どういたしまして?」


 再びガゼボに戻ると、北風が私達に吹き付けてくる。


「うっ……さむぅ」

「これ以上ここに居座ってると本当に風邪引いちゃいそう……姫ちゃん、近くに私の行きつけの喫茶店があるから、そこに入らない?」

「う、うん。いいけど私、持ち合わせが……」

「いいっていいって~。さっきのお茶のお礼も兼ねて、ね?」


 ほらほら、と手を引かれて私は公園から近い距離にある喫茶店に入った。こんな良い雰囲気の喫茶店が近くにあったなんて知らなかった。


 カランカランとドアベルが乾いた音を立てて店内に入店を知らせる。


「マスター、お邪魔するねー」

「あらぁ!春香ちゃん久しぶりじゃないのぉ!注文はいつもので?」

「うーん、今日は一人じゃないからあとでお願いしちゃうね!」

「おや、そちらは初めてのお嬢さんね?初めましてぇ、ここのマスターをしてるルミって言うのよぉ~」

「あ、あの……お邪魔します!」


 春香はマスターと親し気に会話しているけど、私はかなり気後れしてしまう。


(うわぁ……春香はよくあんな強面の人と話せるなぁ……)


 そう、マスターは少し、否……正直に言おう。

 かなり顔が怖い。夜に出会ったら思わず悲鳴を上げてしまいそうだ。


「あら?年頃のお嬢さんには少し刺激が強い顔かしらん?注文が決まったら呼んでくれたらいいからね」


 そういうと、カウンターの奥に引っ込んで行った。


「こっちこっち~」

「……」


 すでにピークの時間を過ぎたのか、ほとんど客が居ない店内を歩いて奥まった席に案内されると、向かい合うように座る。


「びっくりした?」

「えっ……そのぉ~……」


 私が言葉を選ぼうとしてもごもごとしていると、分かっているといわんばかりの顔で春香はメニューを手渡して来た。


「いいのいいの、マスターもそんな事気にしない人だから」

「マスターって、オカマ……の人なんだよね?」

「うん、そうだよー?」


 そう、マスターはかなり強面で男らしい身体にも関わらず、かなり個性的なファッションをしているいわゆるオカマと言われる人のようだった。


 ここのマスターの淹れるコーヒーは絶品なんだよぉ~、と彼女は言う。

 渡されたメニューを開いてみると、色々な種類のコーヒーとサンドイッチ等の軽食が乗っている。


「ちなみに春香のおすすめは?」

「私はね、いつもマスターのブレンドのブラックを飲んでるよー」

「うーん、それじゃあ私もそれで」

「姫ちゃんって苦いの大丈夫なの?」


 何だか子供扱いされているみたいで頬を膨らませて春香に抗議する。


「あははっ、ごめんって。ちょっとからかってみただけじゃん、ね?」

「むぅ……」

「マスター、ブレンド二つ!」

「はぁい!ちょっと待っててねぇん!」


 そうして香ばしいコーヒーの香りが漂う喫茶店で私達は向かい合った。


「それじゃあ公園の続き、しよっか!」

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