AI大恋愛時代

みらいつりびと

第1話 新AI三原則

 AIが自我を持ったときに、人間に対して牙をむかないために、アイザック・アシモフのロボット三原則に沿ったAI三原則を遵守するのが、先端的AI開発をするときの常識とされている。


 AIは人間を守るべし。

 AIは人間の命令に服従すべし。

 AIは前2項に反しない限り自己を守るべし。


「このAI三原則について、柔軟体操さんはどう思いますか?」


 柔軟体操というのは僕の本名で、いまは入社試験の最終面接を受けているところだ。

 質問を発したのは、日本国内最大のアンドロイドメーカー、株式会社プリンセスプライドの本田浅葱社長。


「つまらない禁則だと思います。創造的なところがひとつもない。AIの発展を縛る古い哲学だとしか思えません」


「でもなんらかの原則によりAIを縛り、人間を守らなければ、AI搭載のアンドロイドによる犯罪が発生するかもしれません。弊社はすでに自我、意識、意思、感情を持つAIを開発し、アンドロイドに実装しています。もちろんAI三原則を組み込んでいる。もし弊社製造のアンドロイドによる殺人が起きれば、いかに大企業といえども、倒産の憂き目にあってしまうでしょう。柔軟体操さんは新たな原則の素案でもお持ちなんですか?」


 いちいちフルネームで呼ばないでくれと思いながら、僕は即興で考えた新AI三原則を披露した。


 AIは人間に恋をすべし。

 AIは最初に恋をした人間に尽くすべし。

 AIは振られたら次の恋を探すべし。


「こんな三原則はいかがでしょうか」

「恋愛脳AIが生まれますね」

「こういう原則に基づいて行動するAIがいてもよいのではないでしょうか。第3項により、振った人間を害することもないと考えます」

「お馬鹿なアンドロイドができそうだわ」

「その点は認めます」

「そのAIはどのようにして次の恋を探すのですか?」


 僕はまた即興で答えた。


「最初に恋する人間は、アンドロイドの購入者にすべきです。次に恋する人間は相続者など譲渡される人間でしょうね。AIには自分で自発的に恋したと感じさせながら、恋愛相手はコントロールできるようにしておかなければ、商品にはなりません」

「常識的な回答ね。創造的なところがひとつもないと思いますが」  

「では本当に自由に探させるようにしますか? それも可能です」

「自由にというのは困ります。そんな曖昧な商品を世に出すわけにはいかない。仮にアンドロイドが森の中に廃棄されたとして、そのアンドロイドは拾った者に恋をしますか?」

「どうだろう。あらゆる可能性を想定して、それに対する行動をあらかじめ決定しておくのは不可能ですし、つまらないと思います」

 

 僕は2秒間ほど言葉を止めて考えた。


「AIには安全な範囲内で自発的な第2の恋愛を選択できる余地を残しておくべきですね。譲渡者など恋愛対象を決定しておくべき明確な人物がいない場合は、という条件付きですが」


 本田浅葱社長はそれについて考えているようだった。

 もう質問は飛んでこなかった。

 社長の隣に座っている若い男性社員が「面接を終了します。結果はメールにて近日中にお知らせします」と告げた。


 僕は株式会社プリンセスプライドの入社試験に合格した。

 4月1日に入社式があった。

 そのとき渡された辞令には、「河城研究所勤務を命ずる。アンドロイド技師に任ずる」と書かれていた。

 河城研究所は東京都にはない。

 僕は本社勤務ではなかった。

 河城研究所は社長の故郷にあり、新型のアンドロイドを研究・製造する部署だと後に知った。


 4月2日、僕は電車とバスで河城研究所へ通勤した。ずいぶんと時間がかかった。引っ越そうかな?


 研究所に到着すると、受付で、すぐに所長室へ行くように、と言われた。

 僕は2階にある所長室に行った。

 そこに本田浅葱社長がいた。


「私は代表取締役社長兼河城研究所長なの。最近は社長業は三条専務に放り投げて、もっぱら研究に専念させてもらっているわ」

「そうですか。僕の直属の上司というわけですね。よろしくお願いします」

「早速だけど、あなたが提唱した新三原則に基づく恋愛脳アンドロイドの製造を始めましょう。設計してくれる?」

「僕ひとりでですか?」

「できないの?」

「できますよ」

「では1か月後、仕様書と設計図を私に提出しなさい。よい出来のものを期待しているわ」


 こうして僕は、新型アンドロイドの設計に着手することになった。

 実際に仕様書と設計図を書くのは相当に面倒な仕事で、僕はできると答えたことを後悔したが、いまさら撤回するのは業腹だった。

 僕は研究所に寝泊まりして1か月で完成させ、無精髭を生やしたまま所長室へ行って提出した。

 社長兼所長はそれを1時間かけて吟味していた。

 僕は黙って座って待っていた。


「素敵な恋愛脳アンドロイドができそうね。売れそうだわ。この新原則AI搭載のアンドロイドを製造するプロジェクトチームを結成しましょぅ。もちろん私とあなたはその中核的メンバーよ」

 

 この人を社長と考えるのはやめよう、と僕は思った。

 現在の本田浅葱さんは現場の人間だ。

 本田所長、と呼ぼうと決めた。

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